8.October


 十月の昼下がりのことです。私の元に、ドーム内のお客様からの要望メッセージが届きました。

 内容は、ブランケットを一枚貸してほしいというものでした。私は倉庫から取り出したブランケットを手に、メッセージの送り主のいる東側のベンチへ向かいました。


 ベンチの上では、座っている若い女性がすっかり眠りこけていました。

 そのそばには、一台の筒型ロボットが佇んでいます。このメッセージの送り主なのでしょう。


『お待たせしました』

『ありがとうございます』


 ロボットは私から受け取ったブランケットを、女性の首から下へと優しくかけました。

 それを見ていた私は、そのロボットが以前に出会った、スティーブンス殿だということに気が付きました。


『スティーブンス殿、お久しぶりです。地球から戻っていたのですね』

『いいえ、私はスティーブンスではありません』


 しかし、首をくるりとこちらに回して、私を見た彼は、そうはっきりと否定しました。


『私は、スティーブンスのデータをコピーして生まれました。そのため、Jrと呼ばれています』

『そうでしたか。失礼しました』


 私は納得して頷きました。確かに、Jr殿はスティーブスン殿と非常に姿は似ていますが、ラインなどの色が違っています。

 改めて、すやすやと寝息を立てている女性の方を眺めました。スティーブンス殿と共にいた少年の面影が、どこか感じられます。


『彼女とはどのような関係ですか』

『彼女は、スティーブンスと共にいた彼の孫にあたります。地球から、こちらに引っ越してきました』


 Jr殿はスティーブンス殿のデータを引き継いでいるため、ドームに来た時のことも知っているようでした。


『スティーブンス殿はいかがお過ごしですか』

『はい、地球で彼と妻とその子供と共に暮らしています』

『左様でしたか』


 私は地球での、スティーブンス殿と成長したあの夜の少年や、見たことのない彼の妻や子供に思いを馳せます。

 ただ、私のAIスペックでは、一部の情報から未来を予測することができません。彼らの現在の姿は、想像できずに空白のままでした。


「うーん……」


 その時、ベンチの上の女性が身じろぎしました。このまま目を覚ますかと思いましたが、首の角度を変えただけで、まだ眠り続けています。

 それを見て、Jr殿は申し訳なさそうに言いました。


『すみません。起こそうかと思いましたが、余りにも気持ちよさそうでしたので……』

『仕方ありませんよ。この陽気では、眠たくなりますね』


 天井のアクリルガラスからは、温かい日光が降り注いでいます。

 気温も高く設定していて、紅葉の舞い散る秋の中でも過ごしやすい一日でした。


『彼女は救難信号をキャッチする一人用の人工衛星の中で仕事をしているんです。こうして、太陽の下でゆっくりしてくれるだけで嬉しいのですよ』

『ええ。のんびりしていただくのも、私の本望です』


 そんな私たちの声が聞こえているのか、ぐっすり眠っている彼女の口元には微笑みが浮かんでいました。






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