第2章 変人のいるクラス

変人の影

 次の日のこと。

 当然の如く、俺と青波が付き合い始めたと言う噂は校内全域に広まっていた。

 まったくもって恐ろしい伝達力だ。

 多分俺が家に帰る頃には、隣の女子高の妹の耳にも届いていることだろう。


 憂鬱。

 とんでもなく憂鬱だ。


 六月の梅雨時期。

 今日も優れない空模様に、俺の表情。

 ツライぜ……


 生徒たちの奇異の視線を受けながら、俺は無言で教室へ向かう。

 そんな中、ヒソヒソ話が俺の耳に入った。


「ねぇ、あれが青波玲音の彼氏?」

「冴えないねー」

「冴えない彼氏の育て方って感じ」


 おい、誰が冴カレだコラ。

 人のこと馬鹿にして笑ってんじゃねーぞ。


「唇たらこじゃん」

「やっばぁ。まじキモーい」

「てかさ、陰キャじゃね?」

「マジそれー」


 そこの女子生徒たち。

 もう、やめて。

 泣いちゃう。

 俺、もうそろ泣いていいですか。


 本気で何度も断念しかけた。

 何度踵を返して家に帰ろうと思ったことか。

 しかし、神は俺を見捨てちゃいなかった。

 いや、むしろ見捨ててくれなかった。


「あっ! 依織くん」

「あ、青波……」


 後ろから声をかけてきた青波に俺は人生の終わりを確信した。


「何その人生終わったみたいな顔」

「その通りです」


 俺がそう言うと、青波は周りを見渡して、舌をちょっと出す。


「ごめんね。作戦失敗したかも♪」

「もっと誠意を見せろおお!」


 他人の人生ぶっ壊して、てへぺろってか?

 ふざけんじゃねぇ!


「お、お前のせいで、俺の高校生活これからハードモードだよ!? 強くてニューゲームじゃなくて、弱くてコンテニューだから!」

「なんかよくわかんないけど」


 くそ、なんだこいつ。

 他人事だと思いやがって……

 だが、俺がそんなことを思っていると、青波は寂しそうな笑みを見せて、こう言った。


「私の告白、迷惑だったんだね」

「あ、……いや」

「いいんだよ。強引だった自覚あるし」

「別に迷惑ってわけじゃ」

「ううん。ごめん、気にしないで」


 青波は俺の返事を待たずに走って教室へ行こうとする。

 でも、ここで行かせるのは良くない。

 確かに、俺は青波のお陰でこんな被害にもあっている。

 だが、だからと言って青波の好意を無下にするのは人として最低だ。

 俺は青波の腕を掴む。


「待てよ」

「え?」


 俺は青波の目を見てしっかり伝えた。


「迷惑なんかじゃない。俺が言い過ぎた。すまん、この通りだ」


 そして、しっかりと頭を下げる。

 謝るときは誠意を見せるのが筋だ。


「あ、うん」


 すると青波も苦笑いして言う。


「私もごめんね。ちゃんと謝る。ごめんなさい、考え不足で作戦失敗しちゃいました」


 これでおあいこ。

 よし、一件落着。

 そう思ったときだった。


「朝からお熱いですねー」


 後ろから馬鹿にしたような声が聞こえる。

 振り返ると、奴がいた。


「富川……」

「あ? 陰キャが名前呼ぶんじゃねえよ」


 相変わらず腹の立つ顔をした富川が立っていた。

 ついでに伏山も仏頂面だ。

 富川はなお煽ってくる。


「見せつけちゃって、本当にラブラブなんですねぇ」

「うん、ラブラブだもん」

「「え」」


 なんで普通に返してんだ青波さん。

 からかわれてるんだよ?

 マジに返してどうすんのよ。

 俺と富川、初めて息が合っちゃったよ。

 ハモってしまったじゃねえか。


「キモ」


 しかし、富川はすぐに表情を作ると、短く言った。

 それに対して青波も笑う。


「富川くんって、『陰キャのくせに』か『キモい』しか言わないよね。語彙力どうしたの? うちのママでももうちょっと日本語使いこなすよ? 最近だと、『お腹すいたよ』とか『お菓子買ってきて』とか」

「パシられてんじゃねーか!」


 まさかの青波、母親にパシリ扱いを受けていた件。

 驚きである。

 だが、そんなことより。


「は? 女のくせに調子乗んな」


 富川はかなりご立腹だった。


「女の分際で偉そうな口聞いてんじゃねえ」

「本当に日本人って古いね。そう言うの男女差別って言うんだよ? イマドキ世界中でもセクハラこんなに酷い国日本くらいじゃないの?」

「あ?」


 対して青波も言い返す。

 なかなかに白熱した口論になってきた。

 でもマズイな。

 富川の目に笑いがなくなった。

 これはいけない。

 止めなければ、そう思った時だった。

 富川が青波に向かって腕を振り上げる。


「おい!」


 俺はすぐに止めようと腕を伸ばした。

 しかし、


「おい、やめろ。ダセェぞ」


 伏山が止めていた。

 富川の腕をがっちり片手で拘束していた。


「女に手を出すな。それで不用意なセクハラ発言はやめろ。ああいうのは玲音の言う通り古い」

「でもよ……」


 伏山は言い訳をしようとする富川を睨む。

 すると急に大人しくなり、教室へ向かって行った。

 そして、伏山も後に続くのかと思いきや、急に振り返ってきた。


「な、何だよ」


 すると、伏山は仏頂面のまま言った。


「お前、赤岸と話してんの?」

「はぁ?」


 何で急に赤岸の話が出てくるんだ。

 あの隠れモンスター、なんかあんの?

 そんなこと思っていたら、伏山はあっそ、と勝手に自己完結して行ってしまった。


「なんなんだ、あいつ」


 俺はため息をつく。

 っていうか伏山は地味に玲音って名前呼びなのな。

 自然過ぎて驚いた。

 流石陽キャ様。

 今日は普通にカッコよかった。

 だが、今のは正直俺が止めに入るべきだった。

 ダサい。

 ビビってしまったのだ。

 殴られるかも、そう思ってしまった。


「ごめん」

「え、何が?」


 咄嗟に謝ったが、青波はキョトンとしている。

 うーん。

 これは胸の内に潜めておこう。


「いや、なんでもない」

「何それー」


 青波は柔らかく笑った。

 そして言う。


「ていうか、赤岸さんどうかしたの?」

「いや、知らない」


 本当に何だったんだろう。

 あの人と何の関係があるというのだろうか。

 しかも、何でそんなこと伏山が気にするんだ?

 わからないなぁ。

 それにしても、


「なんかイメージダウンしてない?」


 俺は周りを見渡して別の話題を振った。


「あ」


 青波は苦笑いして言った。


「ちょっと言い過ぎちゃったかも」


 清楚なハーフ転校生が調子者を口で黙らせた、という事実は周りの目を釘付けにしていた。

 俺を馬鹿にしていた女子生徒らも目を丸く開いて、黙りこくっていたのである。

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