清楚な連絡先

『これからよろしく!』


 スマホに映し出された八文字に、俺は今だに状況を呑み込めないでいた。

 これは、青波玲音からのメッセージだ。

 あの、美少女転校生からの。


 あれから、なんだかんだで強引にLINEを交換させられた俺は、それからすぐに帰った。

 そして、これだ。

 家に帰ったらメッセージが届いていた。


「夢なのか、これは?」


 独り言をブツブツと呟きながら、何度もスマホを見返す。

 かれこれ何回めだろうか。

 もう帰ってきてから一時間以上こうしている。


 急に扉が開いた。


「お兄ちゃんご飯って、何してるの?」


 顔を上げると、口をへの字に曲げた妹が立っていた。


「もうそろそろ飯くらい自分で作ったらどうだ? もう高校生だろ?」

「うるさい! あんたが作れるんだからあんたが作ればいいでしょ!」


 何という理不尽な口撃だ。

 誰だこいつを教育したやつ。

 出て来いや。

 俺みたいな天才クールボーイを育て上げた両親を紹介してやろう。

 って同じ人物だったわ。


 まぁそんな茶番は置いといて。


 海瀬梓うみせあずさ。俺の唯一の兄妹にして、高校一年生の妹だ。

 見ての通り口も悪く、手もつけられないモンスター野郎。

 好きなモノは男と金。

 将来とんでもない女に成長するだろう。


「で、何してんの?」


 梓は、俺のスマホを覗き込んできて、驚愕した。


「お、お兄ちゃんの友達に、女の子が……」

「馬鹿にしてんのか」


 俺にだって女子くらい友達リストにいる。

 え、誰だって?

 もちろん妹だよ。


「ってこの人!」


 そんなことを考えていると、梓は声を上げた。


「鳴宮高校の転校生でしょ!?」

「なんで知ってんだよ」

「いや、有名も有名、超話題人物じゃん。ここの地域に住んでて知らない人なんていない」

「へぇ〜」


 梓は、この近くの女子校に通っている。

 どうして男好きなのに女子校なのかは謎だが。

 まぁそれはともかく、他校にも青波の情報は流れているということだ。

 恐るべし陽キャネットワーク。

 個人情報の保護なんてあったもんじゃない。


「で、なんでお兄ちゃんが青波玲音のLINEなんて持ってるんだよ」


 梓はイラついたようにそう言った。


「なんだ、俺が青波のLINE持ってちゃ悪いのか?」

「当たり前でしょ? キモいオタク野郎が持ってていいもんじゃないっしょ」

「家族には優しくしろよ」

「あんたなんかいなくても平気だし」


 矛盾。

 俺がいなくなればあなたは食事をどうする気ですか?


「ていうか、本当になんなの」

「なんなのって言われても、向こうから交換しよって言われただけだしな」

「はぁ!? 嘘でしょ!」


 なぜ俺が嘘をつかんといかんのだ。

 意味がわからん。


「嘘じゃない。放課後に屋上に呼び出されて、『君は他の人とは、違うから』なんて言われてスマホを強引に……」

「ありえない!」


 ついに梓は俺にティッシュの箱を投げつけてきた。

 角が当たって痛い。

 あ、肘から血が出てきた。


 しかし、その後すぐ梓は急に納得したように言った。


「あ、騙されてんだよ」


 梓はスッキリした表情で優しく笑う。


「お兄ちゃん、騙されちゃダメだよ。綺麗な花ほど棘があるなんて言うからね」

「棘が一番あるのはお前だろ」


 そして、そんな会話をしていると、スマホに振動が走る。

 ずっとスマホを持っていた俺は驚いて落としてしまった。

 そして画面にメッセージが映し出される。

 曰く、


『ねぇ、よろしくくらい返してくれるかな? なんか無視されてる気がするんだけど』


「あぁぁぁぁ!!」

「うわぁぁぁぁ!!」


 兄妹の悲鳴が重なった。


「お、おおおお兄ちゃん、これガチじゃん! 絶対ガチでしょ!?」

「ってやばい返信! 返信返さないと!」


 俺は焦りながら高速フリップでメッセージを作って、送信っ!

 あ、間違えた。


「何送ってるのお兄ちゃん! 『遅れてすまんこ!』はマズイでしょ!?」

「しまったぁぁぁ!」


 くそ、つい権三に送る時の予測変換のまま送ってしまった!

 慌てていると、すぐに返信が返ってくる。


『全然いんぽ』


「「は?」」


 俺たち兄妹の思考が止まった。

 ハーフの美少女が、いんぽ……?

 は? 何言ってるんだ。

 いや、俺が間違っているんだ。

 そんな単語を送ってくるはずがない。

 見間違えに決まっている。

 俺は改めてスマホを見た。


『全然いんぽ』


 ……………うん。


「ま、まぁ多分気を遣ってくれたんじゃないか?」


 俺は庇うようにそう言う。

 そして梓も大きく頷く。


「う、うん。そうだよね」


 その後、俺たちは、何もなかったかのようにスマホの電源を落とした。

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