清楚と作戦

 重苦しい空気が漂う。

 青波は呆然と俺の手にあるスマホを眺めていた。

 そして俺はこの世の終わりを噛み締め、天を仰いでいる。


 終わった……


 よりによって、どうして青波に見られるんだ。

 俺とて普通なら、二次元画像をロック画面にしていてそれを見られたところで、焦りはしない。

 だが相手は美少女転校生。

 しかもつい先ほどまでいい感じだった。


 ここはいっそ開き直って布教でもしたらいいのか。

 そうすれば楽になれるかもしれない。


「驚いちゃった」


 青波が言った。


「私のお母さん、日本のこういうなんていうのかな、ちょっとエッチな奴苦手で、だから私もあんまり見慣れてなくて……」

「あ、フィンランド出身だもんな?」

「うん。だから、ちょっと苦手みたい」


 うーん、それは残念。

 食わず嫌いしないで見てくれたら良さもわかってもらえると思うんだけどな。

 まぁ絵柄が合わないのかもしれないが。


「……まぁ私は別にそんなに嫌いじゃないけど、こういうエッチな奴……」

「え?」


 なんて言ったんだろう。

 すごい早口で小声だったから聞き取れなかったが、とんでもないことを言ったような。

 いや、気のせいか。


「よし、今のは忘れよう!」


 青波はパンと手を鳴らすと、そう言った。


「あれ、さっき無理って」

「考えが変わったんだよね。それとも、永遠に覚えといた方が良かった?」

「いや、忘れてくださいお願いします」


 危ない危ない。

 自ら墓穴を掘るところだった。

 しかし、青波は意味ありげな笑みを浮かべて言った。


「でも、一つ条件がある」

「は?」


 条件? ナニソレ。


「このこと、黙って欲しかったら今度の件、絶対やってくれるって約束して?」


 何言ってるんだこの人。

 鬼か、鬼なのか?

 なんか脅されてるんだけど、え?

 どういう状況なんだよ。


「伏山くんにガツンと言ってくれたら誰にもこの事は言わないからさー」

「いやいや、意味わかんねぇよ!」


 その事とさっきのは関係ないだろ!?

 流石に外道過ぎる。


「いやー、お願いします」


 しかし、青波は手をすりすりお願いしてくる。


「いやだ! 絶対しない!」

「なんでよ!」

「強制されるのはなんかやだ!」

「天邪鬼なの!?」

「うるさい! やなもんはやだね!」


 小学生みたいな口論を繰り返すうちに、俺は根本的なことに疑念を抱いた。


「なぁ青波」

「何?」

「伏山に喧嘩売るのはいいけど、何を言えばいいんだ?」


 すると、青波は深いため息をついた。


「何かあるでしょ? 例えば、『俺たち隠キャを馬鹿にすんじゃねーぞ! 誰が童貞だコラ!』的な?」

「例がおかしい。ってか君は誰? もうキャラがわかんない」


 意外と下ネタがどぎつい。

 普通の女子高生ってこんな感じなのか?

 サンプルが無すぎてわからんが、恐らくこれがスタンダードではない気がする。

 っていうかなんださっきから。

 急に脅してきたり、童貞がうんちゃら言ってきたり。

 キャラブレすぎだろ。

 いや、出会って三日だし、そもそもキャラっていうほど青波のこと知らないしな。


 まぁただ言いたいことはわかった。

 要するに、隠キャって見下してんじゃねーよ! 的な発言をして陽キャ団体に宣戦布告をすれば良いということなのだろう。

 うん、簡単簡単。

 って、


「全然簡単じゃねーだろうが!」

「いきなり何!?」


 心の声につい叫んで突っ込んでしまった。

 しかし、興奮したオタク童貞は止まらない。


「陽キャ団体って何人束でいると思ってんだ」

「えっと、三、四人?」

「それはあくまで教室内での話だ」


 俺は心のメガネをグイッとあげる。


「放課後なら大体六人以上はいるぞ。で、そこにこの俺が、いきなり割り込んで、喧嘩を売るって?」

「まぁ、……うん」

「お前、そんなのカースト脱出の前に二度と登校できない体にされちまうだろ!」


 そうだ。

 カーストから悪い意味で除外される。

 不可触民という名の実質最底辺へな。


「確かに俺はこの身分制度が嫌いだ。でもな、わざわざ自分の危険を冒すまでじゃない」


 俺はそこまで言うと、呼吸を整える。

 ノンブレストークは中々にしんどい。

 久々だったが、一度も噛まずに喋れた。

 俺実は漫才師とか向いてるかも。

 なんてふざけたことを考えていると、青波が微笑んで言った。


「まぁそこのところは安心してよ。私がどうにかするから」


 マジで何する気なんだ、こいつ。

 とても不安になる一方、俺はあることに気づいた。


 _____あれ、この女の子。思ってたのとなんか違う気がするんだが。


 青波玲音。

 果たして、この女は本当に清楚な女の子なのか?

 そんな疑惑が、俺の心に芽生え始めた。

 そして、いつしか俺の中で青波に対する緊張感が程よくなくなっていっているのであった。

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