清楚ちゃんの提案

 翌日の放課後。


「ちょっといいかな?」


 俺は荷物を鞄に入れる手を止める。

 するとそこには、こちらを可愛く覗き込んでいる青波がいた。


「うお! な、何?」

「毎回驚き過ぎでしょ」


 ジト目で言ってくる青波。

 だが、そんな事を言われても仕方ない。

 出会って三日目だし、なんというか、未だにこんな美人に話しかけられるのは慣れないしな。


「ちょっと話があるんだけど」

「あ、うん」


 ちなみに俺を目の敵にしているリア充軍団は早期退室をなさっている。

 流石はカースト上位。

 上位身分の方は早めに帰ると相場は決まっているのだろうか。


「あのさ。依織くんって彼女いるの?」

「はぁ?」


 何を言ってるんだろう。

 急に人を取っ捕まえて、それでこの質問?

 ていうか、どう見ても彼女いるようには見えないでしょうに。


「あら、いないの?」

「いるわけないだろ」

「へぇ〜、意外」

「どこがだよ」


 おちょくってんのかこいつ。

 人のこと馬鹿にすんじゃねーぞ。

 彼女がいるような人間が、こんな放課後に一人で残ってるわけないだろう。

 そんな事を考えていると、青波が言った。


「この前の件なんだけど」

「え、道案内?」

「じゃなくて! 君を校内ヒエラルキーから救ってあげるって話の方だよ」

「あぁ」


 なんだかそんな話をしていたような気がする。

 昨日の事なのに、もう遠い昔のようだ。


「で、それがどうかしたの?」


 俺がそう言うと、青波はふふんと自慢げに胸を反らして言った。


「少し、協力してくれない?」



 ---



 そして、何故か俺は屋上に連れてこられました。

 殺風景な場所にたった二人だけ。

 いや、わからない。

 もしかすると背後や、物陰に青波のファンが潜んでいて……

 俺は今からリンチに合うのかもしれない。


 そう思うと不安になってきたぞ。

 俺は、背後と物陰を注視する。

 ふむ、目立った異変はなし、と。


「どうかしたの? さっきから」

「身の安全の確認をちょっとね」

「うん、何言ってるかわかんない」


 昨日から思っていたが、本当にアッサリした子だな。

 俺の言動への返答が結構適当だ。

 いや、別に構って欲しいわけでもないのだが。


「ねぇ、依織くんって無口なキャラ?」


 いきなりそんな事を言われる。


「いや、キャラっていうか。なんかその、別に話す必要がないっていうか……」

「の割には私とか、苅田君とは話すよね?」

「うん、君とはそんなに話してないけど」


 そう、なんか馴れ馴れしく話しかけてきているが、俺たちが出会ったのは三日前。

 しかも大した会話はしていない。


「まぁいいや」

「あ、いいんだ」


 今時、ここまで適当な女子高生も珍しい気がする。

 やっぱりお国柄なのだろうか。

 フィンランド人のお母さんの影響なのかもしれない。


「でね、依織くんってなんだかカッコいいくせに無口で、キャラで損してるじゃん?」

「急なヨイショは心臓に悪いからやめてください」

「いや別にお世辞じゃないよ?」

「それならば、近所のおすすめの眼科を紹介しましょう」

「あ、ごめんカッコいいって言うのは容姿のことじゃ……」

「あ……」


 恥ずかしい。

 とてつもなく恥ずかしい。

 顔から火が出るってのはあながち間違ってなかったのかもしれない。

 そのくらい顔が暑かった。

 水道水を今の俺のおでこにかけたら一瞬で蒸発しそうな感じだ。


「じゃ、じゃあ逆に何がカッコいいって言うんだよ」


 俺がそう聞くと、青波は顔に手を当てて言った。


「道案内してくれたりとか、後は授業中に寝てる隣の席の子を起こしてあげたりとか?」

「見てたのかよ……」


 確かに、俺はいつも隣でぐーすか寝ている赤岸を起こしている。

 しかし、それは親切心からではない。

 単純に隣が寝ていると、とばっちりで俺まで先生に当てられたりするからだ。

 頭が良い方でもない俺が、授業中に当てられたら大変だ。

 しかも俺はしがないオタク君。

 面白いボケをしたところで誰も笑ってはくれないのだ。


「だからさ、提案なんだけど」


 そして、青波は言った。


「今度の放課後、陽キャグループに喧嘩を売ってくれないかな?」


「は?」


 俺の中で時間が一瞬止まったのであった。

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