清楚ちゃんは雨女

「海瀬君って道案内とかするタイプなんだね」


 突然そう言って来た赤岸に、俺は目が点になる。


「えと……」

「それとも、ただ美人だったから案内してあげたの?」

「いや、まぁそれはある」


 すると、赤岸はにっこり笑って、


「いやぁん、エッチ〜」

「はぁ……?」


 なんなんだ、一体。

 どうなっている。

 意味がわからん。

 俺には赤岸の頭の中が全くわからない!


 とりあえず、堪らなくなって俺はトイレと言って足早に教室を出る。


「な、なんなんだあいつ……!」


 赤岸柚芽。

 普段は無機質なイメージしかない。

 授業中もいつも寝てる。

 当然話したこともなかった。

 せいぜい授業の一環のペア活動くらい。

 隣の席になったのが五月の初め。

 もうかれこれ一ヶ月の付き合いだが、話しかけて来たのは初めてだ。


 よし、とりあえず頭の整理をしよう。

 今日は色々起き過ぎた。


 まず、朝転校生として昨日の清楚なあの子がやって来た。

 そして何故かその清楚ちゃんが話しかけて来たのだ。

 うん、ここら辺から訳がわからないな。

 いや、待てよ。


 普通前日に道案内をしてくれたとしよう。

 次の日、その人に出会った。

 俺ならどうするだろうか。

 もちろんお礼をするだろう。


 なんだ、当然のことじゃないか。

 助けたんだから、お礼をされて当たり前なのだ。

 イェーイ人助け万歳。

 これからも道に迷ってる人がいたら助けてあげていこう。

 かならずいいことがあるはずだ。


 しかし、問題はそのあとッ!

 なんなんだ赤岸とか言う隠れモンスターは。

 授業中は大人しくて、必要なことしか話さないのに、『いやぁん、エッチ〜』って。

 頭おかしい人なのかもしれない。

 確か、権三が同じ中学だったはずだ。

 とりあえず、話を聞いてみよう。

 俺はそう思ってトイレから出た。


「あ、いたいた依織くん!」

「な……!」


 ようやく頭を整理したと言うのに。

 なんということか、転校生の青波玲音に遭遇してしまった。


「ねぇ、ちょっと良い?」

「え、お、おおおお俺に何のようですか!?」

「どうしたの!? 昨日と全然違う人みたいだよ?」


 昨日とは事情が違うんだよ!

 朝からイベント渋滞でこちとら目が回ってるんだよ!

 なんてことは言えず。

 とりあえずここは深呼吸だ。

 すーはーすーはー。

 よし、今日も空は青い。


「雨凄いよねー今日」

「あは、雨? 何言ってるんだい君は。ほら、外見てよ晴れ渡る空が広がってるぞ!」


 そう言って指した窓の外は、異常なくらいの暴雨でした。


「なんっじゃこりゃぁ!?」

「いや、何って朝からずっと降ってるでしょ。どうやって学校来たの?」

「徒歩だよ」

「まぁあの坂キツイもんね」

「そうなんだよ!」


 流石は清楚女子高生。

 わかってるな。

 俺はそれからさらに続けようとして、固まった。

 何故か。

 教室の窓から執拗に睨みつけてくる陽キャ団体様と目が合ってしまったからだ。

 まぁ確かに、ここは教室の前の廊下だし、こんな所で自分が狙ってる女子とオタク君が話してたら腹も立つか……立つのか? 恐ろしいな。


 すると、それに気づいたらしく、青波はふと笑った。


「大変みたいだね」

「まぁね。人権学習で江戸時代の身分制度を学ぶ前に、現高校生における卑劣な校内ヒエラルキーってやつを学ぶ時間が欲しいくらいだよ」

「面白いこと言うね」

「俺は面白くないけど」


 真面目な話だ。

 この校内カースト制度、どうにかならないかね。

 小学校、中学校の頃を思い出せよ。

 みんなで仲良く遊んだじゃないか。

 なんてな。

 もう良いさ。

 俺は諦めの隠キャ。

 もうこの扱いに慣れてしまったのさ。


「ねぇ、依織くん?」

「な、何だよ」


 ていうか、さっきから初対面で名前呼びなんて随分馴れ馴れしいな。

 まぁ可愛いからいいけど。


「私が救ってあげようか?」

「は?」

「だから、私に任せて!」

「な、何がだよ……!」


 急にそんなことを言われても戸惑う。

 第一何をする気なんだ。

 しかし、青波は笑ってこう言うだけだった。


「ひ・み・つ!」


 俺はあっけに取られて固まる。

 青波が教室に帰ると、陽キャどももそっちに行ってしまった。

 一気に席を囲み、また質問攻めにするんだろう。

 もしかしたら彼女も困っているのかもしれない。

 うーん。

 それにしても、何をする気なんだろう。

 隠キャを救うってもう無理じゃないのか。

 俺は高一でもないしな。


 そして俺は窓の外を見て思った。


「青波玲音……レイン、rain。雨女だろ、絶対」

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