第1章 清楚との馴れ初め

清楚との出会い

 人生の転機ってものは、突然に訪れる。

 今まで失敗続きのしょっぱい人生を送って来た人にだって、突然幸運が舞い降りる事はある。

 そう言う俺自身、退屈な人生を送っていたと思うし。


 高校二年生。

 部活動は無所属。

 恋愛ってなんだっけ?

 彼女なにそれ、美味しいの?


 もちろん何か打ち込んでいるものもない。

 自分で言っててなんだが、俺は努力というものが苦手だ。

 と、言うこともあり友達なんてのも少数だ。


 しかし、そんな俺にもある日、転機は訪れたのである。

 六月上旬の、梅雨入り前の日のことだ。



 ---



 ジリジリと夏の日差しがやる気を見せ、例年より早めにやって来た六月の夕方。

 俺は一人、自宅へと帰っていた。

 特に何をするわけでもなく、ぼーっと歩いている。

 考えるのは、夕飯の事や、帰ってから読もうと思っているラノベのこととかだ。


 そんな風に寂しく道を歩いていると、登下校道最大の強敵である坂に遭遇する。

 こいつは本当に迷惑なやつだ。

 自転車通学生にとっては、最悪である。

 俺が徒歩通学するのは、そう言う理由があるからなんだけれども。


 しかし、今日の坂はいつもと違った。


 坂の上に、人間がいたのだ。


 何を言っているんだ? 坂を登っている人くらいいても当然だろう、と思うかもしれない。

 確かにそうだ。

 ここの坂を行き来する人はいるだろう。

 だが、違う。

 坂の上の人間は、そんな人々とは違った。


「あ」


 じっと立ち止まって見つめていると、視線が交差する。


 その人は、少女だった。

 いや、美少女だった。


 あまりの美貌に、俺は息を呑む。


 正確には、夕日に照らされたおかげで顔の造形なんてものはわからない。

 実際可愛いかなんて判断できるような状態ではなかった。

 しかし、俺は容易に美少女だと断定できた。

 何故か。

 それは彼女が、俺に笑いかけたからだ。


 青いワイシャツに、黒のミニスカート。

 坂の上から、眺めるその景色は至高。

 曝け出された太ももは白く、見ていると変な気分になる。

 そしてさらに黒のスニーカーが彼女の白い脚を強調させる。

 適度に肉のついた、だけれども筋肉もあって引き締まった、健康的な脚だ。

 俺はやっと脚フェチの気分がわかった。


「あ、あの」


 俺が坂を登ると、少女は話しかけて来た。

 背が低かったが、顔を見る限り同い年くらいかもしれない。

 それにしても、整った顔だった。

 俺はそれに見とれてしまう。


「あの、ちょっといいですか?」

「ハッ!」


 彼女の声で現実に戻される。


「あの、スーパー丸山ってとこの場所を知りたいんですけど……」

「あぁ、それならこの道のもう一つ奥の道の先にありますよ」

「本当に? 良かったぁ、この辺入り組んでて道がわからなかったんだ」


 どうやら彼女はこの辺に詳しくないらしい。

 俺が教えてあげると凄い笑顔で微笑んだ。

 ハーフなのか、少し日本人にしては色が白いし、目が茶色い。


「教えてくれてありがと」

「あ、うん」


 それだけだった。

 交わした言葉はわずかだ。

 だが、俺の心を掴むには十分だった。


 そのまま彼女は微笑みながら、通り過ぎて行った。

 ただの道案内。

 たったそれだけ。


「凄い美人だったなぁ……」


 ボソッと独り言を言ってみる。


 彼女は、まさに一言で表すと、『清楚』だった。

 白い柔肌に、青いワイシャツ。

 清潔感、透明感で溢れていた。

 彼女の姿が脳裏に焼き付いて、頭がおかしくなりそうだ。


 そのまま俺は家に向かって歩く。

 その途中、通りがかった店の窓ガラスに反射した自分の顔を見て驚いた。


「なんだよ。恋に落ちたみたいな顔してんな」


 そこには、いつも通り退屈そうな表情で、少し紅潮している少年の顔が映し出されていた。

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