宮城サプライズ

浮谷真之

宮城サプライズ

 私——小泉千尋には少し変わった体質がある。そのことに気づいたのは、小学校の修学旅行のときだ。


 ◇◇◇


「あれ、千尋ちゃん、なんか顔変わった?」

「ほんとだ、なんかかわいぃーー」

「えー? どうしたの、いきなり」


 お世辞だろうと思いつつも一応手鏡で確認すると——あれ、ほんとだ。普段となんか違う。よく見ると、まぶたが二重になっていた。これはちょっと嬉しいかも。と、内心喜んでいたところでちょうど次の目的地に到着し、バスに戻ってきた時にはそんな些細な変化のことは忘却の彼方に吹っ飛んでいた。


 しかし、次の日——


「あれ、千尋ちゃん、またなんか顔変わった?」

「ほんとだ、またなんか違うーー」

「えー? いつもと同じだよー。でもありがとー」


 そういえば、昨日も似たようなことがあったっけ。旅行に夢中ですっかり忘れてた。内心ちょっと期待しながら手鏡でさりげなく確認すると——


 げ。なにこれ。


 まぶたは元に戻って、代わりに眉毛が某女芸人並みに太くなっていた。どうしよう……なんでこんなことに? っていうか、「なんか違う」ってレベルじゃないでしょ、これ。


 その日はずっと人目が気になって旅行どころじゃなかったけど、気がついたらいつの間にか元に戻っていた。


 ◇◇◇


 やがて分かったのは、私は都道府県ごとに容姿が変わるということだ。生まれてすぐ愛知に引っ越して以来、他県に出たことがなかったので、修学旅行まで気づく機会がなかったのだ。


 変わるのは基本的に顔の一部だけど、体型が変化する場合もある。そして、どう変化するかは都道府県ごとに決まっている。お気に入りは、胸が適度に大きくなる大阪だ。機会があれば引っ越そうかと真剣に検討しているところだ。


 ただし、こんな体質なので、初めての県に入るときは慎重を期す必要がある。歯並びが悪くなる程度ならいいのだが、東京の電車でうっかり寝過ごしたときは大変だった。千葉に入った瞬間、いきなり超絶デブになって服が裂けまくったのだ。激痛で死ぬかと思ったし、死ぬほど恥ずかしかった。


 それ以来、私にとって千葉は禁断の地となっている。いつかディズニーランドに行ってみたいのだけど、その名の通り東京に編入されるまで待つしかなさそうだ。


 そんなわけで、未知の県に足を踏み入れるのは極力避けているのだが、今向かっている宮城は例外だ。実のところ、もっと早く行ってみたかった。宮城でどんな変化が起きるのか、この体質に気づいて以来ずっと楽しみにしてきたのだ。


 マイカーだから少々派手に変化しても誰も見てないし、ホックなしのスポーツブラ、ゴム入りのスカート、ニットのトップスを組み合わせてきたから体型が変化しても大丈夫だ。


 鼻が巨大化したり、吊り目になったり、耳から毛が生えたりといった既知の変化を経て、ついに未知の世界、宮城に入る。


 ——その瞬間、靴が一気にきつくなって足が締め付けられた。しまった! 靴は盲点だった。予想外の痛みに顔をしかめながら路肩に停車して、急いで靴から足を引っ張り出す。念のため一般道にしておいて正解だった。


 そこでふと、別の違和感に気がついた。足の痛みに気を取られて気づかなかったけど、服もなんかおかしい。単なるサイズの問題ではなく、もっと根本的に体に合わない感じだ。特に、下着。


 また体型が変化したのかと思ったけど、そうじゃなかった。厳密に言うと、それだけじゃなかった。私は男になっていたのだ。顔は、若干男っぽくなっただけでそこまで変わってない。


 予想外のパターンだったのでびっくりしたけど、まあ、こんな体質だから性別が変わるのもありえなくはないだろう。


 え? でも……どういうこと?


 そうだった。よく考えたら、ありえない。






 私、宮城で生まれたのに……。

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