第22話 光の神

「ラルフ!」


 吊るし上げられた俺を見て父ちゃんが悲鳴を上げた。

 だが俺は冷静だった。

 あらかじめ肉塊を肉体に貼り付け筋肉を増強していたのだ。

 俺は亜神の目に指を入れる。おっし届いた!

 爪を立てて親指を容赦なく眼球、それも黒目に突き刺した。

 そのまま容赦なくえぐる。

 ざくりと果実を潰したような音がし、眼球の内容物が漏れ出てくる。

 潰れたわけじゃない。失明もしない。

 だが数日は涙が止まらない攻撃だ。


「ぎゃっ!」


 亜神の指から力を失われたのと同時に俺は腕を背中側に巻き込んで落下する。

 ぼきりという音が亜神の肘からした。

 肘が曲がらない方に曲がっていた。

 脇固めである。


「え、えげつな!」


 セイラが声を上げた。

 あのな。俺は一億人が天下一武闘会やってるような頭のおかしい世界から来たんだよ。

 その世界で長年培われた技術を使ってなにが悪い!

 サミングは格闘技的には反則だけど、武術的には立派な技術だぞ!

 父ちゃんは口を開けたまま「よくやった!」と拳を握った。

 王様も拳を握りしめていた。

 おーお、亜神どうしの戦いだから一方を応援できないみたいだな。

 俺はうつ伏せに倒れたままの亜神の頭を踏んだ。


「なあ先輩。名乗りもしねえ。呪殺みたいに卑怯な手を使う。それで人様の胸ぐらを掴んだら折られても仕方ねえよな?」


「き、貴様……見た目通りの年齢じゃないな……」


「俺はかわいい六歳児だ」


「自分で言った!」


「セイラちゃんちょっと黙ってて!」


「あ、あはははははは……そうか……軍に力、それに審判。貴様を中心として神々は戦争を始めるおつもりだったのか!」


 俺は頭から足をどかすと亜神の髪の毛を掴んだ。

 顔をセイラの方に向ける。


「おら、見ろよ。なにか勘違いをしているようだから教えてやる。お前が殺した子どもだ。地母神の使徒の前でガキを殺す意味……わかってるよな? それをやったら戦争だ。俺たちはたとえどんな相手だろうが必ず殺しに行く」


 狂った衝動が俺を突き動かす。

 理性は吹っ飛び、ただ戦いへの欲求が俺を動かしていた。

 亜神も含めて俺たち神は世界を統治するためのシステムだ。

 その中で、おそらく俺たち地母神のグループは子を守るというシステムが具現化した存在なのだろう。


「たとえ謝っても許さない。お前は、今、ここで、滅びるのだ」


 俺は宣言した。


「滅びるのは貴様だ! 我が名はトゥオーノ! 雷の化身なり!」


 トゥオーノは起き上がり、俺を跳ね飛ばした。

 たかが腕を折られたくらいで亜神が戦闘不能になるはずがない。

 俺なら頭蓋骨が割れて脳みそが飛び出しても戦える。

 トゥオーノは空に浮いていた。

 バリバリと火花放電しながら俺を睨みつけている。

 おーお、アメコミヒーローじゃねえか。

 なにこの理不尽。アホのほうが格好いいのな。

 だが俺はあくまで冷静だった。

 だって一度は考えるだろ?

 いつかああいう自然現象自体と戦うことになるだろうって。

 俺みたいな人外型と自然現象型は相性が悪い。

 それはワン○ースを見れば明らかだろう。

 というわけで、俺はここ数年間対策を練ってきた。

 人外タイプとの戦闘のシミュレーションは万全なのだよ!

 俺は肉を展開。外骨格戦闘形態を取る。


「ほう……物理攻撃偏重型か。だが我に物理攻撃は効かぬ!」


 嘘だね!

 さっき思いっきり骨折ったじゃん!

 正確には攻撃中は物理攻撃無効なんだろ!

 トゥオーノはバリバリと音を立てながら突っ込んでくる。

 見えねえ! 雷は光。その速度は秒速30万キロメートルだ。

 脳まで電気信号が到達するまでの速度は同じ。

 だけど筋肉ベースの俺じゃスピードでかなうはずがない。

 俺は壁を突き破り、外に放り出される。


「ラルフくん!」


「ご主人様!」


 セイラとルカの悲鳴が聞こえた。

 俺は宙に浮いていた。

 正直に言う。痛い。

 雷のダメージはえげつない。

 電圧で俺の外骨格はあちこちはげていた。

 でも俺は勝利を確信していた。

 だって、この状態で超スピード。

 追い打ちが来ないはずがないだろ?


「水よ! 万物を癒やす水よ! 我が祈りに答えたまえ! ただ純粋にただ純粋にただ純粋に!」


 ベタな少年漫画展開だ。

 俺は超純水の膜を張る。

 電気を通さない水だ。

 空気中のゴミを取り込むから効果は一瞬だけどな。

 でも電気を滑らせるにはこれで充分だ。


「なにい!」


 追い打ちをかけたトゥオーノの体をつるんとすべる。

 受け止めなきゃいいんだよ! 受け止めなきゃ!

 そして作った一瞬の隙。

 俺はほくそ笑んでいた。


「水よ! 万物を癒やす水よ! 我が祈りに答えたまえ! ただ純粋にただ純粋にただ純粋に!」


 げぶりっ!

 飛んでいたトゥオーノの穴という穴から水が溢れ出した。

 実体化した瞬間、肺の中まで水浸し。

 もちろん相手も同じ亜神。

 水を消せばいいだけだ。

 だけど……とっさに思いつくかな?

 いきなり溺れたトゥオーノはパニックを起こしていた。

 物理的に肺を潰して水を追い出しつつ肺を修復。それから呪文を詠唱して水を消せばいい。

 その発想が出てこなかったのだ。

 これが命のやり取りを経た俺との違いだ。

 単純な戦闘経験の差なのだ。

 トゥオーノはあがいた。

 血が出るまで喉をかきむしり、顔を白く変色させながらもがいた。

 最後に俺に手を出し、そこで意識を失った。

 俺は倒れたトゥオーノを見下ろした。

 水を解除してやる? まさかー。


「ふんっ!」


 俺は思いっきり胸を叩く。

 ぐちゃりと肉が潰れる音がした。

 肺を潰して水を排出するのだ。

 これこそ亜神式の蘇生法ってやつだ!

 なあに相手も亜神。苦しいが死にはしない。

 大量の血と水がトゥオーノの口から排出される。

 俺はその状態から回復魔法をかけてやる。

 トゥオーノは恐怖で顔を歪めたまま動かなくなった。

 一応、肉で縛っとこ。


「え、えげつな!」


 やってきたセイラが声を上げた。


「多少の制裁はしなきゃならんだろ?」


「ラルフくん! ……すごい」


 ルカもやってきた。

 ちょっと、教育に悪いじゃない!

 だめだよルカにこんなの見せちゃ!


「私はいいんですか!」


 セイラちゃんブチ切れ。


「ほら……君はもう手遅れだから……」


「ばかー!」


 王様や父ちゃんもやってくる。 

 俺は肉を解除し、子どもに戻る。

 あ、痛! こりゃ、あばら折れたな。


「か、勝ったのかラルフ!」


「まあ、予想以上に相手が弱かったのでなんとか」


「よ、弱い……あれで……弱いのか」


 父ちゃんは口をあんぐり開けていた。


「戦闘経験が少ない相手でしたので小細工で落としました。実際は私より数段格上の相手ですね」


 陛下もぽかーんとしていた。

 人外の戦いを見たらそりゃそうなるよね。

 だって予想以上に絵面が汚いもん。


「さーってと、次々」


「「はあ!?」」


 その場にいた全員が変な声を出した。


「次ってなんですか!」


 セイラがパタパタと手を降る。


「そりゃお前、こいつ人質にして光の神と決闘だろ? 人類の絶滅防ぐにはそれしかねえべ。そもそも絶対強者が力を持たないものの意見なんて聞く道理があるはずねえだろ」


 そして俺以外の全員があんぐりと口を開ける。

 なにその顔。


「そもそも人間が神の代弁をしてるから神が怒ってるんです。このバカ殺したから許されるとでも思ってるんですか?」


「い、いや、だが……神との決闘……だと……勝機があるのか!?」


「ないですよ。確実に死にますね」


「「はあ!?」」


「だから死にますって。でも最後に立つのは俺です」


 俺は静かに宣言する。

 すると空の雲が割れ、女神が顔を出す。

 社長、アデル様だ。

 その存在の大きさに陛下たち一堂、その場に平伏する。

 俺とセイラ、地母神の社員だけはそのままだった。

 慣れって怖い。


「愛子よ。本当に闘うのですか?」


「光の神が人間を滅ぼすというのなら。もし違うのであれば闘う理由はありません」


「いいえ。あなたの言うとおり光の神は人間を滅ぼすつもりです」


「では闘うしかないでしょう」


「人の滅亡から目をそらし、神の国で永遠に生きることもできるのに?」


「私は人から生まれた存在。神の国で生きることよりも、愚かな人間を生かすことを望みます」


 ふうっとアデル様がため息をついた。


「わかりました。私が立ち会いましょう。立ち会いはいつにしますか?」


「今です。いつやったって結果は変わりません。私は死ぬ。だけど最後に立っているのは私です」


「他に望むことは?」


「私以外の助命」


 そう俺が言った瞬間、景色が変わる。

 そこは俺が物理的に飛ばされた庭ではなく、ギリシャ風の神殿に。

 あちこちに篝火が見える。

 俺の家族たちはいなくなっていた。

 そして神殿の中央に男がいた。

 中肉中背。なんの特徴もない男。

 無表情。ただそこにいる存在だった。

 だけど俺の中で最高にヤバイ存在だった。


「亜神よ我に挑むのだな?」


「人類を滅ぼすというのであれば」


「賭け金は?」


「トゥオーノの身柄」


「ふん、やつは破門寸前のできそこないだ。価値などない」


「でしょうね。じゃあもう一つ。楽しい時間を敬愛する神に」


 要するに「なんにもねえっす」って意味だ。

 でも光の神はこの提案に興味があったようだ。


「ふん、よかろう。どうせ神の生など永遠に続く暇つぶしだ。少しは楽しませろ」


 俺は戦闘形態になった。

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