第16話 神の怒り

 俺は窓を破り中庭に飛び降りた。ちょっと怖かった……。

 その異様な姿に俺を殺しに来た連中は怯んだ。

 魔物だの死神だの大騒ぎだ。

 すると長髪で痩せこけた壮年の男が叫んだ。


「なんと不吉な……自分を死神だとでも言いたいのか……愚か者が。

貴様ぁッ! 悪に加担するとは恥ずかしくないのか!」


「うるせえ……」


 俺はうなった。

 この男は未だに自分が正義だと疑ってない。

 他の貴族たちも同じだった。

 自分を悪と認識してそれでも王を殺したいのだと思っていた。

 だけどそれは期待しすぎだった。


「……うるせえんだよ。このクズどもが。

お前らは過ちを繰り返した。

ルカに呪いをかけ、女官を害そうとした。

なぜ王を直接呪わない?」


 これは意地悪な問いかけだ。

 簡単だ。

 何があろうとも注目される王には効果が薄く、呪いをかけられたことが発覚しやすい。

 要するにだ。自己主張をあまりしなくて、もともと注目されてない弱者を狙い撃ちする呪いなのだ。

 卑怯この上ない。

 俺も親の肉を食って生き残った卑怯者だ。だからわかるよ。

 この期に及んで……まだ生き残れると、勝利できると思ってるんだね。

 自分こそ正義だからなにをしてもいいって。

 最高だ。最高だよ。


【心拍数上昇。血圧上昇。体温上昇。脳内物質放出されてます! 冷静になってください!】


 大丈夫だって賢者ちゃん。

 これは俺の力になるんだから。

 俺は怒りをエネルギーにするタイプだからな。


「答えられぬか……この卑怯者どもが。

貴様らは地獄が相応しい!

せめて俺が引導を渡してくれよう!」


 男たちが武器を構える。

 あるものは剣を抜き、あるものは杖を構えた。


「飲み込め! ファイアボール!」


 うっわ、詠唱短か!

 火の玉が俺に突き進んでくる。

 俺は火の弾を腕で払う。

 ぼんと小さく音がして火の玉が破裂した。


【ダメージありません!】


 爆発の最適化もなしか。

 俺が腕を振ると今度は一斉に火の玉をぶつけられる。

 20ほどの火の玉が俺に突き進んでくる。

 俺はよけるのをやめた。

 チカチカするので目だけは当たらないようにしてズカズカと突き進む。


「ふ、ふははははははははは!

やつの弱点は目だ! 目を狙え!」


「目が弱点でない人間が存在するのか?」という疑問を振り払う。

 俺は被弾しながら、一気に間合いを詰める。

 肘を脱力し、体重移動で威力を載せ、ただ突く。

 拳は突き進み長髪の男の顔面を捉える。

 パンッと音がした瞬間、男が宙を飛んだ。

 俺の手には頭蓋骨が割れた感触が残った。

 糸の切れた人形のようになった長髪の男を見て魔術師たちが騒いだ。


「し、死んでる……こいつ! たった一撃で殺しただと!」


 俺は足を止めなかった、今度は身を低くして獣のように魔道士の足元に潜る。

 そのままあの雪山で戦った熊の腕力で魔道士の足元を手刀で一閃。

 血しぶきが飛び、足の肉が引きちぎれる。


「ぎゃあああああああああああああッ! 足が! 足がぁッ! 俺の足がああああああああああッ!」


 足を引きちぎった俺に、恐慌を起こした男たちから魔法が浴びせられる。

 俺は足を止めず次々よけていく。


「炎の神よ。すべてを浄化する炎を我に」


 短い詠唱の着火魔法だ。

 短い詠唱では赤ちゃんの頃だったら火をつけるので精一杯だった。

 でも今は違う。

 俺が呪文を唱えた瞬間、数人の魔道士の目や口から炎が飛び出す。

 悲鳴を上げる間もなくやつらは炎上する。

 やつらの仲間が火を消そうとするが瞬く間に魔道士たちは燃え尽きる。


「こ、これだけの人数が……い、一瞬で! こ、古代魔法か! 化け物めが!」


 そうかもな。


「なぜそれほどの力を持ちながら公爵様の側につかなかった!

公爵家なら貴様を正当に評価しただろうに!」


 その頃はまだ生まれてねえからだよ。知るかボケ。


「この悪魔め! お前は人殺しを楽しむ悪魔だ!」


 知るかよ!

 最後に寝言を叫んだ男が俺の頭目がけて剣を振り下ろす。

 俺はその剣先を両手でつかみ、男の横に回り込んで体勢を崩す。

 そのまま相手の勢いを使って放り投げた。

 そのまま倒れた男の脇腹を蹴飛ばした。

 男は壁にぶつかり意識を失った。


「確かにその通りだ。一人くらいは証人を生かしておかないとな」


 俺がつぶやくと残りの男たちが悲鳴を上げた。


「ひいいいいいいいいッ! 殺される!」


 何人もが逃げていく。

 追いかけて殺す気はなかった。

 ここで王様とルカが生き残ればいい。

 近衛兵団が軍を連れて鎮圧すれば終わり。

 そしたらやつらは命を終えるまで追われる身だ。

 王位の簒奪ができるほどの力を持ったバックがいても、王様とルカが生きていればここで終わりだ。

 そして目に絶望を宿した男たちが残った。

 頬が痩け目の下に濃い隈ができた男が言った。


「死神よ……。我らは逃げぬ。

私は妻と子どもが焼け死ぬのを何もできずに見ていた卑怯者だ。

私の魂はあのときに死んだ……。

目を閉じると妻と子が復讐をしろと私に懇願するのだ!

死神よ! 私が生きている限り復讐の手を止めることはない!

さあ止めてみろ!」


 最後に残ったのは死者だ。

 もう何年も前に死んだ連中だ。

 生きる意味を失い、ただ生きているだけの存在。

 痩せこけた男は剣を構えた。


「我が命と引き替えに剣に力を!」


 短い詠唱が終わると剣が光を放った。

 それと同時に三人の魔道士が俺に抱きついた。


「我が命を引き替えに敵を破壊せよ!」


 俺は逃げなかった。

 自爆するってわかっていた。

 それでも攻撃を受けきってやろうと思っていた。

 欲まみれで俺を殺そうとした連中より、こいつらはまともだ。

 悪党だが、俺が殺してきた連中よりは同情できる。

 だからせめて攻撃を受けきってやろうと思った。

 三人の魔道士が光り、破裂した。

 揮発性の油に変化しガス状になった脂肪が爆発する。

 熊は無理でも狼は殺せる威力だ。

 それでも俺の外骨格にはヒビ一つ入ることはなかった。


【ご主人様! 急接近してきます!】


 それもわかっていた。

 痩せこけた男は剣を俺の首に叩きつけた。

 光をまとった剣が俺の首を切断する。

 首は体と離れ、ごろんと落ちた。

 俺は頭部を胸の前でキャッチする。

 ふう、素晴らしい威力だ。

 だけど男が切断したのは外部ユニットだった。

 俺は首を元の位置に戻す。

 首と胴体、その両方の傷口から触手が伸び結合する。

 コアユニットは無事だった。

 ただ首と胴体が結合するときには、いつもの神経の痛みが走った。

 さらには首が切断されたときには痛みが俺にフィードバック。

 死ぬ瞬間の痛みだ。

 無言になるくらい痛い。

 でも俺は余裕ぶった。


「見事だ」


「はは……死神に通じたぞ。我が一撃が死神に通じたぞ。

メリッサ、シーラ! あの世で父はお前たちを守ることができるぞ!」


 男は膝をつき、ゲホッと血を吐いた。

 外骨格を切断した一撃のために命を使い切ったのだ。


「……今、父も行くぞ」


 そう言い残し、男は絶命した。

 男が絶命してからも自殺志願者たちの攻撃は続いた。

 彼らは俺を仇と思い命を賭けた攻撃を加えていく。

 俺はそれらをただ受け続けた。


【さっきから各種センサーは真っ赤です! どうして反撃しないんですか!】


 やつらはもう死ぬ。

 せめてものはなむけってやつだ。

 自爆するもの。一撃で命を失う魔法を使うもの。

 力尽きるまで俺に斬りつけ、倒すことができないと覚ると自害するもの。

 だがクズどもとは違い、どこか満足して死んでいったような気がする。

 最後に大男が大きな剣を振りかぶる。

 俺は袈裟斬りになった。

 ここまでは通じないと男もわかっていた。


「うおおおおおおおおおおおッ!」


 二撃目は突きだった。

 その突きは一番頑丈なはずのコアユニットを突き破り、本体の肩を引き裂いた。

 溶液が血に染まりながら漏れ出す。

 あっという間に溶液は流れ落ち、俺の姿が露出した。

 剣はガードした俺本体の腕の中心まで食い込む。

 ……骨まで切れたか。

 俺の姿はすでに露出していた。

 男は驚愕した。


「こ、子ども……だと!

こんな小さな子が死神の正体だったのか!」


 俺はスピーカーではなく、生の声を出す。


「スタンリー・マーシュが長男、ラルフ・マーシュだ。

ルカを守るために参戦した」


「神よ! 我に最期の一撃を!

騎士・・ラルフマーシュを倒す力を!」


 男が剣を振り上げた。

 俺は迫る剣に手刀を振り下ろす。

 パリンと高い音がして刃が砕けた。

 男はそれでも戦うことを選んだ。

 俺の本体の脇腹に折れた剣を突き刺した。

 だが、その剣は俺のはらわたを切り裂くことはなかった。

 男の手から力が抜けていったのだ。

 男は最期に俺を騎士と認めていた。


「見事だ。貴様は亜神に一撃を与えた」


 亜神が数年かけて作った鎧を壊したのだ。

 神の国で士官するのに充分な履歴だろ?

 できれば他の連中も、家族も一緒にいられればいいな。

 俺が微笑むと大男は満足し、吐血した。

 俺達はこの一瞬でお互いを理解した。


「神よ。この戦いに……感謝する……」


 その言葉を残し、男は旅立った。

 全ての攻撃を受けきり、俺は外装を解除する。

 もうセンサーにも敵は表示されていなかった。

 俺は悪を抹殺し、生きながら骸になったものたちを神の国に送ったのである。

 映っていたのは近衛騎士が連れてきた援軍だけだった。

 俺は外部ユニットを影に隠し、治療をする。

 ドバドバと血が流れる腹と腕の傷を塞ぐ。


【どうして! どうして攻撃を受け続けたんですか! こんなの不合理です!】


 泣くなよ賢者ちゃん。

 俺は生きているし、もう終わった。

 ルカを呪っていた術士も、クズどもも、そして生きながら死者になったものたちも。

 クズは虫けらのように殺し、命を捨てにきた連中には名誉をやった。

 それで充分だろ?

 賢者ちゃんのすすり泣く声が俺の中で響く。

 なんだか悪いことをした気分だ。

 治療が終わったのと同時に援軍は中庭に到着した。

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