第6話 死の嵐

 俺は木の上にいた。

 体の構造は狼のものだが、ネズミの特性も発現したらしい。

 木登りは簡単だった。

 ちょっと今の自分は重すぎるから触手も使う。

 自分の中ではなんとかの巨人とかスパイダーだと思っているのだが、賢者ちゃんは命綱呼ばわりしてくる。


【命綱です】


 浪漫のわからぬやつめ!

 ここで熊が現れるのを待つ。

 吹雪になったら家に戻る。

 それを繰り返す予定だ。

 先に熊を見つけて先制攻撃できるかもしれないし、家に殴り込みをかけられるかもしれない。

 どちらにせよ、俺か熊のどちらかが死ぬ。

 ただそれだけだ。善も悪も憎悪も怒りもない。

 ……恐怖はちょっとある。内緒だよ。あとちょっと怒ってる。

 とにかく決着なの!

 木の上で俺は考えていた。

 母親のことで気分を害した。それを忘れたかった。

 だから俺は別のことを考えていた。

 俺へ真っ先に加護を与えてくれた邪神。

 他の神みたいに炎とか音とかわかりやすい存在じゃない。

 邪神って具体的に何を司ってるのよ?

 悪? 憎悪? 破壊? 破滅?


【邪神様は邪神様です】


 賢者ちゃんはそう言うだろうね。

 だって眷属だもん。


【どうしてわかったんですか?】


 わからんわけがない。

 一番最初に俺に味方をしてくれたのは邪神だ。

 多くの宗教で知能や知識は悪とされてる。

 権力者は大衆がバカな方が統治が楽だからな。

 つまり邪神は知識を尊ぶ神と。

 友だちになれそうだわ。


【ご主人様は邪神さまのお気に入りです】


 まー、人生スタートダッシュからモラルの淵を歩き続けてるからな。

 でも、いいんだけどね、俺は。悪の神だろうが知識の神だろうが。

 モラルが俺を助けてくれるわけじゃないし。

 力を貸してくれる神。最高!


【ご主人様のそういうところ、とても力強いと思います。

人類が滅亡しても生きてそう】


 俺はこの世で最後の男になるからな! 絶対にだ!

 悪の栄える時代がやってきたらイモータ○・ジョンみたいになってやるからな!

 肩パットとモヒカンよこせー! あと両手に斧。


【どうして思考が悪役そのものなんですかー!】


 山田くん、斧と肩パット持ってきてー!


【かっこわるっ! かっこわるっ!】


 じゃあいいもん、学ランにシルクハットにするから。ヘルズマジシャン!

 賢者ちゃんとウィットに富んだ会話を楽しんでいると吹雪いてくる。


【気温低下しました】


 熊の捜索中止だな。

 家に立てこもってやつが襲ってくるのを待つか。

 嫌がらせで肉罠仕掛けとこ。

 はーい、撤収。撤収。と、思った瞬間だった。

 吹雪がいきなり強くなる。

 大きな雪の粒が冬毛の体に当たり、強い風が打ち付ける。

 あまりに強い雪。

 その中からズシンッ……ズシンッと音がする。

 新雪を踏みつけるギュッという音が本能的な恐怖を煽る。

 それは熊。

 だが俺達の知っている熊とは違った。

 そいつはバカでかく。

 異常に足が太く……そしてなにより……醜悪だった。

 体のあちこちに目があって、あちこちをぎょろぎょろ見ている。

 しかも目すべてから血が、血の涙が溢れていたのだ。

 その目は憎しみにあふれていた。

 自然には存在しない形態。つまり俺の同類だった。

 ありゃフレッシュゴーレムか?

 俺以外の赤ちゃんなのか!

 だとしたら戦うの嫌だよ!


【いいえ、外部ユニットとは違います。

あの個体は熊の変異体です。

同様にご主人様は人間の変異体です】


 え、ちょっと待って。

 俺って変異体なの?


【ステータスに魔人ってありましたよね? それです】


 俺……すでに神様公式からクリーチャー扱いされてた件。

 ぼくはわるい肉塊じゃないよ。

 プルプルだよ! 毛も生えてモフ☆モフだよ!


【……うっわ】


 ガチドン引きだと! どんどん人間臭くなるなこのAI。

 いいもん、生き残るもん!

 生き残ったほうが正義だもん!


【外部ユニット設計変更により勝率を修正します。10%】


 炎の魔法で奇襲した場合は?


【当たれば勝てる……かも?】


 いつも通りのぶっつけ本番ですね! わかってましたよ!

 俺は熊を見る。

 熊は悠然と歩いていた。

 森の王者として。暴君として。

 吹雪の中をギョロギョロと目を動かしながら。


「炎の神よ。すべてを浄化する炎よ。焼き尽くせ、すべてを灰に、始祖に戻し、魂の円環を作れ。

破壊と創造、生と死、御名は怒り。燃やせ燃やせ燃やせ!」


 俺の前に炎の弓と矢が現れる。

 俺は触手で構える。

 腕力は必要ない。必要なのはイメージだ。

 すべてを焼き尽くす地獄の業火。

 集中し、俺は世界と一体となる。

 時が来たことを察した瞬間、俺は矢を放った。


「水の神よ。すべてを凍らせる吹雪よ。凍らせろ。肉を、血を、光を。全ては停滞し、時は止まる。

死は静寂。御名は絶望。凍れ凍れ凍れ!」


 熊の咆哮。

 それなのになぜか俺の耳には呪文詠唱に聞こえた。

 俺の炎は当たる直前で爆発した。

 大量の水蒸気の煙。

 それが吹雪のせいで一瞬で凍って粒になる。

 まずい! 感づかれていた!

 野郎! 魔法まで使うのか!

 賢者ちゃん知ってやがったな。だから勝てないって言い張ってたのか!


【邪神さまのご指示です】


 てんめええええええええっ!

 俺は触手を伸ばし別の木に引っ掛けると、跳ぶ。

 そのまま触手で自分を引っ張る。

 だが熊も変異体。俺と同じくらい発想がおかしかった。 

 同時に俺へまっすぐ跳んでくる熊が見えた。

 なんというジャンプ力!

 熊は大きな前足を振りかぶっていた。

 まずい! 触手切り離し!

 バキリ。

 触手を巻きつけていた木が前足の一撃でへし折れた。

 俺は慣性に身を任せていた。

 だがやられたままにはしない。

 熊の隙を突くのだ。

 最大高度になった瞬間、翼を広げ滑空する。

 狼の足、前足の爪で熊の喉を狙う。

 俺の爪が熊の喉元を裂かんとするその刹那、硬いものにぶち当たった感触が腕に伝わる。

 腕だ。熊が俺の爪での斬撃をブロッキングしやがったのだ。

 そして熊はぶんっともう片方の手で俺を殴りつけた。

 俺の体がくの字に曲がる。

 その衝撃は俺のいるコアユニットまで届く。

 がッ!

 ぶちゅっという音が体の内部に響き、口から血が漏れ出す。


【コアユニット破損! 溶液漏れています!

本体内臓に傷! 血液が溶液に逆流!】


 賢者ちゃんの声が響く。

 残念でしたー! 傷じゃなくて内臓破裂しましたー! 二度目だからわかるもんねー!

 だがこの程度、予想していた。

 まだ俺は盤を支配している!

 俺は熊が今殴りつけたその場所、そこに口を作る。

 牙の生えた口が熊の腕にかぶりつく。

 俺はこれを狙っていたのだ!


「グアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 初めて熊が叫び声を上げた。

 何匹もの狼の顎の力が熊の腕の肉に食らいつく。

 グチャリグチャリと腕に生えた熊の目が潰れ、肉が剥がれていく。

 てめえを食ってやる!

 イヌ科の根性見せてくれる!

 俺はさらに顎に力を込める。

 ぶちぶちぶちぶち。

 神経に響く音をたてながら肉が裂けていく。

 ついに腕の肉を引きちぎった。


「グアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 肉引き裂いた瞬間、俺はバックステップしながら触手を伸ばし一気に木に登る。

 攻撃と防御は一体。

 ポメのように舞い、チワワのように噛む!


【どちらもそんな動きしません!】


 よっし余裕が出てきた!

 俺の戦術が正しければ……正しければ、ここで変化が起こるはずだ。

 熊の目、いくつもの目がドロンと焦点を失った。

 ああ……まさか、いらないと思っていたあの能力。

 ネズミの毒が役に立った。

 俺の攻撃は有毒。

 爪も牙も、そして口の唾液も毒なのだ。


「光の神よ。万物を照らす慈愛を。命を……」


 ぶんッ!

 熊は力を振り絞り飛んできた!

 ですよねー!

 回復魔法なんて使わせくれませんよね!

 俺は回避のために跳ぶ。

 だが空中で動きが止まる。

 なんてことだろうか……熊は俺を狙ったんじゃなかった。

 俺の触手をつかみに来てたのだ。


 切り離……。


 ぶんッ!

 天地が逆になった。

 ドンッと衝撃が俺の本体を襲った。

 触手をつかまれ振り回され、地面に叩きつけられた。

 それがわかるまで、一秒は要した。

 だって溶液血まみれ、脳みそドロドロ、鼻からも耳からも出血してたもの。


【肋骨が内臓に突き刺さりました! 危険です!】


 頭蓋骨はぶっ壊れてないらしい。まだ俺は戦える。


【頭蓋骨骨折しました!】



 くっそ……また死亡寸前かよ……。

 ヒットポイントが多くても内臓やられるとサクサク死ぬ世界。

 素早さ至上主義だいしゅき……いつかぶっ殺す。

 あ、そうかヒットポイントって肉の量か……。くっそ、騙された。

 中身のヒットポイントは少ないもんな。

 熊を俺を見下ろしていた。

 残った腕を振りかぶりとどめを刺さんとしていた。

 だけど俺は知っていた。

 強毒食らったてめえの動きは遅いってな!

 ドロドロになった世界で俺はただ呪文を唱える。

 熊は振りかぶる。

 ただその動きはゆっくりと、だるそうに、つらそうに。

 俺は……絶対に生き残る!

 てめえを食って生き残る!


「炎の神よ。すべてを浄化する炎よ。焼き尽くせ、すべてを灰に、始祖に戻し、魂の円環を作れ。

破壊と創造、生と死、御名は怒り。燃やせ燃やせ燃やせ……」


 バンッ!

 至近距離からの炎の魔法が熊を襲う。

 燃え上がる熊。

 だがまだ……まだ死なない。

 さすが一晩で人間20人をぶっ殺す生き物。

 くっそ、相打ちか。

 次の炎を食らいやがれ!

 俺は死に向かうまどろみの中で呪文を唱えていた。

 何も考えていない。

 炎の呪文を唱えているつもりだった。

 だが口から出たのは違う呪文だった。


「邪神よ。何よりも汚らわしきものよ。死者を冒涜し、世界を犯す邪神よ。混沌の力を我に与え給え。

死者に命を与え、生者の命を消すために。悪よ。破壊よ。蛆虫と蝿、病魔と腐敗よ! 世界の秩序を壊し給え!」


 ああ、コアユニットを作ったときの呪文だ。

 俺が呪文を唱えると、外部ユニットに変化が起こった。

 肉が分裂し、形を作る。

 それは母親と父親だった。

 二人の姿の肉は……よたよたと燃え上がる熊に近づく。

 そして一瞬だけ俺の方を向く。

 俺には生前の父と母に……見えた。


「イ……キ……テ……」


 次の瞬間、二人は破裂した。

 猛烈な爆発を起こしながら。

 近くにいたはずの俺はなぜか爆風を受けなかった。

 二人が爆発するのを見ながら、俺はただ無心で回復魔法を使う。


「光の神よ……万物を照らす慈愛を。命を救い、死者を葬る光を……」


 俺を光が包む。内臓が修復され、死を免れる。

 外部ユニットがダメージで崩壊していく。

 そして肉たちが分裂していく。

 それぞれが殺された住民の形を取る。

 彼らは俺のコアユニットを運んでいった。

 その間も俺はコアユニットを修復する。もう俺の生命を繋ぐものはこれしかないのだ。

 俺は混濁した意識の中で、コアユニットを運ぶ住民たちを見ていた。

 彼らは、まるでゆりかごを運ぶように慎重に運んでいた。

 だけど吹雪は彼らに容赦なく襲いかかる。

 次々と彼らは脱落していく。

 そして家につき俺を置いたあとには誰も残らなかった。

 俺のコアユニットは藁で覆われていた。

 幸い冬眠の特性は獲得できたようだ。


【みんな助けてくれたんですね……】


 かもな……。

 急激に俺は眠くなる。

 俺は冬を乗り越えることができるだろうか?

 だんだん眠くなる。

 まどろみの中、俺は邪神と家族、村の人たちに感謝していた。

 俺は絶対に生き残らねばならない。

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