第3話 Anarchy In The B.K?

 ─前書き─


 この作品は以前公開したことがありますが、私の判断で一旦、取り消しました。一時期、緊急事態宣言後に潮干狩りに集まる人達が問題視されたことがありました。当作品の執筆内容が、潮干狩りを想起するのではと考えられた為、気を悪くする方もいるかも知れないとの私の判断によります。この作品は、緊急事態宣言以前に執筆したものになります。何卒御了承くださりますよう、お願い申し上げます。


 春彼岸の三連休。天気も良く春らしいポカポカ陽気。本来ならば絶好の行楽日和なわけですが、コロナウィルスの影響もあり、外出を控えている方も多いかと思います。


 私には二人、小学生の息子がいるのですが、コロナウィルスが心配なので、家に籠り気味です。しかし、たまには外で遊ばせたいな。そう思いました。


 三連休は妻の実家で過ごすことにしました。妻の実家の近くには海があります。まだまだ寒い時期なので、海に訪れる人も少ないだろうし釣りなんかどうかな?子供達に提案したところ大賛成です。そして、パパのカッコいいところを見せられるチャンス!と、調子に乗った私がバカでした……。


 釣りにしようと決まったところで、では一体、何を釣ろうかと考えました……。そして問題は、私の釣りの技量です。悲しいかな、素人に毛が生えたぐらいのレベルなんですね。子供の頃に友達と、近所の川で遊び程度に楽しんだぐらいの経験値なのです……。


 子供達が釣りに興味を持ち始めたのをきっかけに、昨年の秋頃から釣りを再開しました。まず、私どもがやったのは、サビキ釣りと言う小さなカゴに餌を入れて、魚を誘き寄せて釣る初心者向けの釣りです。仕掛けも簡単で、それなりに成果もあるので、結構楽しめました。しかしサビキ釣りは、もう少し水温が上がらないと無理なので、インターネットで色々調べた結果、カニ釣りが良いだろうとの結論に達しました!


 やり方は、まず、カニ網(600円弱)と言う、モジャモジャのナイロン製の網を、釣具屋さんで購入します。そのカニ網に付属しているネット状の袋に、イワシやイカ等の生臭い匂いのする餌を入れます。それをリール竿のライン糸にセットしたら海に投げ込み、後は待つのみ……。匂いに誘き寄せられたカニが、網に絡み付きます。しばらくしてからリールを巻くと、カニを鈴なりに釣ることができます。うまくいけばですが……。


 よしっ!午前中に準備を整えて、午後からスタートするぞ!子供達には午前中のうちに、今日の勉強を終わらせておくように言いました。しかし……。


 私は早速、釣具屋さんに向かい、カニ網と、餌の冷凍イワシを購入しました。そして帰宅すると、子供達がいません。妻に聞くと、サッカーをしに遊びに行ったと言うのです。私は当然、勉強を終わらせてから遊びに行ったのだろう……。と、思いました。しかし血は争えません。私と似ているんですね……。


 私は、午後からのカニ釣りに備えて、準備にかかりました。しばらくすると……。


「ただいま!」


 子供達が帰ってきました。もう、カニ釣りの準備はできています。あとは子供達と一緒に、昼食をすませれば出発できます!


「勉強終わったか?パパに見せなさい」


 子供達に言いました。すると、何か変です。二人でコソコソと言い合っているんですよね。そして渋々持ってきた課題を見てみると……。


「あれっ!終わってないじゃないか!」


 やはり、血は争えませんでした。子供の頃の私と同じです。トホホ……。


 本当は子供達と一緒にカニ釣りを楽しみたかったのですが、『今日のお勉強は午前中に終わらせる』と言う約束でしたから、ここは厳しく、私一人で行くことにしました。子供達はぶすくれていましたが……。


 しかしこの選択は正しかったのです!この後、私一人の実録コント劇場が待っていたのです……。子供達を連れて行ったら、私の最高に格好悪い一人芝居を御披露目することになっていましたから……。昼食を済ませて少し昼寝をした後、私は一人、海へ向かいました。


 車で10分ほど走り、目的地の浜辺に到着しました。外に出ると思いの外寒い……。潮風が冷たいんですよね。でも、そんなことで怖じ気付いてはいられません!


「よしっ!やるぞ!」


 海に到着すると、自分に気合いを入れました。リール竿にカニ網をセット。ネットの袋に餌のイワシも入れました。手がくっせぇ!そして、竿を空高く振りかざして……。


「えいやっ!」


 力いっぱいカニ網を海に投げ込みました。あとは待つのみ。百均で買った小さなプラスチック製の椅子に座り、大海原を眺めながら待つことにしました。



 ──まだ寒さの残るこの季節。浜辺を訪れる人といえば、たまに見かける犬の散歩をしている人くらいで、なんだか寂しい感じです……。しかし沖の方を見ると、あれっ!サーファーがいる!寒くないのかなぁ?すげぇな……。そんなことを考えながらカニがかかるのを待ちました。


 ──そろそろ良いかな。私は逸る気持ちを押さえきれず、リールを巻きました。カニ網が砂浜に打ち上げられると、何かが見えました。カニだ!急いでリールを足元まで巻き上げました。


 ヒラツメガニです!たった一匹でしたが、頭の中では、ロッキーのテーマが流れました。エイドリアーン!このヒラツメガニですが、味噌汁にすると美味いと、インターネットに載っていました。まだまだ時間もあります。チャンスはこれから。今夜のおかずはカニ汁だ!


 と、喜び勇んだのも束の間、私はあることに気付きました。釣ったカニを生かしておくために用意したバケツに海水を汲まなければなりません。ゴム長靴を履いてくれば、波打ち際に入って海水を汲むこともできたでしょうが、私が履いているのは、コンバースのバスケットシューズ!──ではなく、偽物の安いデッキシューズです……。これでは、シューズがびしょ濡れになり、まだまだ海水の冷たいこの季節、風邪をひきそうです。


 私は考えました。窮地に立たされた時こそチャンスだ!冷静に考えよう。何かあるはずだ……。辺りを見回すと……。あれだ!


 神はおっさんを見捨てやしなかった!ゴッド セイブ ザ オジーン!


 横に積み立てられているテトラポットの、一番端の下の部分に、小さな水溜まりがあるのを発見しました。うまくやれば、そこから海水を汲めるかも知れない。テトラポットがガードになり、波の直撃も免れそうだし、海水を汲んだら即、ダッシュすれば、靴も濡れずに済むかもしれません。しかし油断禁物。時折、大きな波が打ち寄せて来ますから……。


 私は意を決して、バケツを持ちそこへ向かいました。急がなければせっかく釣り上げたカニが死んでしまいます。


「よしっ!いけるぞ」


 私はその水溜まりにバケツを浸し、海水を汲みました。これで釣ったカニも大丈夫だ。安心したその時です!


 ザッバーン!と言う音が聞こえた直後、頭の上から水飛沫が降り注ぎました。


「冷てえぇ!」


 タイミング悪く、思いの外大きな波が来たようで、テトラポットでも止めきれなかった波が、頭上から雨あられのように降り注いだのです……。水をすくうことはできましたが、神はおっさんを救いはしませんでした……。


 私は慌てて踵を返しました。しかし、その時、第2の悲劇が……。


 尻のポケットから革製の長財布が、スッポ抜けて落ちました。そしてその衝撃で、中に入っていた、残り少ない今月の小遣いやら、免許証やら、訳の分からないポイントカードやらが散乱したのです!


「やべぇ!」


 次の波が来たら流されてしまいます。それに今日は風が強い。しかし濡れた砂地に落ちたのが不幸中の幸いで、風に舞うことはありませんでした。ただ残念ながら、散乱した物がびしょ濡れです。しかし構ってはいられません。急いで回収しなければ、次の波が来たとき洗いざらい持っていかれてしまいます。私は大急ぎで砂混じりの散乱分を回収しました。そして、安堵したのも束の間……。


 ザッバーン!


 私の安物のデッキシューズは水没しました。


「冷てぇ!」


 まだまだ水温の低いこの季節。堪えます。しかしカニ一匹で帰宅した日には息子達に……。


「やっぱ、行かなくてよかったよね。本当だね。一匹しか釣れないなんて、ただ寒くて疲れるだけだしね」


 ──なんて言われることは必至です。びしょ濡れになりながらも、バケツに海水を汲むことができたので、これからが勝負です!


「おもしれぇじゃねえよ!やってやろうじゃねえよ!」


 気合い一髪!しかし、寒さが身に凍みます。くうぅ……。かじかむ手で網に絡まっているカニを外しました。少し弱っているように見えましたが……。大丈夫でした。バケツに入れると、足をパタパタと動かして、泳ぐような仕草を見せました。よしっ!次行ってみよう!


 私は再び竿を振り、カニ網を海に投げ込みました。そしてしばらく待ちます……。この待ってる間が寒かった……。上着は撥水加工のジャンパーを着ていたので、中まで濡れることはなかったのですが、水をかぶった頭とズボンの裾あたりまで浸水した足が、とにかく冷えました。 ジャンパーのポケットの中には、腹が減った時に食べようと思って持ってきた、アーモンドチョコレートが入っています。カロリーが高いチョコレートを食べれば身体が暖まるかもしれません。しかもアーモンド入り!私はポケットから一つ取り出して食べました。甘さが身にしみます。うめぇ!なんだか少しテンションが上がりました。昔、タレントの渡辺 徹氏がCMで、カリッと青春!とか言ってアーモンドチョコレートをかじっていたシーンを思い出しました。私もそれに続けと言わんばかりに、ポケットからもう一つアーモンドチョコレートを取り出して、誰も見ていないのをいいことに、真似てみました。


「カリッと青春!」


 さぶっ!寒すぎます。体感温度が少し下がったような気がしました……。下らないことはこれぐらいにして、カニ網をそろそろ引き揚げてみるか。すると……。


 かかっていました!しかも2匹!調子が出てきました。束の間ですが、寒さを忘れる喜びの一時です。


 そして3投目。濡れた体に海風が情け容赦なく吹き付けます。寒いぃ……。寒いし退屈なので、少し体を動かそうかなと思い、落ちている貝殻をフリスビーのように海へ向けて投げてみました。すると、UFOが海上を飛んでいるように見えて、なかなか面白いので、調子に乗って投げていました。しかし、仕事の疲れが溜まりきった肩の関節が、悲鳴をあげ始めました。悲しいかな、おっさんなのです。くうぅ……。もうそろそろ良いべっ。網を引き揚げました。すると……。


 また一匹、カニがかかっていました。順調です。10匹ぐらい釣れば家族みんなに喜んでもらえるなか?そんなことを想像してニヤけながら網からカニを外していると、おもいっきり右手の中指を挟まれました。


「いってぇ!」


 油断禁物です。ヒラツメガニのハサミは鋭く挟む力も強かったので、血が出ました。なんのこれしき!まだ頑張るぞ!血を流しながらカニを網から外して、ドボン!と、バケツに入れました。しかし、その投入の仕方が、いけませんでした。その刺激で4匹のカニの大乱闘が始まったのです。


 バケツの中が無秩序に!正に、Anarchy In The B.K.(バケツ)じゃありませんか!お互いの足をハサミで挟んでいます。このままでは、手足がバラバラになり、見るも無残な姿になってしまいます。手足がバラバラに取れているカニなど持って帰っても、子供達が喜ぶはずがありません……。


 ──どうすれば良いか……。私は考えました。


 そうだ!これでどうだ!私は手で、砂を掴み、バケツに数杯入れました。すると、あれほどいきり立っていたカニ達が嘘のように喧嘩をやめて、砂の中に潜り始めました。きっと普段は、海の中の砂に潜り、身を潜めているのかもしれません。やれやれ……。


 そして、4投目。あいかわらず寒いです。足元が冷えます……。その寒さと待っている間の退屈さをまぎらわそうと、近くに転がっている太い流木に片足を上げて、ちょっと海の男を気取ってみることにしました。潮風に吹かれながら少しニヒルな笑みを浮かべてみます。上空では、カモメが空しく鳴いてました……。


「何を格好つけてんだバーカ」


 まるで、そんな風に言われてているみたいでした。そして、足を乗せていた流木には鳥の糞が……。マア、良いでしょう……。ウンが付くと言うことで……。


 春の嵐なのでしょうか。潮風は勢いを増し、砂礫を伴って容赦なく私に吹き付けました。海の男を気取って格好つけている場合ではありません。こりゃたまらない!耳にまで砂が入りました。でも、我慢……。そんなこんなで、そろそろいいかな……。カニ網を引き揚げました。


 ──かかってない……。マア、今までが順調過ぎただけでしょう。次はきっとかかるゾ!ポジティブシンキング!


 そして5投目。かかりません。──おかしいなぁ……。ポイントを変えてみよう。私は椅子から立ち上がり、少しずつ、横に移動しながら、釣れるポイントを探っていくことにしました。10匹は釣りたい!呑気に椅子になんか座ってはいられない!


 6投目、7投目、8投目……。私は横に移動しながら、ポイントを探っていきましたが、一向にかかりません。おかしいな……。とりあえず10投目までやってかからなかったらやめようかな……。すんげぇ寒いし……。


 そして、9投目、10投目……。かかりませんでした……。もう、この辺りにはカニはいないのだろうか。別な場所に大移動したのかもしれないな……。さすがに体も冷えきっていたので、これ以上続行すると身体を壊しそうです。残念ですが、撤収することにしました。


 ううぅ、寒い。かじかむ手で、ライン糸にセットしてあるカニ網を外しました。その時、なぜカニがかからなかったのかが分かりました。なんたる失態!なさけなぁ……。


 なんと、餌袋のネットが破けていて、餌のイワシが無くなっていました。恐らく3投目でかかったカニがチョッキンと切り裂いたのかと、思います……。無駄な時間を寒風に吹かれながら過ごしてしまった……。意気消沈しながら竿をたたみ、撤収です。


 思えば遠くへ来たもんだ。スタート地点から50メートル弱は移動したでしょうか……。スタートした場所に目を移すと……。


「やっべぇ!」


 そのまま置いてきたプラスチック製の椅子が、波に洗われてコロコロ転がっています!


 ライク ア ローリング ストーン!


 とりあえず竿とバケツはその場に置いて、椅子に向かって猛ダッシュ!うおぉぉ!


 駄目だ。間に合わない……。運転不足に加え、膝の悪い私の鈍足では間に合いませんでした……。プラスチック製の折り畳み椅子は、ドンブラコ、ドンブラコと波に揺られながら、沖に流されて行きました。私は沈み行く夕陽を背に受けて、ただ呆然と見ていました……。


「これでいい。これでいいんだ……」


 きっとどこかの浜へ流れ着いて、誰かの役にたつだろう。まだ使用頻度少ない美品なので、拾われた方、是非お使い下さいませ!


 釣りの成果はカニ4匹。家族は喜んでくれるだろうか……。もう少し釣りたかったなぁ……。とりあえず妻に釣りの成果と、今から帰宅するね。と、LINEを送信し、後ろ髪引かれる思いで帰宅しました。


「ただいま!」


 帰宅した私を見るなり庭で遊んでいた息子達が、我先にと駆け寄ってきました。ウチの息子達は生き物が大好きなので、どんなカニが釣れたのか、興味津々です。


「うわっ!すげぇ!デカいね」


 ──わずか4匹ではありますが、子供達も喜んでくれたので、とりあえず私の面子もたもてました……。


 妻にカニ汁にしてと調理をお願いして、私は冷えた身体を暖めるため、居間にあるコタツで暖をとることにしました。あぁ、あったけぇ……。


 暫くすると……。


「んっ、なんかくせえな!」


 どこからともなく異臭が漂い始めました。その異臭の発生源を辿ると、コタツの中からもれてくるようです。コタツがけを捲ると……。


「うわ、くっせぇ!」


 異臭の発生源は、私の靴下でした……。海水に浸かり濡れていたところを、コタツで暖められたことにより、磯の香り+私の足臭がミックスされたアロマが漂い始めたのです。これはちょっとしたテロです。名付けて『靴下テロ!』こりゃあ、いかん!妻は台所で、夕飯の準備中、子供達は寝室でドタバタとプロレスごっこか何かして遊んでいる。今のうちになんとかせねば!


 ──そう言えば、足の臭いの原因になる成分ってイソ吉草酸って言ったっけ?磯の香り+イソ吉草酸=私の足臭……。どうでもいい!


 ──そんなこと言っている場合ではありません。妻や子供達に敬遠されてしまいますから。私は急いで靴下を交換しました。しかし万が一、残り香を感知されてしまったら、


「磯の香りが漂ってこそ、海の男なのさ……。フフフ……」


 と、ニヒルな笑みを浮かべてクールに構えよう……。寒風吹き付ける浜辺で、カモメに馬鹿にされながらやっていた一人芝居のように。はぁ……。下らね……。


 夕飯を待つ間、私は、子供達の今日のお勉強の確認をしました。


「うぅむ……」


 なかなかのもんですねぇ……。悪い意味で……。正し、私が子供の頃よりはだいぶましですが……。


 子供達が遊びに飽きたのか、バタバタと居間にやって来ました。


「パパ、今度僕たちもカニ釣りに連れてってよ!」


「連れてくから、ちゃんとお勉強しろよ。ほら、今日やったやつ、パパが見直ししておいたから、やり直ししなさい」


 いやぁ、不思議なもんです。子供の頃あんなに勉強しなかった私が、今こうして、小学生の子供達に教えているんですから……。子供達が大人になる頃はどんな世の中になっているのかなぁ……。平和で、元気な日本であってほしい。そして、我が子達もその日本を支える礎として社会で活躍してくれたらなぁ。ふと、そんなことを考えたりします。私のように、大人になってから苦労しないように、しっかり教育せねば!


 そして、小学生がそのままオッサンになったような私が、奮闘努力の末に、やっとのことで捕獲した4匹ヒラツメガニのカニ汁は、最高でした。


 次回は是非、子供達に、カニが鈴なりに釣れるところを見せてやりたいですね。でも、あまり欲張ると、良いことはなさそうです。そして子供達が目の当たりにするのは、私のダサい姿でしょうから……。


 いい塩梅で生きましょう!



































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転がる石の如し……。いい塩梅でいきましょう! 座田 夢童 @Johnny13

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