第20話 みをつくしても 逢はむとぞ思ふ

『先生、おはようございます。』

『あぁ…おはよう。』

『あれぇ、今日は久しぶりにニューヨーカーみたいに、運動靴なんだねぇ?』

『最近、革靴が痛くて、外に行く時は運動靴にしたんです。先生の担当以外にも印刷会社との打ち合わせや編集会議やコラムを書いているんですよぉ…』

『えぇ、そんなに出版会社の仕事は多岐にわたるんだぁ…』

『もちろんですよぉ…、先生の原稿を作品にする為に、編集して、編集会議を経て印刷会社に送って、公正チェックして、売れる為のコラムを書いて、本屋への販促活動ですよぉ。』

『あぁ…そんなに大変なんだぁ…』

『でも、先生の作品が全国の書店に並んでいるとすごく誇りになりますし、販促用のコラムも書かせてもらえてうれしいんですよぉ…』

『えぇ?販促用のコラム?仲村さんは?』

『えぇ?知っているんですか?』

『そりゃ、知ってるさぁ!販促用のコラムのカリスマの仲村さんだよぉ…売り上げが左右するからなぁ…もしかしたら、辞めたのか?そりゃ、困るなぁ…』

『えぇ、そんなに左右されるんですか?

そりゃ、そうだよぉ…責任重大だよぉ…』

『そんな…プレッシャーだなぁ…』

『でぇ、もしかして、私の販促用のコラムは書いていないよねぇ?』

『それは、今も仲村さんがやってますよぉ。』

『あぁ…良かった…。1度、販促用のコラムを仲村さんが病気になって2週間だけ別の人に頼んだら売り上げが半減してねぇ?仲村さんに販促用のコラムを書いてもらったら、売り上げが4倍だよぉ…あり得るかい?正直、小説の売り上げを左右するのは営業の努力もあるけど…販促用のコラムや表紙のコメントが大事なんだぁ。』

『なるほどねぇ?勉強になるなぁ…。』

『あぁ…今度、販促用のコラムニスト仲村香さんとお逢いするけど…社内では、会話すらないでしょ?担当として、コラムの書き方を教えてもらうと為になるよぉ…。』

『えぇ、良いんですか?そりゃ、同じ社内でも、会話する事が出来ないオーラがありますから、助かりますよぉ…。』


『あぁ…ちょっと、待ってなぁ…』

『はい、雪村出版です。』

『いつもお世話になっております。坂浦です。』

『あぁ…先生、お世話になっております。はい、仲村ですねぇ?少々お待ち下さい。』

『あぁ、お久しぶりです。坂浦先生。あぁ…来週の販促用のコラムの状況ねぇ?すれ違いの奇跡〜儚い恋物語ねぇ?長編だからねぇ?いくつかのパターンを考えてますよぉ。えぇ、なるほどねぇ…?

なら、その件は私から連絡しますねぇ?』

『あぁ…ありがとう。』

『では、楽しみにしてますねぇ。』


『あぁ…稲村さんにはコラムの基本を教えてもらえるように伝えておいたよぉ…。』

『あぁ…ありがとうございます。』

『あぁ、それと原稿が出来ているから、持って行ってねぇ?』

『はい。』

『あぁ、次の原稿出来たら電話するねぇ?』


『それにしても、まさかなぁ…雪村出版のカリスマコラムニストの仲村 香先輩を知っているとはなぁ…お局で怖いイメージしかないけどなぁ…常に、職場では、ピリピリしていてるし、編集長でさえ、頭が上がらないしなぁ。それに、あんな素敵な人はいないなぁ…先生とはお似合いだなぁ…』


『あぁ…さっきはごめんなぁ。

『もう、ビックリしたじゃない?職場に連絡って…担当がヘマをしたかと思ったわぁ。』

『悪い、悪い、久しぶりに、香ねーさんの声を聞きたくてねぇ?』

『あぁ、ところで、今日はこの後、食事でもどうだい?』

『そうねぇ、久しぶりに飲みたい気分だから付き合ってねぇ?』

『解ったよぉ…』

『じゃ、今、16時だから、19時に関内駅ねぇ?』

『了解。』


『あぁ…そう言えば、 稲村さんは変な誤解してないかなぁ…内緒にしておけば良かったかなぁ…まぁ、どうせいずれは解る事だから、隠せないからなぁ…それにしても、稲村さんがコラムかぁ…頑張っているなぁ。さぁ、18時まで時間があるから、仕事、仕事!』


今日の百人一首は…

『元良親王〜わびぬれば 今はた同じ

難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ』


20××年

『先生、先生は私の事は嫌いになったのですか?』

『えぇ、どうしたんだぁ…そんな事はないけど。』

『社内で先生と仲村さんの噂が流れているんですけど…二人で旅行に行ったのは本当ですか?』

『違う、違う、信じて欲しいなぁ…たまたま、大阪で仕事が重なって一緒にご飯を食べただけだって…』

『えぇ?でも、一緒にホテルに行ったんでしょ?』

『かなり、酔っていたから、ホテルに一緒に入ったけど…直ぐにタクシーでホテルに戻ったって…信じていないなら、難波タクシーの運転手、山本 治に連絡して欲しい。』

『もう、信じられないなぁ…』

『本当だって、俺には久美しかいないからぁ!』

『もう、知らない。ガチャ。』

『マジかぁ、そりゃ疑うよなぁ。』

『それにしても、香は何を言ったんだぁ。』

『あぁ…もしもし、香かぁ?』

『先生、お久しぶりです。声が聞きたかったなぁ…』

『大阪の熱い包容うれしかったなぁ…久しぶりに慰められたなぁ…先生は私の事嫌いですか?』

『もちろん、嫌いではないけどなぁ…今は、稲村さんが好きなんだよぉ…ごめんなぁ。』

『あぁ…残念だなぁ…久美ちゃんかぁ。私も大好きだったなぁ…』

『そりゃ、仲村さんは綺麗で大人の魅力があって、身体が分裂するなら、付き合いたいさぁ。もちろん、仕事では、手を抜かないし、責任感もあってこれ以上の最高のパートナーはいないさぁ!』

『坂浦君は本当に真面目だなぁ…一夜の過ちぐらいしても良かったのに…その真面目なところは好きだけど…性欲は隠せないわよぉ?愛人の関係でもダメかなぁ。』

『すごく、うれしいけど…今は、久美だけなんだぁ…許して欲しい。』

『解っているわよぉ。でも、久美ちゃんが私の為に死んで欲しいって言ったらどうするのぉ?先に亡くなったらどうするのぉ?』

『そこまでは…出来ないなぁ…』

『でしょ?私なら先生となら死ねるわぁ。』

『ありがとう…そんな時がきたらその時はお願いするなぁ…』

『解ったわぁ。その答えで私は生きていけそう。ありがとう。ちゃんと、久美ちゃんには私が伝えるわぁ。その代わり、いつもと変わらないように接しないと殺すよぉ…よそよそしかったりしたら…許さないからぁ!』

『解ったよぉ…、ところで俺のどこが良いんだよぉ…?』

『坂浦君は、変わらないでしょ?出逢った時から、年齢は関係なく、同級生みたいに接してくれたり、時として弟のように甘えてくると思えば、兄貴のように頼もしいし…そんな人は存在しないわぁ!だから、徐々に好きになったのぉ!』

『なるほどなぁ…ありがとう。じゃ、頼んだよぉ…』


『はい、はい、難波タクシーです。はい、私が山本 治ですが…』

『あぁ…坂浦先生ねぇ?乗せましたよぉ…あぁ…隣に乗っていた女性ねぇ?かなり、泥酔してましたねぇ?先生も大変だったみたいですが…すぐに戻ってきましたよぉ…。相手の女性は何度も『今日だけは一緒にいたい』と言ってましたが…『俺には久美しかいない』って言っていたなぁ!カッコ良かったなぁ…』

『あぁ…本当だったんだぁ…私って最低だなぁ…先生を信じる事が出来ないなんてぇ。』


『もしもし、仲村だけど…稲村さん?』

『はい、私です。』

『本当に、先生に愛されていて、悔しいわぁ。死んでもらいたいぐらい。』

『えぇ?そんな事言わないで下さいよぉ…』

『冗談よぉ…さっき、先生から連絡が入ったわぁ。まさか、誤解してないわよねぇ?』

『実は、誤解してました…それで、タクシー会社に電話していました。』

『もう、あんたは本当に若いなぁ…もっと自信を持ちなぁ!頑張って!じゃ、切るねぇ。』



ピンポーン

『はい、どちら様ですか…』

『えぇ、先生。どうしたんですか?』

『久美、俺は身を滅ぼしたい程に逢いたくなったから、仲村さんに電話した後に急いで来た!俺にはおまえしかいない。』

『先生…ったら』


『みをつくしても 逢はむとぞ思ふ』


『えぇ、なんだぁ…この夢は…すごく、怖いなぁ…こんな事が起きるのかぁ…まさかねぇ…二人とも高根の花なんだからなぁ…今はどちらも魅力的で好きだけど…なぁ…。あぁ…こんな時間だぁ、行かなければなぁ…』









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