第六話

 はっとして顔を上げれば、こちらに歩いてくる青年の姿をみてとれた。


 廊の窓から差し込む朝日に、白銀色の髪がまぶしくきらめく。

 すっとした目元に輝く琥珀の瞳が、こちらをひたと見つめている。


白影はくえいさま……」

 莉璃りりの声が自然と震えた。

 彼は射るような眼差しを、莉璃の腕――刻周こくしゅうがつかんでいる部分に向けている。


 今回の件を、彼はすでに知っているのだろうか?

 もし知っているのならどう考えているのだろうかと想像すれば、期待と不安が胸中に入り交じる。

 もし彼も、莉璃のことを疑っていたのなら、どうしよう、と。


「いったい何をされているのです、私にことわりもなく。主上の華燭の儀の総監であるのはこの私です。つまり彼女たち仕立屋は私の管理下にある」

 勝手なことをされては困ると、白影は進路を妨げるように刻周の前に立った。


家の若造が……退け。こちらは王命で動いている」

「王命? いったい何があったというのです」

 白影は礼部のせい官吏に視線をやった。


「白影殿、あなたに報告せずに動いたことをお許しください。実は昨晩、りゅう家が製作中の婚礼衣装が盗まれてしまいまして……その嫌疑がこちらのお方にかかっているのです」

「正統な調査を行った末の判断なのですか?」


 そこで悠修ゆうしゅうが廊に出てきた。

「それが白影さま、残念なことに、物証がいつくも出ちゃったんですよ」

「なぜおまえがここに?」

「朝帰りの途中に騒動に出くわしたものですから」


 そうしている間にも刻周が、白影の横をすり抜け、莉璃を連れて行こうとする。

 白影は「お待ちください」と、刻周の肩をつかんだ。

 どうやら今回の件は、白影にとっても寝耳に水の出来事らしい。


えい刻周殿、その物証とやらの詳細を今、ここで適切に述べてください」

「柳家の衣裳の一部と礼部の鍵が、ほう莉璃の私室から発見された。そしてこれはまだ不確定要素だが、この者が制作した衣裳に隠し針が仕込まれていることが確認された」

「彼女は鳳家の人間です。このような形で連行し、誤認だったと明らかになればただではすまされませんが?」

御史台ぎょしだいの人間に権力をふりかざす気か?」

「あなたの身を案じているのですよ」

「もしそうなったら貴様がなんとかしれくれ。今をときめく司家さまの力でな」

 白影と刻周の間に、殺気にも似た緊張感が満ちる。


 そこで二人の間に割って入ったのは成官吏だ。

「申し訳ございません、白影殿。彼女があなたの婚約者であるがゆえ、白影殿には知らせるなと主上から命じられまして」

「主上が……?」

 眉根をよせた白影は、「なるほど」と、うんざりした顔で溜息を吐いた。


「邪魔だ、若造。どけ」

 いよいよ刻周は、莉璃を引きずるようにして歩き出した。

 すれ違いざま、白影と視線が交わる。

 どきり、と胸がうずいて、いてもたってもいられないような心地に陥る。


 けれど自分は何もしていないのだから、うしろめたく思う必要はない。

 いくら罪人同然に扱われようとも、決して臆することはないのだと、莉璃はまっすぐ顔を上げた。


「莉璃姫」

 ふいに呼ばれて顔を上げれば、白影はめずらしく微笑んでいた。

「その毅然とした態度……なんともあなたらしい」

 彼はひとつ、しっかりとうなずく。

「どうかいつもどおりのあなたで。私が必ずどうにかしますので、待っていてください」

 大きな手が、莉璃の頬をそっと撫でてきた。


 ――なぜ今、そんなにも優しい顔をするの?


 その微笑を目にしたら急に気がゆるんで、涙がこぼれてしまいそうになった。

 けれど泣かない。

 この理不尽な状況に負けてたまるかと、ぐっと歯を食いしばる。


「永刻周殿、彼女のことはどうぞていねいに扱ってください。近い将来、この司白影の妻となる女人ですから」

 白影は刻周に向けてそう言い放つと、きびすを返して歩き出した。

「悠修、行くぞ」

 部下を連れて、いったいどこに行くつもりなのだろう?

 衣の裾が優雅に揺れて遠ざかっていくさまを、莉璃はぼんやりと眺めたのだ。

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