第六話
はっとして顔を上げれば、こちらに歩いてくる青年の姿をみてとれた。
廊の窓から差し込む朝日に、白銀色の髪がまぶしくきらめく。
すっとした目元に輝く琥珀の瞳が、こちらをひたと見つめている。
「
彼は射るような眼差しを、莉璃の腕――
今回の件を、彼はすでに知っているのだろうか?
もし知っているのならどう考えているのだろうかと想像すれば、期待と不安が胸中に入り交じる。
もし彼も、莉璃のことを疑っていたのなら、どうしよう、と。
「いったい何をされているのです、私にことわりもなく。主上の華燭の儀の総監であるのはこの私です。つまり彼女たち仕立屋は私の管理下にある」
勝手なことをされては困ると、白影は進路を妨げるように刻周の前に立った。
「
「王命? いったい何があったというのです」
白影は礼部の
「白影殿、あなたに報告せずに動いたことをお許しください。実は昨晩、
「正統な調査を行った末の判断なのですか?」
そこで
「それが白影さま、残念なことに、物証がいつくも出ちゃったんですよ」
「なぜおまえがここに?」
「朝帰りの途中に騒動に出くわしたものですから」
そうしている間にも刻周が、白影の横をすり抜け、莉璃を連れて行こうとする。
白影は「お待ちください」と、刻周の肩をつかんだ。
どうやら今回の件は、白影にとっても寝耳に水の出来事らしい。
「
「柳家の衣裳の一部と礼部の鍵が、
「彼女は鳳家の人間です。このような形で連行し、誤認だったと明らかになればただではすまされませんが?」
「
「あなたの身を案じているのですよ」
「もしそうなったら貴様がなんとかしれくれ。今をときめく司家さまの力でな」
白影と刻周の間に、殺気にも似た緊張感が満ちる。
そこで二人の間に割って入ったのは成官吏だ。
「申し訳ございません、白影殿。彼女があなたの婚約者であるがゆえ、白影殿には知らせるなと主上から命じられまして」
「主上が……?」
眉根をよせた白影は、「なるほど」と、うんざりした顔で溜息を吐いた。
「邪魔だ、若造。どけ」
いよいよ刻周は、莉璃を引きずるようにして歩き出した。
すれ違いざま、白影と視線が交わる。
どきり、と胸がうずいて、いてもたってもいられないような心地に陥る。
けれど自分は何もしていないのだから、うしろめたく思う必要はない。
いくら罪人同然に扱われようとも、決して臆することはないのだと、莉璃はまっすぐ顔を上げた。
「莉璃姫」
ふいに呼ばれて顔を上げれば、白影はめずらしく微笑んでいた。
「その毅然とした態度……なんともあなたらしい」
彼はひとつ、しっかりとうなずく。
「どうかいつもどおりのあなたで。私が必ずどうにかしますので、待っていてください」
大きな手が、莉璃の頬をそっと撫でてきた。
――なぜ今、そんなにも優しい顔をするの?
その微笑を目にしたら急に気がゆるんで、涙がこぼれてしまいそうになった。
けれど泣かない。
この理不尽な状況に負けてたまるかと、ぐっと歯を食いしばる。
「永刻周殿、彼女のことはどうぞていねいに扱ってください。近い将来、この司白影の妻となる女人ですから」
白影は刻周に向けてそう言い放つと、きびすを返して歩き出した。
「悠修、行くぞ」
部下を連れて、いったいどこに行くつもりなのだろう?
衣の裾が優雅に揺れて遠ざかっていくさまを、莉璃はぼんやりと眺めたのだ。
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