第17話 そしてすべてが金になる

魔物討伐担当から一月がたったので、巡回担当になった。ただし月初めは定例報告会議があるので本部に顔をだすことになっている。巡回だと知っている第13隊の他の面々は巡回用の詰め所に向かっているか、呼び出されるまで自宅待機しているかのどちらかだ。巡回用の詰め所は王都の東門の近くにある小さな建物だ。王城近くにある本部とは歩いて20分ほどの距離がある。


いつもの会議を終えて、食堂に向かっているとフェンバックが回廊に佇んでいた。


「お前、こんなところで何してるんだ?」

「隊長を待ってたんですけど…その顔、どうしたんですか?」


いつも飄々としているフェンバックが珍しく驚いた表情を向けてくる。


「一応朝に冷やしたんだが。そんなにひどいか」

「いや、あんたがそんなあからさまな傷こさえてるなんて久しぶりに見たってだけですけど…」


口調がすっかり傭兵時代の昔に戻ってることからフェンバックの動揺ぶりがうかがえる。

こめかみに酷い青あざが出来ているのは、朝に鏡を確認したから知っている。だが、アザよりもさらに真っ青になったフィリオの前では平気な顔をするしかない。


「舐めたら蹴られて、避けようがなかったんだよな」


慎ましやかに閉じた先を舌で愛撫すれば、羞恥がてっぺんを超えたフィリオの鍛え抜かれた足がゼロ距離から繰り出されたのだ。さすがのベルグリフォンもされるがままになってしまった。

昨夜のことを思い起こせば勝手に表情がゆるむが、それを眺めて優秀な副隊長は事情を察したらしい。


「どこを舐めたらとか野暮なことは聞きませんけど、食堂が大変な騒ぎになってるんで迎えにきたんですよ」

「騒ぎだ? そもそも今月は巡回だろ、なんで本部に顔出してるんだよ」

「センエの代わりが誰になったのか聞きたくてあんたが来るのを食堂で待ってたんだが…まぁ、とにかく一緒に来てください」


促されるままに食堂へと急ぐことになった。



#####



食堂は半分ほど埋まっているところだったが、カウンターあたりがとくに集まっている。

カウンターの奥にいるのはフィリオで、困惑げに客をさばいていた。


「あの、注文は何にするんですか?」

「そりゃもちろん、フィリオちゃんで」

「俺もぜひお願い!」

「おい、抜け駆けすんな。先に声かけたのは俺だぞ?」


数人の隊員がやいのやいのとうるさいこと甚だしい。


「ありゃあ、なんの騒ぎなんだ?」

「久しぶりに出勤した嬢ちゃんに野獣どもが目の色変えて群がってる図ですね」

「は、あ? 今までそんなことなかっただろうが」

「そりゃ今まではあんなに色気駄々洩れじゃなかったですからね。それがすっかりイイ女ですよ。成人もしたし自分の意思で恋愛もし放題だ。そんな極上のエサに独身隊員が群がるのは当然でしょうが」


体をつなげた朝に見たフィリオは確かに物凄い色気と妖艶さと可憐さを秘めた極上のイイ女になっていた。だが、それは恋人の欲目だと思っていたが、自分だけではなかったのだと頭を抱えた。


ずかずかと人垣を割り、愛娘から恋人へと昇格した女の名前を呼ぶ。


「フィリオ」

「お父さん!」


相変わらず呼び方は直らないようなので、慣れるには時間が必要だ。幸い、二人の時間はこれからも続いていくのだから、鷹揚に構えていられる。


満面の笑顔で出迎えたフィリオに近づいて、そのまま口づけた。


「へ、…はあ、んんふ」


最後に名残惜しげにリップ音をたてれば、静まり返った食堂にやけに大きく響いた。


「な、な、な…」

「俺、オススメ一つな。フェンバックはどうする?」

「はあ、嬢ちゃん。同じもの追加で」


真っ赤になったフィリオから視線を外さずに副隊長に聞けば、後ろにいたフェンバックの呆れた声が聞こえた。

フィリオは耐えきれなくなって、厨房へと引っ込んでしまう。


「た、隊長、どういうことですか?!」

「あれ、なんでお前まだいるんだ?」

「口説く許可はもらいましたよ! 俺のほうが勝算が高いはずでしょう? まさか上手くいったんですか…」

「ま、そういうことだ」


人だかりをかき分けやって来たニクスにニヤリと笑ってやれば、周囲が一瞬で騒然となった。


「はああああ?! 隊長とうとうヤっちまったのっ」

「ずっと狙ってたのに、嘘だろう…」

「ああ! 俺たちの偶像崇拝があ!!」

「聖域を返せええええ」


阿鼻叫喚の男どものあまりの多さに一瞬呆然となった。こんなに色んな男から狙われていたのか。


「もうフィリオは俺のものだからな、手を出すなよ。死神ベルの名前を思い知りたくなければ、な」

「あんたも結構大人げないですね…」

「形振り構ってられるか。かっこ悪くても譲れねぇもんがあるんだ」

「ギリギリで気づけてよかったですね。あんたの家族だって、不幸を願ってるわけじゃないだろ」

「さてな。死んで会えたら聞いてみるさ」


償いの日々は続くし、後悔しない日はないだろう。けれど、幸せにしたい相手を護っていく決心はついたのだから。


「お待たせ、オススメ2つ」

「ありがとう。フィリオ、愛してる」

「お、お父さん! 職場じゃやだ…」

「じゃあ家帰ってからだな。向こうの詰所寄ってから帰るから」

「うん、わかった」


白金の髪を撫でると、満面の笑みを浮かべた養い子がいる。

菫色の瞳には憂いも翳りもない。


ああ、我が家は今日も平和だ。

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子育て隊長の婚活バラッド マルコフ。 @markoh

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