第6話 すべてが疑わしいこともある

次の日の朝には王都警備隊の本部に顔を出していた。

いつもの焦げ茶色の隊服に身を包み、フィリオを食堂に送り、そのまま大隊長の執務室へと向かう。

軽く扉をノックすると、眉間に皺を寄せたガルフォードと目が合う。


「朝っぱらからどうしたんですか。二日酔いですか?」

「お前の隊の連中と一緒にするな。ちょっと厄介なことになってるようなんだよ」


やはり昨日の宴会では13隊の連中は羽目を外したのか。

フィリオをつれて早々に帰ったベルグリフォンは残してきた部下たちの酒乱ぶりを思いながらもガルフォードへ首をかしげる。


「厄介なこと?」

「どうも12隊のやつらが全滅したか、負傷したか、トラブルを起こしたみたいなんだよな」

「はあ? あいつら何人いましたっけ?」


魔物討伐といっても、警備隊だけで行うわけではない。周辺の砦に常駐している騎士団と合同で行うのだ。そもそも定期的に見回っているので大規模な襲撃を受けることも少ない。


昔は一隊で300人ほどいたが、いつの間にか50人規模の集まりになっている。

特に12隊と13隊は少ない。13隊は編成の特殊性から30人ほどの集まりだ。

しかし、12隊は40人ほどいたと記憶していたが。


「先の会議で2人辞めただろ、センエの横暴についていけないってやつさ。部隊の配属先変えるって話だったんだが、なんかうまくいかなかったんだよな」

「センエ自身がその話を潰して回ってますしね。あんな嫌がらせされたら引き受けよって気持ちもなくなる。まあ、隊を辞めるほうが話は早いし簡単だ」


自分の隊にいた者たちの仕事ぶりをあしざまに評価し、そのうえ無能だと言いふらす。引き受ければ荷物を抱えることになると引き受けそうな隊長のところに押しかけて滔々と説明して回るのだ。


「そうなんだよな。まあ、それで結局36人ほどで魔物討伐に向かったんだが、まだ誰一人として戻ってきてないんだよ」

「昨日市場でセンエに会いましたよ?」

「なに?! あいつ報告に来ないでそんなところで何やってるんだ?」

「いや、それを俺に聞かれても…一応は報告するように言いましたけど。別に、怪我した様子もなかったんですがね」

「そうか。なら、やっぱり遊んでるのか? なんにしても、討伐先を変更してケーメクから迂回してゼメダの砦に向かってくれないか?」


王都の真南に下ってすぐにある砦がケーメクだ。今回の12隊はその砦の騎士団と合同で魔物討伐を行う予定になっていた。馬で一日半ほど駆けた場所にある。そこから西へ2日かけて行くと本来持ち場になるはずのゼメダ砦だ。


「別に構いませんけど、12隊のやつらと行き違っても文句言わないでくださいね」

「わかってる。今、巡回も人手が足らなくて様子を見に行かせることもできないんだよ。悪いけど、見つけ次第、至急戻るように伝えてくれ」

「状況が分かれば、伝書鳥飛ばしますね」

「ああ、それで頼む」


了承すれば、ようやくガルフォードが表情を緩めた。


「そんな調子で、王命もさっさと受けてくれれば楽なんだがな」

「それとこれとは話が別です」


こと、養い子のことになると途端に難しくなるものなのだ。



大隊長の部屋を出て、すぐに街に向かう。

明日から討伐に向かう準備はできているが、ケーメクから迂回していくとなると少し足りないものがあるからだ。


「燃料は途中で調達するとして、もう少し非常食を増やしていくか。後で食堂に行って食材も追加してもらわなきゃな」


隊の携帯用の食事を準備してくれるのは食堂だが、個人のおやつや夜食などは個々で用意することになっている。

日数が伸びて近隣の街で調達できないとなると増やしていくしかない。

朝の王都の大通りは喧噪に包まれている。商品が荷車に詰まれ、行きかい、行商人が荷物を担いでせわしげに歩いていく。

買い物客や用事で往来を過ぎる人々をやり過ごしながらゆったりと進んでいると、突然、子供の怒声が飛んできた。


「ふざけるな!」

「そうおっしゃられましても、こちらとしては確証もありませんし」


いかにもな貴族の馬車の横で従者の男が、せせら笑っている。

たいして子供はまだ10歳ほどだろうか。職人風の恰好をしているが、せいぜいが見習いといった様子の少年は怒りで顔を真っ赤にしている。


「親方がずっと大事にしてた形見なんだ! あんたらが欲しがってたのは知ってるんだぞ!」

「ですから、証拠がないでしょうに」

「何を騒いでいるの?」

「お嬢様…申し訳ありません。いますぐにどかせますので…」


馬車から顔を覗かせた金髪の少女が面白くもなさそうに鼻を鳴らした。


「そう、早くしてちょうだい。遅れてしまうでしょう」

「かしこまりました」


恭しく一礼した従者を横目にぴしゃりと小窓の扉が閉められた。ふわりとして揺れた髪の横できらりと銀色の髪飾りが光る。


「それ! やっぱりあんたたちが!」

「話は十分聞いてやっただろう。突然馬車の前に飛び出してきて轢き殺されなかっただけありがたく思って、さっさと失せろ」


男は少年の肩を突き飛ばす。地面を転がった少年にベルグリフォンは慌てて駆け寄った。


「おいおい、いい大人が子供に手を出すなよ。かっこ悪いだろうが」

「その制服、警備隊か。下町の薄汚いガキに絡まれてるんだ、もっと早くに止めに来い」

「俺たちは別にお貴族さまを守るためじゃなくて、こういう揉め事を起こさないように見回ってるんだけどな」

「ふん、国に飼われてる犬の分際で逆らしい口を…ん? 赤毛に13隊?」

制服の腕には番号付きの文様が刺繍されている。

どこの隊に所属しているか一目でわかるようになっているのだ。


「お前、死神か。娘が娘なら、親も親だな」

「はあ?」


急な話題転換で頭がついていかない。娘って誰だ。

いや、娘はいるが。とびきり可愛い、自慢の女の子なら。


「身分の卑しい者が高望みしすぎたな」


意味のわからない捨て台詞を吐いて、男はさっさと馬車に乗り込んだ。そのまま馬車はゆっくりと動き出す。

腕の中にいた少年を覗き込むと、制服を掴まれた。


「大丈夫か?」

「平気だよ。なあ、あんた警備隊なんだろ? あいつらから、形見を取り返してほしいんだ!」



#####



午前の優雅なお茶の時間のひと時を、ベルグリフォンはとある茂みの中で過ごしていた。


なぜこんなところに潜んでいる羽目になっているかというと午前中に会った少年のせいだ。

少年は金細工師見習いで、ショウンといった。老舗の宝石商にも卸している腕のよい職人のもとにいるらしい。


ある日、彼の弟子入りしている工房に貴族のご令嬢がやってきた。普段は工房にまでわざわざやってくる貴族は少なく、だからはっきりと名前を憶えていた。


ケランザ伯爵令嬢ミルドレット。先ほど少年がつっかかっていた馬車に乗っていたお嬢様だ。

地位は伯爵だが父親のケランザ伯は大臣の位にいるやり手らしい。

娘は次の王城で開催される園遊会で目立つための髪飾りを直接、依頼しに来たのだと告げた。そのほうが自分の考えたデザインが伝わるので、と。

細かいデザインの注文をつけていたとき、工房に飾られていた銀細工の髪飾りに目をとめた。

一目で気に入った少女がそれをねだり、工房主はそれをきっぱりと断った。亡くなった妻のために彼が作ったもので、非売品だからというのがその理由だ。


もちろんそんなことで簡単にあきらめる少女ではなく。

押し問答の末、少女は帰っていき、その夜工房には泥棒が入った。盗まれたのは形見の髪飾りだ。


あからさま過ぎて、犯人の目星などすぐにつく。親方は気落ちしてしまい、寝込んでいるそうだ。目をつけられるところに置いておいた自分が悪いとひたすら亡くなった妻に謝っているらしい。

ショウンはそんな親方を見ていられずに店を飛び出した。

だが貴族の屋敷に訴えにいっても門前払い。街中で馬車を見かけて思わず駆け寄ってしまい突き飛ばされたところにベルグリフォンがたまたま居合わせて…という顛末だ。


警備隊の仕事は基本的には王都の警備だが、揉め事の仲裁なども行う。

だが、痴話げんかや酔っ払いのけんかを止めることがほとんどで、貴族は管轄外だ。


貴族の管轄は騎士になるからだ。だからこそ、両者は非常に仲が悪いのだが。

話を聞いて知らぬ顔をするというのもかっこ悪い、とベルグリフォンは思う。

常々、かっこ悪いことをするものじゃないと周囲に言い聞かせている自分だ。

やはり、養い子に恥じない自分でありたい。


奇しくも、本日はその園遊会の当日で、彼女はそこへ向かうために馬車を走らせていたようだった。

王城を開放しての淑女の皆さま方の社交の場ともなっている。ちなみに、第二王女主催のため規模は小さく、集まっているのもほとんどが同年代の少女だ。

いくつかのテーブルに色とりどりのドレスを纏った少女たちが微笑ましげにお茶をしている。


フィリオも第四王子と婚約すればこの場に仲間入りするのだろうか。

華やかなドレスを着た少女が優雅に笑いかけてくるのを想像して、それはそれで彼女に似合っていると思われた。

どんな姿でもフィリオは堂々としている。学園で卒業式典が開かれたときも、親も招待されたためベルグリフォンも足を運んだのだが、最後は舞踏会だったので心配したものだ。

けれど他の令嬢と比べても遜色なく、むしろ光り輝くほどの眩しい存在だった。平民だろうが、生まれは関係ないのだと実感した。

そして自慢の娘だと誇らしく思ったのだ。

だからこそ、相手が第四王子でもフィリオさえよければ引き受けてもよいのだが、その後の家庭不和を思い浮かべると胃の辺りがずしりと重くなる。


はあっとため息ついて変わらない華やかな庭園を見つめる。

同じ年ごろの娘を持つ親としてはこの場をひっかきまわすのは多少心苦しいが、一瞬だけなので許してほしい。


ベルグリフォンは懐から取り出した笛を吹いた。

訓練された鳥にしか聞こえない特殊な笛だ。


あらかじめ目標は設定してある。ざっと見たところ、目当ての少女以外は銀細工の大振りの髪飾りをつけていないのは助かった。ミルドレットは端のほうのテーブルについて何人かの取り巻きと語らっている。馬車から一瞬だけ見えた人物と同じことも確認済だ。


だが目くらましのためにも何羽か放つのも忘れない。

空から急降下してきた鷹の一団が、少女の髪飾りを目指してぴーっと鋭く鳴いた。


「きゃあっ」

「なんですの?!」

「鳥だわっ」


同時に強い風が吹いた。

ベルグリフォンはその隙に乗じて、ナイフを投げた。

ミルドレットの髪を少し切って髪飾りが外れる。それを鷹が咥えて、空へと高く舞い戻る。

そのほかの鷹は料理をつつき、もう一匹は別の少女の髪飾りをつついた。


「まあ、ミルドレットさまの髪飾りが!」

「きゃあ、あっちにいって」

「グレースさま、大丈夫ですか?!」

「料理を狙っているのでは?」

「髪飾りの光ってるものも危ないわよ」


背後で少女たちの姦しい声を聴きながら、ベルグリフォンは逃走経路をひた走る。庭伝いに木を登り、そのまま塀へとジャンプする。

王城の塀を乗り越えたところで、ふうっと息を吐いた。


「こら、盗人」


野太い男の声がかけられたのはそんなときだった。

ぎくりと肩を強張らせ、視線を向けると騎士の軽装備に身を包んだ大柄な男が仁王立ちしていた。


胸には勲章がつけられている。

騎士団副団長のジャイナムス・エーデットだ。茶色の短い髪に、巌のような顔つき、サファイアブルーの瞳は鋭い。威圧しか感じない男である。


「こそこそと何をしとるかと思えば。こんな大きな落とし物を残していくんじゃない」


彼はひゅっとナイフを投げてよこした。刃を指で受け止めながら、ベルグリフォンは短く息を吐いた。なんの変哲もないナイフなのでここから足がつく可能性は低いが、手元に戻ってくるのならありがたい。


「見逃してください、ちょっと断れなかったんですよ」

「貴様のことだから、たいして益のないことをやってるんだろうが。あんまりフィリオに迷惑かけるようなことはするな」


彼はフィリオの同級生で親友のレイナ・エーデットの父親であり、彼女の剣の師匠でもある。


「それはもちろんわかってますよ」

「いや、わかってないだろ。お前が今日襲った相手はケランザ伯爵令嬢だ。第四王子の婚約者候補だぞ?」


その後、ジャイナムスから懇々と説教を受ける羽目になった。軽率に行動しすぎるだの、事態は大事だのと訴えられる。

だが、どうして秘密の王命が彼に漏れているのか不思議だった。

フィリオ本人すら第四王子との婚約を知らないというのに、周囲が知っているというのも謎だ。


訝しげな顔をしていたのだろう。察した彼は、内々に国王から尋ねられたと説明した。

フィリオの親友の父親で剣の師匠。

だとすれば、少しは第四王子の話題を聞いたことはないか、と。

ついでにフィリオの人となりを知りたかったのだそうだ。


国王も必死だ。

もちろんジャイナムスもそんな話題は聞いたことがないとにべもなく断ったそうだが。フィリオの人となりについてはしっかり伝えておいたとご満悦だ。

娘を溺愛している彼は、娘の親友にも心を砕いてくれる。

大層ありがたい存在だ。


「お前に何かあれば、フィリオが一人になるだろう。もちろん、できるかぎりの手助けはするつもりだが。お前は無茶ばかりする考えなしだからなぁ」


フィリオに婚約者がいて、確かに第四王子ならば将来安泰かもしれない。

苦労することも多少はあるだろうが、金に困ることはないだろう。


「まあ複雑な男親の気持ちもわからなくはないがな。第四王子ならば、それほど悪いやつでもない」


彼が認めるならば、王侯貴族の中でもいい部類に入るのだろう。

なんせ、傭兵とその養い子と知っても態度を変えずに接してくれるのだから。

貴族にしては破格の態度だ。


ベルグリフォンは真摯に礼を告げると、ショウンとの待ち合わせ場所に向かった。


#####


待ち合わせ場所は王都の東に位置する職人街の手前だ。王都は王城のある中央部を囲うように水路が引かれているので、各街に向かうには小さな橋を渡る必要がある。水路で区切られた区画ごとに商店街や職人街、平民街や貴族街などに分けられている。


中央に向かうための橋のたもとに行くと、先に来ていたショウンが駆け寄ってきた。制服の内側にしまっていた髪飾りを手渡すとぱあっと表情が明るくなった。


「ありがとう、おっさん!」

「おっさんはやめてくれ…」

「なんだよ、おっさんのくせに。仕方ねぇな、じゃああんちゃん!」


ショウンのような子供から見れば実際はおっさんだろうが、指摘されると地味に傷つくのも事実だ。

繊細な中年心なのだ。


「怪しまれないように、しばらくは伯爵家につきまとえよ。髪飾りがなくなって一番怪しいのはお前たちだからな。鳥を使って取り返したとは思いあたらないかもしれないが、油断しないに越したことはない」

「わかってるって! 任せておけよ」


生意気そうに鼻をこすった少年の頭をガシガシと撫で回す。


「わっ、何するんだよ?!」

「付きまとうにしても加減はしろよ、昼間みたいに突き飛ばされてもいつも助けてやれるとは限らないんだからな」

「大丈夫、俺、結構すばしっこいからね」

「まったく。あんまり親方に心配はかけるなよ」


得意げな顔から一転、少年はしゅんと勢いをなくした。

無茶をやらかした自覚はあるらしい。


「でも俺どうしても親方に元気になってほしくて…」

「お前の命をかけてまで取り返したいだなんて考えてないさ。養い親でもちゃんと親の自覚があるならな」


ショウンも親はすでになく、親方に育てられているらしい。ベルグリフォンとフィリオのような関係だが、親ならば子供が元気で大きくなるだけで嬉しいものだ。特に成人前ならば。


「うん、厳しいけど愛してもらってるのはわかってるんだ。だからこそ、少しでも恩返ししたいんだよ」

「気持ちだけで十分だ、親方もそういうさ。ほら、もう行け。あんまり一緒にいるところを見られても問題だろ」

「うん、ありがとな、あんちゃん」


つながりはなるべくないと思わせた方がいい。

手放したものを惜しむかはわからないが、貴族の怒りは不当なことも多い。難癖つけられるかもしれないので、しばらくは隠れて様子でも見たいところだが、明日からは王都を離れる身だ。巡回組にそれとなく伝えておこうと思いながら、小さな背を見送る。


育ての親への信愛は、健気だ。眩しくて重いものでもある。一方で、真摯なまなざしに恥じないようにと自分を律することもある。


「かっこ悪いことはしないさ」


ベルグリフォンは独り言ちて、商店街に向かって歩き出すのだった。






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