雨男

藍咲 慶

 

 私はずっとひとりぼっちだ。母親は私を産んだ時に死んだらしい。そんな悲しい話を無表情で聞いたのは七歳の誕生日だ。安月給な仕事に振り回される父親から聞いた。母親がいないことにコンプレックスがないわけではないが、今更どうした感が強かったのを覚えている。といったところで、そんなことがあろうとなかろうとひとりぼっちであったことに変わりはない気がする。しょうもない現実を考えるのはやめた。太宰治の人間失格を読む。本は好きだ。テレビなんかは嫌いだ。話すことは嫌いだ。自分の声なんて聴いたのはいつのことだろう。十七歳の梅雨時期、自宅に引きこもった私は引きこもり生活三年目に突入しようとしていた。



 いつの間にか寝てたらしい。外は暗くなっていた。なんとなく服を替える。意識がはっきりしてきた。なんだか多湿だ。雨か。悟った。空腹感が湧いた。コンビニに行こう。時間は十時二十三分だ。雨は降り続ける。傘なんて知らない。サッと家を出る。運動は嫌いだが、走る。雨は強まっていく。人気のないコンビニに入る。弁当なんかは売り切れだった。カップ麺を買った。お湯は自宅でいいや。


 雨は強まってる。不気味だった。ゲリラなのか。興味本位で強まってるところに近づきたい。呆然と思った。遠回りをしてみた。人気がまったくない。髪が濡れている。風邪をひきそうだ。なんて考える私の目の前に人影がひとつ。男のようだ。ぐしゃぐしゃでヨレヨレなスーツを着て深く帽子をかぶっている。こちらを見ているのか。近づいてみる。

「あらあらお嬢さん、こんな雨の中どうなさったんですか」

 男は話す。お嬢さんって私か。我に返る。

「いえ、別に」

 私は返答する。いつぶりの会話か。

「風邪をひきますよ。お帰りください」

 男は言い続ける。そのまま引き返すほど私も素直ではない。

「あなたも帰った方がいいんじゃ…」

 嫌な子どもを演じた。コホンッと咳払いした男が言い返す。

「正直に言いましょう。私は雨男なのです」

 固まったのは言うまでもない。そんな私を察して話を続ける。

「私が動けば、雨雲もシンクロして動くんです。もとから動こうとしてましたが催促されちゃしょうがない。もう動くことにしましょう」

 そんな迷信を信じる類ではない。警戒していると男が話を続ける。

「私が動けば何もかも晴れますよ。それでは失礼します」

 スーっと空が晴れた。夜空に手を伸ばす。

 でも私の心は晴れなかった。

 雨男の嘘つき。

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雨男 藍咲 慶 @windwindow39

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