5

 三ヶ月後。


「まさかおじいちゃんがあれほどキンタを可愛がるとは……思いもしませんでしたよ」


 おじいちゃんの工房から帰る車の中。私は助手席の田上さんを振り返る。彼とは何というか、友達以上恋人未満の状況がずっと続いている。私は積極的なんだけど……彼はなかなか踏み込む隙を見せてくれない。


 だけど彼も、私に何も興味がないのかというと、そうでもなさそう。今まで私の誘いを断ったことは一度もないし、ごく稀だが彼からデートに誘われることもある。今だって薄着になった私の体を、ちらちら見てたりするし……


 それはともかく。


 キンタは、あっという間に箔打ち紙の仕込みをマスターしてしまった。「彼」はロボットだから不眠不休で作業を行い、本来なら半年はかかる仕込みを二ヶ月ほどで終わらせた。そして、おじいちゃんの厳しいダメ出しも、難なくクリアしてしまったのだ。その後「彼」は箔打ち機の使い方も把握し、ほぼ完璧におじいちゃんの仕事をこなせるようになっていた。


「ね。言ったとおりでしょ?」ドヤ顔の田上さんが言う。「キンタは人間と違って、いくらダメ出しされても凹んだりしませんからね。それに、『彼』の人工知能の基盤となっている深層学習ディープラーニングは、ダメ出しだけでいいんです。それだけでキンタは自動的に『どういう場合がダメなのか』ということを分析し、学習していきます」


 ……うーん。


 文系の私には、イマイチよく分からない。だけど、この人が目をキラキラさせながらする話を聞くのは、嫌じゃない。


 確かに、ディープラーニングとやらのおかげで、キンタはおじいちゃんのスキルを見事に受け継ぐことができて、おじいちゃんも「彼」を大いに気に入ったのかもしれない。だけど、どうもそれだけでもない気がする。


 おばあちゃんが亡くなって以来、話し相手がいなくておじいちゃんが寂しがっていたのは確かだ。だから彼はキンタにも色々話しかけていた。ところがキンタの反応は、私が聞く限りではあまり要領を得ていないようだった。それなのに、おじいちゃんはいつもニコニコしながらキンタと会話している。なぜなんだろう。


 まさか……認知症が始まった?


 そう田上さんに聞いてみたら、彼は苦笑して首を横に振る。


「そんなことはないと思いますよ。1960年代に開発された、ELIZAイライザっていう、AIによる会話プログラムがありましてね」


「ええっ! そんな昔にAIって、あったんですか?」


「ええ。意外にAIの歴史は古いんです。と言っても、ELIZAは本当に単純な会話しかできません。それも音声じゃなくチャットみたいな文字ベースの会話です。それなのに心理カウンセラーとして立派に機能したそうです。ELIZAとの会話に夢中になった人も多かったそうですよ」


「へぇ……」


「キンタはさすがにELIZAよりも賢い会話エンジンを備えていますが、ぶっちゃけ、本質的にはあまり変わりません。だから、結構トンチンカンな反応もします。だけど、人間はそんなことあまり気にせず、なんとなく会話できたりするものなんです。健太郎さんもそれだと思いますよ」


「そうなんですか」


「ええ。それに、健太郎さんはリアルタイムで鉄腕アトムとか鉄人28号とかのマンガやアニメに親しんでる世代ですから、ロボットに対してあまり抵抗感がないんです。彼よりも上の世代だとちょっと厳しいですけど。やっぱり、健太郎さんにお願いして正解でした」


 そう言って田上さんが笑った、その時だった。


 着信音。


 一瞬で田上さんの顔色が変わる。すぐさま彼はスマホを取り出し、画面を確認して……深刻な表情で私を振り返る。


「キンタから緊急連絡です。健太郎さんが……工房で倒れたそうです」


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