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 箔打ちは、まず箔打ち紙を仕込むことから始まる。この作業が実は箔打ちの八割と言ってもいいくらいだ。縁付金箔の箔打ち紙は、藁の灰汁や柿渋などを水で薄めた液に雁皮紙を浸して絞り、機械で打ち込む。これを半年間繰り返して強度を高めるのだ。そして、この雁皮紙を浸す液の配合レシピに、それぞれの職人のノウハウが注ぎ込まれている。それは職人毎に異なり、企業秘密と言っていい。


 てっきり私は、おじいちゃんはその弟子になった人にそのレシピを教えるものだと思っていた。ところが、おじいちゃんは一切それを教えなかった。それなのにダメ出しはする。何度その弟子の人が箔打ち紙を作って持ってきても、「これじゃダメだ」と突っ返す。しかし、何がダメなのかは言わない。これではたまったものじゃない。結局その弟子の人は程なくして職人になるのを諦め、去って行った。


 "なんでそんな意地悪をするの?"


 私が詰め寄っても、おじいちゃんは少しも狼狽した様子もなく、


 "俺が弟子の時は、師匠にそう教育されてんて。ほやさけ、俺もそれを変えるつもりはないな"


 と、すまして応えたものだった。


 全く、職人ってヤツは……これだからなぁ……


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「……というわけで、すごく心配なんですけど……はぁ……」


 金沢大学・大学会館食堂。


 私は、目の前の田上さんに向かって、いかにも憂鬱そうにため息をついてみせる。


「そうですか……」


 田上さんが難しい顔でうなずく。彼の前のトレイの中の食器は、全て空になっていた。この人、結構食べるの早いなぁ……


 彼が工房に来た数日後、私は、相談したいことがある、と言って彼を呼び出したのだ。決して彼に個人的に興味があったから、とか、そんな理由ではない。たぶん。


 で、私達はここでこうして昼食を共にしつつ、おじいちゃんのことについて話し合っていた。


「でもね」田上さんが微笑む。「ひょっとしたら、それほど心配することもないかもしれませんよ」


「……え?」


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