7.幻想と現実とブレイクスルー

 未帰還者事件の解決から半月後、待ちに待ったFOLの配信が再開された。

 先の事件で話題になったこともあり、ユーザー数が以前よりも格段に増えていた。新参者の他にも、未帰還者のリスクがなくなり安全が保障されたことで復帰したプレイヤーも大勢いるのだろう。

「サーバーがパンクして処理落ちしないか心配したけど、大丈夫そうだな」

 アップデートされた冒険者ギルドを見上げて感嘆するガーノ。FOLにおいて各街に点在する冒険者ギルドはプレイヤーの拠点も兼ねたゲームサーバーである。以前よりもギルドが拡張されたということは、サーバーの容量も処理速度も格段に進化したことに他ならない。

「あ、いたいた。ガーノ、久しぶりー」

「ああヒメノ、では本当に久しぶりだな」

 肌の露出が多い神官らしからぬ恰好をしたヒメノと再会する。そして彼女の後ろにはいつもの取り巻きがぞろぞろと付いて来る。この光景も懐かしく感じた。

「もうすぐ始まるのね、大規模クエスト」

「ああ、楽しみだ」

 二人は楽しそうな笑みを浮かべてそわそわしていた。

 FOL配信再開を記念とした大規模クエストが間もなく始まるのだ。クエスト内容は直前まで伏せられているため詳細は不明だが、恐らくアップデートされた性能を試す運営側の意図があるのだろう。今回の大規模クエストが成功すれば、今後は更に動員数も増やしてより白熱するイベントが企画されるのかもしれない。

「あれ? そこにいんのはガーノとヒメノか?」

 背後から掛けられたどこか軽い調子の声に、ガーノはぎくりとする。

 振り向くと、金髪碧眼の騎士がいた。レベルは52、FOLではガーノ同様ベテランと称される実力者だ。

「サトシ……」

 嫌悪、沈痛、後悔。それらの感情が混ぜ込んだ複雑な表情で騎士の名を呼ぶ。

「いや、FOLここではジェイソンって呼べって前にも言ったろうが」

「お前の名前はネタに全振りし過ぎて、今でもどう呼べば良いのか迷うんだよ」

 騎士のプレイヤーネームは『サトシまたの名をタケシ、普段はジェイソン菊池』である。ネトゲ界隈においてネタネームは別段珍しくはないが、ジェイソンに限りガーノの言い分はもっともである。

「ちっ、まぁいい。それよりオレらが未帰還者になったのはお前のせいだろ? あの時廃城クエストなんかに誘いやがって……そんなにオレらが実力で成り上がったのが気に食わなかったのかよ?」

 そうだそうだ、と彼の仲間も険しい表情で責め立てる。

 魔導師の『ナナたん萌え』、神官の『ラーメンは醤油派!』、忍者の『Dan』……彼らはリアルではガーノと同じクラスの同級生であり、一時期は共に様々な冒険を繰り広げたかつての仲間だ。

「それは……」

「この落とし前はちゃんと付けてもらうからなッ。所詮は肉盾しか能がないタンク風情がッ。木偶の坊はFOLここでもリアルでもサンドバックしてろッ」

 言葉に詰まるガーノを嘲笑し、一方的に追い込むジェイソン。騎士とは程遠いガラの悪い態度である。

 俯き、きつく握った拳を震わせるガーノ。その後ろでヒメノとその取り巻きがオロオロしていると、

「最低限のマナーも守れないチンピラがいるな。運営は出禁にしろ出禁に」

 黒の上下にフードを被った男が金髪緑眼のエルフを伴って現れた。

「久しぶり。ガーノ、ヒメノ」

「お久しぶりです」

 クロトが軽く手を掲げ、ユミがぺこりと会釈する。

「……誰だよ、あんた?」

「暗殺者クラスのクロト、ガーノとヒメノの仲間だよ。それよりも」

 簡単に自己紹介を済ませたクロトは、鋭い視線をジェイソンに向ける。

「……ガーノのことを『木偶の坊』と言ったか」

「あ、ああ。だってそうだろ? 頑丈なだけが取り柄で動きもノロいじゃねぇか」

「その木偶の坊に助けられたくせに随分と偉そうな口を叩く」

「あ゛ぁッ? 助けられた? いつだよ?」

「お前たちが未帰還者となってからだよ。ガーノはお前たちを置いてしまったことに責任を感じて、ずっとFOLを調べていたんだ。その甲斐あって今回の事件を解決するきっかけをもたらしてくれた」

「こいつが……?」

 ジェイソンは思わず振り返り、ガーノを見た。彼の仲間も目に見えて動揺している。ガーノは気まずそうに彼らから視線を逸らした。両者ともに互いを認めることも許すことも出来ずにいると、不意にクロトは提案する。

「それでもガーノを馬鹿にするのなら、今回のイベントで証明してみせよう」

「証明? 何を?」

 ジェイソンの問いに、クロトは不敵な笑みを浮かべて言った。

「お前たちが知らないガーノの実力を。お前たちが侮っている重騎士クラスの有用性を」



「どうしてあんなことを?」

 ジェイソン達と別れた後、ガーノはクロトに訊ねた。

「……どれのことだ?」

 とぼけるクロトにガーノはまくし立てる。

「全部だよッ。俺は解決のきっかけなんか見つけてないし、あいつらが言うように俺は強くない」

「弱くもないだろ?」

「な、にを……」

 間髪入れずに返って来た一言に面食らう。

「前にも話したけど、自分の過ちを認めて行動したお前は立派だし、決して弱くなんかない。現にお前と組んでクエストをこなしていた結果、事件解決の糸口が見つかったんだ」

「それは、ぐ」

「偶然なんかじゃない」

 ガーノの台詞を先んじて否定するクロト。

「確かに事件の調査をしていたのは俺たちだったけど、ガーノが俺たちにFOLのことを教えて一緒に戦ってくれたからこそ今があるんだ。最初の出会いこそ偶然でも、ここに至れたのは必然だ。それも全て、お前が勇気を出して一歩踏み出したお陰なんだよ。自信を持て」

「……ッ」

 たまらず背中を見せて肩を震わせるガーノに、クロトは呆れて肩を竦める。

 その様子を見ていたヒメノがユミに耳打ちする。

「……素敵な人ね」

「はい、私の自慢のご主人様です」

 誇らしげに頷くユミにヒメノが眉をひそめる。

「ご主人様?」

「……リアルで私は彼の助手ですから」

「ああ、そういう意味」

 ヒメノが納得すると、ギルド内にアナウンスが流れる。


〈ギルド内にお集まりの冒険者の皆様にお知らせします。間もなく、FOL配信再開特別イベント【女神の奪還】を開始します。ソロで挑む冒険者様以外は速やかにパーティー登録をお済ませください。繰り返します――〉



「ふむ」

 大規模クエストが開幕し、ギルドから転送された一同は周囲を見回す。

 最初の拠点だった始まりの街タートスよりも遥かに大きい英雄の街グロウスの郊外に大勢のプレイヤー達が集結していた。その数、優に千は超えているだろう。

「俺たちはグロウスの担当か。ここはFOLでもレベル30から40以上の中堅クラスがよく集まる街だから、パーティー内の平均レベルに合わせた場所に送られたんだろう」

「となると、これから戦う相手は俺たちと互角以上の強さなのか?」

「恐らくは」

 クロトの問いにガーノは頷く。

「もしくはプレイヤーの数を分散させてサーバーの負担を減らしているのかも」

「それだとレベルが低い連中も混じっているかもな。まぁ、その辺のバランスは運営もしっかり調整しているだろうけど」

 一方、ユミとヒメノは周囲を見回しては感嘆していた。

「すご……こんなに人が集まると壮観ね」

「総力戦ですからね。史実であったかつての戦争もこんな感じなのでしょうか」

 FOL初の全世界同時配信による大規模クエスト、イベント名【女神の奪還】。

 内容は総力戦。運営側が用意した敵を全て殲滅すれば勝利。逆にプレイヤー側が全滅すれば敗北といったシンプルなものだ。

「総力戦か……言い換えれば殲滅戦だけど、それだとイベント名にそぐわないな」

「女神の奪還……この女神は何を指しているのか現時点では情報がないため解りませんね。女神の名を冠するNPCが敵側に拉致されたのか、それとも何かの例えでアイテムのようなものなのか」

「戦えば解るだろ。途中でイベント挟んで勝利条件が変わるかもしれないし」

「……ッ、何か来たわ」

 ヒメノが空を指差す。

 突如として暗雲が渦を巻いて現れて広がっていき、青空を覆い尽くした。太陽は隠され、世界が暗くなる。雷鳴が轟き、不安を煽るようなBGMが流れてきた。

 そして一際大きな雷が平原に突き刺さる。舞い上がった土煙が晴れると、そこには巨大な『何か』が居た。

「……女神?」

 呆然とそう呟いたのは誰だったか。

 全長は四〇メートルほど。所々白銀に輝く衣を纏った美しい女性の形をした石像だった。それを『女神』と指して言えば誰もが肯定してしまうだろう。

 その女神が、動いた。

 石像のような質感でありながら閉じていた瞼を上げる。禍々しく輝く赤い瞳を向けられ誰もが息を呑む。その瞳の奥にあるものは慈悲や慈愛などではなく、その対極にあるもの――悪意と敵意だ。

 腹部がボコボコと泡立つように蠢き、そこから無数の『何か』が産まれ落ちた。

 かなり距離を取っているのにも拘わらず、べちゃ、と地面に墜落した生々しい音が聞こえた気がした。

 ゆっくりと身を起こして立ち上がった『それ』は人間に近い形をしていた。

 長身瘦躯、全身真っ白で毛髪もない、まるでマネキン人形のようだ。

 何より不気味なのは顔だ。のっぺりとした顔の中心に縦に裂けたような大きな目が一つ。そして耳の近くまで大きく裂けた口からは涎で濡れて光る歯が剥き出しになっている。


 ――ガチ


 女神から産み落とされたそれらは、一斉に歯を鳴らした。


 ――ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ


 酷く耳障りな音を鳴らしながら、ふらふらと覚束ない足取りで英雄の街グロウスに――プレイヤー達に迫って来た。

 プレイヤー達の多くがそのおぞましい光景に呆然としていると、左腕に装着していたコントローラーから電子音が鳴った。


《エネミー情報が更新されました!》


【魔神イブリース】×1

【ヴァーチューズ】×∞


力天使ヴァーチューズか。とても天使には見えないツラしてんな」

「共通点は色白だけですね」

「いや、たぶん肌の色は関係ない」

 クロトとユミが呑気な感想を述べる。

「……ガーノ、戦闘はもう始まってるんだよな?」

「え、ああ、もう始まっているよ」

 見回すと、どのプレイヤーもその場から動いていない。恐怖のあまり足が竦んだ……というより、先陣切って良いのか悩んでいるような感じだ。ゲームの中だというのに随分と奥ゆかしい連中ばかりが揃ったものだ。

「なら行こうか。号令を、リーダー」

「……あの、指揮はクロトに任せて良いか?」

「どうして?」

「戦場は遮蔽物のない平原だけに、今回は乱戦になる。敵味方入り乱れてとなると、素人の指示はきっと届かない。ゾンビクエストの時みたいにクロトが指示を出した方が良いかもしれない」

「……そうか、解った。ああでも」

 了承したクロトは念を押す。

ジェイソンあの騎士に啖呵を切った手前、ここぞという場面ではしっかり活躍して貰うぞ。それとお前のパーティーなんだから号令は頼む」

「解った」

 頷いたガーノは深呼吸を一つ。

「ガーノ隊、出る! 我に続け!」

 勇ましく進み出た重騎士にクロトたちが続く。ヒメノの取り巻きも慌てて付いてきた。今回のクエストにおいて、ヒメノのパーティーもガーノの指揮下に入っている。ガーノ隊の戦力は総勢24人。進軍しながらクロトはコントローラーを操作し、パーティー内の通信設定をオープンに変更する。

「歩きながら聞いてくれ。こちらは暗殺者クラスのクロトだ。これから始まる戦闘では俺が指示することになった。戦闘中は俺の声に耳を傾けてくれ」

 ガーノ隊が動いたことで、他のパーティーも進軍し始めた。血気盛んなパーティーはガーノ隊を追い越して先行する。それを尻目に、クロトは仲間たちに作戦概要を説明する。

「今回の勝利条件は魔神だけでなく、無限に湧いているヴァーチューズも殲滅する必要がある。そこでまずは、ヴァーチューズの無限湧きの阻止を最優先。プレイヤー側の戦力が多い今がチャンスだ。前衛がヴァーチューズを抑えて後衛が射程内に入り次第、魔神の腹を集中砲火する」

 他のパーティーがヴァーチューズと戦闘を開始した。剣戟や魔法が炸裂する音が鳴り響く。剣で斬り付けられ、槍に貫かれ、魔法で焼かれてもヴァーチューズは怯むどころか殴り掛かった。その拳を盾で受け止めた戦士が派手に吹き飛ばされる。

「……見たところ、ヴァーチューズは武器を持たず素手で戦っている。足は遅いが攻撃を行う瞬間は機敏な上に力も強い。耐久力もあるみたいだからゾンビの上位互換と考えよう」

 遠目から見るに、一番槍を仕掛けたパーティーは早くも撤退を始めたようだ。幸いにもヴァーチューズの機動力は低い。包囲されれば全滅は免れないだけに、潔い撤退は良い判断だ。

 ちなみに、大元である魔神イブリースは出現位置から動かずにヴァーチューズを産み落としているだけだ。まずは大量の尖兵を送り出して様子見といったところか。

「前衛は一対一の戦闘は極力避けて二人一組ツーマンセルの二対一で挑め。交互に攻撃を仕掛けて反撃の隙を与えずにヴァーチューズを潰していくぞ。編成した順にアルファ、ブラボー、チャーリーと表音フォネティックコードで呼ぶことにするから味方識別名の変更を忘れるな――そこの魔導師、ちょっと良いか?」

 最前線から一時後退してきたパーティーを呼び止める。

「……何だ?」

「前衛は二人一組で編成して、後衛はヴァーチューズを生み出している魔神の腹に集中砲火。多分、それが効率が良いと思う」

「……なるほど」

 頷く魔導師。実際に苦戦を強いられただけに、他所のパーティーからの助言を素直に受け取る。

「俺たちはその作戦で仕掛けてみる。そちらの態勢が整い次第、加勢を頼みたい」

「解った。健闘を祈る」

「共に幸運を。……ガーノは俺と組んで前衛組を引っ張るぞ」

 後退する魔導師のパーティーを見送って矢継ぎ早に指示を出すクロト。

「ユミは後衛組の指揮を頼む。ヒメノ他回復役は任意で援護だ。各自何かあればすぐに報告するように」

 編成を済ませたチームから「準備完了」の声が上がる。

 やがてガーノ隊の全員の準備が完了した。ヴァーチューズはもう目の前だ。

「よし、戦闘開始。各自の奮闘に期待する」

 クロトは深紅の短剣を抜き、ガーノと共に最前線へ躍り出た。



 ――凄まじいとはこのことだ。ガーノはそう思った。

「チャーリーは一時後退して回復、エコーは前進してカバーに入れ!」

 指示を出しながらクロトは大砲のような右拳を紙一重で避けつつ、左手の指の間に挟んだスローイングナイフ三本をヴァーチューズの単眼に深々と突き刺した。完璧なクロスカウンターが決まった三本ナイフを引き抜きつつ、右手の短剣を顎下から脳天に向かって突き入れ、ヴァーチューズを撃破する。

 振り向き様にスローイングナイフを投擲。味方に肉薄しようとしていた別のヴァーチューズの背中に突き刺さる。

「ブラボーは前に出過ぎだ、少し下がれ! 隣に他のチームが居る状態を常に意識するんだ!」

 ブラボーチームが後退し、背後から奇襲を受けたヴァーチューズが振り向いた瞬間、続けて投擲された爆弾がすぐ目の前で爆発した。

 爆散したヴァーチューズを尻目に、ガーノと対峙している敵の背後に忍び寄ったクロトは、その首を刎ねる。

「カバーする。回復しろ」

「あ、ああ、了解……!」

 冷静な指示に従いつつ、ガーノはその頼もしい背中を見る。

 クロト単独での戦闘力はもはや語るまでもない。索敵スキルもフル活用しているのか、乱戦の極みであるこの状況において的確な指示を出しては味方の損害を最小限に抑えつつ最大限の戦果を引き出している。リアルでの本業は探偵であるとはいえ、これ程まで指揮が優秀だとは思わなかった。

「……よそ見とは随分余裕だな」

 唐突にクロトがそう話し掛けてきてギクリとする。むしろ話し掛ける程の余裕があるのはそっちだろう。

「ごめん、あまりの手際の良さについ……」

「油断するな。いくらお前が他より頑丈でも、畳み掛けられたら終わりだ」

 クロトはタックルを仕掛けて来たヴァーチューズの足を払った。

「解って、るッ!」

 転倒して目の前に滑り込んできた敵の頭を、愛用の戦斧で叩き割る。

 クロトがヴァーチューズ達の隙間を縫って駆け抜け、擦れ違い様に首筋、脇腹、太腿などの急所に短剣を走らせた。思わず動きを止めたヴァーチューズ達を、時間差でガーノの戦斧が薙ぎ払っていく。

「キリがないなッ!」

「だが前進してる! 後衛の射程が入るまであと少しだ!」

「よしッ! もうひと踏ん張りッ!」

 果敢に突き進むガーノ隊を中心に、いつの間にか他のパーティーが左右に展開していた。素人ながらの指揮と突撃に返り討ちとなったプレイヤーが続出するも、やがてクロトの指示が伝播でんぱしたのか、あるいはガーノ隊の動きを模倣したのか全体から見た損害は最小限に抑えている。むしろ、無限湧きするヴァーチューズを少しずつ押し返していた。

 そしてついに、後衛組が魔神を射程範囲内に収める。

「弓を構えよ! 杖をかざせ!」

 ガーノ隊後衛組の指揮を任されたユミがノリノリで指示を出す。

 狙うは魔神の腹部だ。

「一斉射、放てぇッ!」

 自身も限界まで引き絞った矢を射る。

 弓兵が放った大量の矢が、魔法使いが放った多種多様な魔法が、魔神の腹部に殺到する。産み落とされる寸前だったヴァーチューズ数体が跡形もなく消滅した。

 他のパーティーからも遠距離攻撃が放たれ、瞬く間に魔神の全身を爆炎と大量の煙が覆い隠す。

「撃ち方やめッ! 撃ち方やめぇいッ! 矢とMPを補充! 目標の損傷を目視で確認!」

「前衛組はヴァーチューズを掃討しろ! 後衛組を援護するんだ!」

 ユミとクロトの指示が飛ぶ。

 やがて煙が晴れ、その向こうにいた魔神が姿を見せる。ヴァーチューズを無限に生み出していたその腹部は大きく抉れ、焼けただれていた。

「おおっ!」

「やった! やったぞ!」

『ぅおおぉおおおおおおお――ッ‼』

 ヴァーチューズの無限湧きを阻止。その第一目標の達成に、至る所で歓声が上がった。ヴァーチューズの残党もほぼ殲滅し、一息つける余裕もできた。

「作戦通りだな!」

 ガーノの称賛をよそに、クロトは険しい顔で魔神を睨んでいた。右手に短剣、左手にヴァーチューズの生首を持って佇むその姿は正直かなり怖い。

「……総員、回復を済ませろ! 次は魔神そのものを討ち取る!」

 生首を投げ捨て、HPとMPを全快させる宝薬を惜しげもなく使ったクロトを見た周囲もすぐさま態勢を整える。

 同時に、傷付いた魔神にも動きがあった。

 音を立てて全身に亀裂が走る。石像めいた外殻が剥がれ落ち、中から『悪魔』が現れた。

 背中に生えた六枚もの漆黒の翼を力強く羽ばたかせると、全長四〇メートルもの巨体が空中に浮遊した。

 頭部からは捩じれた大きな角が二本生えている。

 全身の肌は深い紺色。闇色の衣を身に纏い、艶やかだが血色の唇の端から鋭い牙が覗き、切れ長の目は冷酷な光を湛えている。腰にまで届く長い銀髪は底冷えするような冷気を発していた。

 暗黒の女神、魔神イブリース。

 禍々しく、冷たく、どこか美しい――見る者にそんな印象を抱かせた。

「第二形態ですね。飛行可能となると、近接戦主体のクラスは手も足も出ません。実質、こちらの戦力が半分以下にまで低下しました」

「ならば地上に落とせば良いだけだ。総員、遠距離スキルで奴の翼を奪え!」

 ユミの冷静な指摘にクロトは即対応して指示を出す。

 弓兵クラスが矢を射る、魔法使いが様々な属性魔法を放ち、前衛職も各々の剣や槍などにMPを注ぎ込んで三日月状の遠距離攻撃スキル〈ムーンスライサ―〉を射出し、魔神の翼を狙う。

 ガーノも〈ムーンスライサ―〉を発動しようとすると、

「待て、MPは防御に回せ」

 クロトに肩を掴まれて止められる。

「えっ、何で?」

「……そろそろ奴も反撃してくる」

 言われて見上げると、空に浮かぶ魔神は胎児のように身体を丸めて青く輝く球状のオーラを展開し、プレイヤー達の攻撃を防ぐ。

「あれは……バリアか?」

「……いや、もっとヤバそうな感じがする」

 クロトの疑問をガーノが否定した瞬間、丸く縮こまっていた魔神は一気にその身を伸ばした。全身を覆っていたオーラが弾け飛び、翼から射出された無数の光線が流星雨となって地上に降り注ぐ。

 まさにビームの雨だ。ビームといっても速度は弓兵クラスが放つ矢と同等。一発の威力も着弾した地面の抉り具合から見て中級の炎魔法程度。FOLの仕様上、回避も防御も可能ではある。

 だがいかんせん、数が多い。天から降り注ぐ光の雨、避け切れず被弾したプレイヤーの身体に拳大の風穴が穿たれる。一、二発は耐えられたとしても、それ以上は無理だ。魔神の逆襲に次々とプレイヤー達が倒れ、消滅していく。

「……ッ、各自防御と速力強化の補助バフを掛けろ! 散開して魔神の足元へ走れ! あそこは安全地帯だ!」

 見れば確かに、魔神の真下だけはビームが降っていない。

 プレイヤー達は一目散に魔神の足元へ向かう。辿り着く前にビームに貫かれて脱落する者が続出し、総戦力はゲーム開始時の六割にまで減っていた。

「おおぉおおおおはいだらあぁああああッ!」

 ガーノは戦斧を盾に防御系のスキルを総動員し、雄叫びを上げながら被弾覚悟で一直線に突き進む。重騎士クラスの面目躍如か、十数発被弾しながらも無事に安全地帯に到達した。

「……こういう時こそ便利なスキルだな」

 一方のクロトは光の雨を掻い潜り、被弾ゼロで危なげなく安全地帯に辿り着いた。攻撃を紙一重で回避することで、自分以外の時間の流れを二秒間スローにするパッシブスキル〈見切り〉。魔神が繰り出した光の雨を逆手に取り、何度も紙一重で躱し続けて連続発動させたのだ。端からだとクロトが高速移動したように見えただろう。

「おい、見たか今の……」

「信じられねぇ……重騎士ってあんなに頑丈だったのか……」

「あのスピードは一体……〈見切り〉にあんな使い方があったのか……?」

 運よく先に到達できたプレイヤー達が、二人の動きに度肝を抜かれる。

「ガーノ! 無事!?」

「お見事です、クロト」

 ヒメノとユミが駆け寄ってくる。二人とも無事に難を逃れたようだ。

「安心するのは早い。奴もここで雨宿りはさせてくれないだろう」

 一同は揃って頭上を見上げる。

「……魔神イブリースって、一応女神ですよね?」

 突然、ユミがそんなことを言い出した。

「これって、彼女のデリケートゾーンを見上げていることになりませんか?」


 ……気まずい沈黙が流れる。


「クロト……」

 侮蔑の視線をクロトに向けるユミ。

「いや待て。確かにここへ逃げ込むように言ったけど、その発想はなかった。そんな目で俺を見るな」

 冷静にユミの説得を試みるクロト。

「……あっ、この後の展開が何となく読めたわ私」

 頭上を見上げたまま何かを察したヒメノ。

「奇遇だな、俺もだよ」

 ガーノが戦斧をかざした瞬間――


 ――不埒な愚者たちを踏み潰さんと、魔神の足裏が落ちて来た。


「ふんッ!!」

 頭上に巨大な光の盾を展開したガーノが魔神の両足を受け止める。

 自らのHPを防御力に変換する重騎士専用の最強防御スキル〈イージスの盾〉。

「――グ、……くっ、~~~~~ッ!」

 険しい表情で歯を食い縛り、凄まじい荷重に耐えるガーノ。

「しっかりッ!」

 その背中に手を添えて回復魔法を連続発動するヒメノ。

 ガーノの体力HPとヒメノの魔力MPが続く限り、〈イージスの盾〉は砕けない。

 不意に、二人は負荷が軽くなったことに気付く。

 彼らと同様に、防御スキルと回復スキルを同時発動したペアが複数現れたのだ。

「長くはたない! クロト!」

 ガーノに名指しされた暗殺者は、その場にいる全員に聴こえるようコントローラーで拡大した声を張り上げる。

「防御と回復ペアはそのまま現状維持! 後衛クラスは急ぎ魔神の顔面に集中砲火! 目と鼻を狙え! 近接系クラスは足の腱と小指を徹底的に切り刻め!」

(指示がえげつない……!)

 その場にいた全員が同じことを思いつつも、それぞれの役割を果たさんと一斉に動き出す。


 魔神の足元から這い出たユミは、クロトが錬成スキルで作った炸裂弾付きの矢を魔神の目に向けて放った。

 被弾、着火、爆発。

 魔神の顔が僅かに歪む。急所だけに効いているようだ。

「撃て撃て撃て撃て撃てぇッ! ジャイアントキリングは目の前じゃぁああああああッ!」

『おおぉおおおおおおおおおおおおッ!』

 ガーノの勇気、ヒメノの献身、クロトの指揮、そしてユミの悪ノリに感化されたプレイヤー達が次々と突撃する。


「奴の翼を封じる! 盗賊系のクラスは俺に続け!」

 クロトの指示で盗賊、怪盗、忍者は魔神の背後に回り、その長い髪の毛を掴んでよじ登る。FOLではイマイチ使いどころが少ない登攀とうはんスキルをフル活用だ。さほど時間を掛けずに六翼が生えている背中近くまで到達する。

「翼を縛れ!」

 盗賊系の必需品であるロープやワイヤーに、捕縛スキルを掛けて魔神の翼を縛り上げようとする。

 その時、魔神の髪の毛がうねり、人の形をかたどった。クロトたちの視界に、新たなエネミー情報が更新される。

 翼の生えた力天使ガナフ・ヴァーチューズが多数出現した。

「敵襲ーッ!」

 近くにいた怪盗にガナフ・ヴァーチューズが襲い掛かろうとした寸前、その首にワイヤーが巻き付き、すぐ頭上をクロトが飛び越える。

 そして魔神の翼を支点にワイヤーの片端を持っていたクロトが地上に向かって飛び降りると、ガナフ・ヴァーチューズの身体は勢いよく吊り上がった。ぶらん……と、力天使の首吊り死体がひとつ出来上がる。

 ワイヤーから手を離したクロトは、眼下から見上げていた別のガナフ・ヴァーチューズの単眼にスローイングナイフを投擲し、落下する勢いのまま突き刺さったナイフの柄を踏み付けた。そのまま絶命したガナフ・ヴァーチューズを踏み台にして跳躍し、魔神の髪の毛に再度掴まる。

 ――索敵スキルに感あり、直上!

 見上げると新手が襲い掛かって来た。タイミング的に避け切れない!

「くっ……!」

「さっせるかぁッ!」

 横合いから投擲された手裏剣がこめかみに突き刺さり、体勢が崩れたガナフ・ヴァーチューズの喉元を短剣でばっさりと切り裂いたクロトは振り返る。

「ありがとう、助かった――って、お前はジェイソンの……」

 援護してくれたのは、見覚えのある忍者だ。

「Danだ」

 意外な奴に助けられた。彼はガーノをいじめていた一人であり、クエスト開始前にリーダー格であるジェイソン共々挑発してしまった手前、少し気まずい。

「どうした? 指示をくれ」

 黙っていると、Danがそう言った。

「え?」

「指示をくれと言ったんだ。ここでの指揮官はクロトなのだろう?」

 言われてすぐさま索敵スキルを発動し、周囲を確認する。

 新たに出現したガナフ・ヴァーチューズの奇襲により、拘束できた魔神の翼は六枚の内四枚だけ。味方も半数ほど脱落してしまった。無理もない、盗賊系は直接戦闘には向かない支援型のクラスだ。しかし、例外もある。

「……盗賊と怪盗は地上に降りろ! 任意で他の連中の援護に向かえ! ここは暗殺者と忍者が受け持つ!」

 武器に手裏剣や鎖鎌などがある『忍者』は盗賊系で最も投擲スキルの性能が群を抜いており、前衛並みの高い攻撃力と防御力を併せ持つ。現在唯一の『暗殺者』であるクロトを除けば、最強の盗賊系クラスといっても良い。

 クロトの指示に、盗賊と怪盗は魔神から降りていく。残ったのはクロトと、Danを含め忍者クラスが十人だ。

「各自、警戒しつつ上に登るぞ! 目指すはうなじだ!」

 先程の〈索敵〉で気付いたのだが、『救難信号』があった。目視だと髪の毛に紛れて解りづらいが、うなじに緑色の宝石が埋め込まれており、そこから信号が発せられていたのだ。宝石はかなり大きな楕円形で中にうっすらと人影が見える。シルエットからして人間サイズの女性のようだ。

「恐らくそこに『女神』と呼ばれる存在がいる! イベント名の通り奪還するぞ!」

「「「「了解!」」」」「承った!」「解った!」「YEAHッ!」「御意ッ!」「応ッ!」「かしこまりィッ!」

 応答がバラバラだが、とりあえず指示は行き届いたようだ。

「目指せ、エンディング!」

 暗殺者と忍者たちは勝利の鍵に向かって魔神の髪の毛をよじ登っていく。



 ***



 クロトとユミがそれぞれの担当クラスを引き連れて散開した後、魔神の踏み付けを防いでいたガーノとヒメノの方でも動きがあった。

「おらぁッ! もうちょっとの辛抱だ! 気合い入れろガーノッ!」

 魔神の足の小指にミスリルソードを叩き付けた騎士が叫ぶ。

「ジェイソン!? 何で……」

「何でって、お前んトコの指示だろ! 近接系はコイツの足を攻撃しろっつったからココにいんだよッ!」

 苛立ち交じりに剣を何度も叩き付けるジェイソン。どこか照れ隠しで剣を振るっているように見えた。

「うっわ、ツンデレだ」とヒメノ。

「ツンデレちゃうわッ!」

 真っ赤になって咆えるジェイソンに、たまらず噴き出すガーノ。

「ははっ、ありがとうサトシ」

「……ちっ、だからそう呼ぶなと……いや、もうネーム変更しようかな」

 飽きたのか、それとも自身のプレイヤーネームが痛々しいと気付いたのか、ジェイソンがそんなことを言い出した。だがここで残念なお知らせだ。

「FOLはネーム変更できない仕様だけど?」

「なん……だと……」

 驚愕のあまり思わず動きを止めるジェイソン。

 彼だけでなく、彼の仲間である魔導師の『ラーメンは醤油派!』や神官の『ナナたん萌え』も一様に驚いた表情をしている。

「……運営にネーム変更が自由に出来るよう要望してみたら?」とヒメノ。

「ドちくしょォおおおおおおおおおおあぁあああああああッ!」

 八つ当たりで攻撃を再開するジェイソンチーム。完全に自業自得じゃねぇか。

 だが、彼らの嵐のような猛攻に魔神の足首に大きな亀裂が走り、小指をごっそりと抉った。

 見ている方も痛く感じる程の傷を負った魔神は、ぐらりとその巨体を揺らし、前のめりに倒れ込む。

「倒れるぞッ! 気を付けろッ!」

「逃げて逃げてッ!」

 魔神が離れたことでようやく自由になったガーノとヒメノは、安全圏に避難しつつ周囲に注意を呼び掛ける。

「退避ーッ!」攻撃を中断したユミも後衛組と共に魔神から距離を取る。

 地響きを立てて、魔神は片手と片膝を地に着けた。

 魔神の翼を封じに行っていたクロト&忍者たちが次々と地上に降り立つ。

 しかもクロトは見知らぬ美女を抱きかかえていた。

「クロト、その人は?」

 合流したガーノ隊を代表してユミが訊ねる。

「女神だ。魔神のうなじ辺りに閉じ込められていた」

 囚われていた女神。すらりとした長い手足に桜色の長い髪、キャラデザがどことなく〈日乃本ナナ〉に似ている。彼女の見た目を大人っぽくして、女神っぽい純白の衣を着せたらこんな感じだろうか?

 ガーノがそんなことを考えていると、突如としてプレイヤー全員の視界に新たな情報が映し出される。


《女神イブリースの救出に成功しました! 魔神イブリースの攻撃力と防御力が60%低下! 飛行能力が喪失! ガナフ・ヴァーチューズの全スペックが半分に低下!》


 朗報だ、ここで一気に畳み掛ければ魔神を倒せる!

 そう考えたのは他のプレイヤー達も同じで、思い思いに片膝を着いた魔神に攻撃を仕掛けていた。だが、ここまでの激戦に戦力は大幅に消耗し、MPもアイテムも枯渇したのか決定打に欠けている。弱体化しているとはいえ、ガナフ・ヴァーチューズもかなりの数が生き残っていた。最後の抵抗だろうか、ろくに動けない魔神を守ろうとプレイヤー達と戦っている。総力戦にして殲滅戦はもはや大詰めだ。

「これは倒すのに時間が掛かるな……」

「いや、意外とそうでもないぞ?」

 女神を地面に寝かせると、温存していた宝薬を使用するクロト。

 一瞬でガーノのHPとMPは全快する。

「クロト?」

「最大の見せ場だ、お前がトドメを刺せ」

「えっ」と驚く。

。フィニッシャーとして、他に適任は居ない」

「いや、俺にそんなスキルはないぞ。ましてあんな大きな敵を仕留めるものなんて」

 重騎士は最前線で仲間を守るために特化した防御主体のクラスだ。〈ムーンスライサ―〉などの汎用攻撃スキルはともかく、威力に特化したアサルトスキルは基本的に習得できない。

「あるだろ、初めて俺と決闘した時に見せたスキルが。それにお前だけが持つ最大の持ち味が合わされば、どんな奴をも倒せる筈だ」

 言われて自身のステータスを確認する。

 ――あった。重騎士である自分が出せる唯一にして最強のアサルトスキルが……!

「道は私たちが切り開きます」

「ジェイソン達を驚かしてやろうっ」

 ユミとヒメノが力強く頷く。

「行けよ、主人公ヒーロー。その手で勝利を掴め」

 クロトがガーノの胸板に、軽く拳を当てた。



「クッソしぶといッ! 弱ってるのにまだ死なねぇかッ!」

「まったくだ。単純に火力不足だな、こりゃ」

 魔神の背に乗って何度も聖剣で斬り付けているジェイソンの悪態に、同じく忍者刀で斬り付けているDanが同意する。

「強力な大魔法を撃てる味方が居ると良いんだが流石に消耗してるし、これはもう地道に削っていくしかないぞ」

「いよいよ大詰めだってのに地味だなオイ」

 面倒な作業ゲーは御免だとばかりに首を振るジェイソン。

 その時、地上から垂直に伸びた光の柱に、Danともども驚愕する。

「な、何だぁッ!?」

「まさか、強力なスキルを温存していた奴が居たのか……!?」

 二人は地上を見る。光の柱を発生させていたのは、意外なプレイヤーだった。

「「ガーノ……?」」



 その衝撃的な光景に、思わずその場にいたプレイヤーの全員……NPCであるガナフ・ヴァーチューズ達ですらも動きを止めて呆然としていた。

 ガーノが頭上に掲げた戦斧から巨大な光の柱が伸びている。


 アサルトスキル〈パニッシュメント・アックス〉……これまで蓄積したダメージ量の倍の数値が一撃の威力に加算される重騎士クラス専用の必殺技。

 以前、クロトとの決闘で見せた時よりも遥かに巨大で力強い輝きを放つ光の斧が天を貫く。暗雲を晴らし、その向こうにある青空が見えた。


「デカァアアアアアアイッ! 説明不要ッ! ですッ!」

 まさに『一撃必殺』を体現したかのようなスキルの発動に、普段のキャラが崩壊する程までに大興奮するユミ。

「この大きさ……まさか、我慢スキルも加わって……!? クロトはこれも計算に入れてたの……」

 クロトの的確な指示に尊敬の目を向けるヒメノ。

「いや、そうだけど、流石にこれ程とは……俺との決闘で見せた時よりヤバくないか、これ……」

 予想外の光景にクロトですら驚愕を禁じ得ない。


 パッシブスキル〈我慢〉……その効果は防御力を上げて被ダメージを緩和し、受けたダメージ量の倍の数値をアサルトスキルの威力に変換させる。

 戦闘が苦手であったために敵の攻撃を一身に請け負ったプレイスタイルが反映され、ガーノは重騎士へクラスチェンジした。その際、〈パニッシュメント・アックス〉と同時に習得した重騎士ガーノを象徴するもう一つのスキルである。

 それは、彼が仲間を守りたいが故に手に入れた必然のスキル。

 それだけが、彼の唯一の取り柄。

 自慢にもならない、誇れるものでもない。

 現実も幻想も関係なく、泣き言も言わず、文句も言わず、ただ我慢強く耐え続けてきただけ。

 だが、その身に受けて来た苦痛を、苦難を、全てこの一撃に込めて彼は逆襲に転じる。


「く、らぇえええぇええええええええええええええええええええッ!」


 ガーノこと鹿野隆史。我慢強いことだけが取り柄だった少年が今、全身全霊で光り輝く巨大な斧を振り下ろす。


 その斧は、罪ある者ならば人はおろか神も悪魔をも処刑する。



 数々の試練を耐え抜いてきた重騎士。

 彼が放つ逆襲の一撃は――



 ――文字通り、全てを断ち切った。

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