幕間6

「一週間も滞在させてくれてありがとう、助かったよ」

「こちらこそ。毎日美味しいご飯に部屋の掃除までしてくれて助かったわ」

 玄関先でクロガネと真奈は互いに礼を言った。

 依頼期限の一週間、美優と共に真奈の部屋を間借りさせて貰ったのだ。

 FOL内で調査するに辺り、美優はともかく現実世界でクロガネの身体は無防備になる。何かとクロガネには敵が多いため、寝首を搔かれないよう真奈の家に泊まり込んでいたのだ。真奈の方も生活面ではクロガネの世話になっていたため、お互いにWIN-WINの取引である。

「ていうか今更だけど、獅子堂の後ろ盾があるなら大丈夫だったんじゃないの?」

「まぁ、念のため。俺はともかく、美優の安全は確実にしておきたかったんだよ」

 三ヶ月前の事件を解決した副産物というべきか、クロガネ探偵事務所は鋼和市の実質的支配者である獅子堂家によって監視されている。下手をすれば天下の獅子堂家まで敵に回しかねないため、探偵事務所を襲おうとする輩は居ない筈なのだ。

「事務所の警備システムに異常なし。クロガネさんは少し心配し過ぎです」

「一国一城の主はそれくらいで丁度いいのさ」

 美優の呆れた発言にクロガネは苦笑する。

「それじゃあ、お邪魔しました」

「お邪魔しました。また来週うかがいます」

「うん、またね」

 軽く手を振って見送る真奈に会釈し、クロガネと美優はその場を後にした。



 部屋に戻った真奈は一息つく。

「あー、うん。不思議と広く感じるわね、やっぱり」

 一人になった部屋を見回して、しみじみと独りごちた。

「よし」

 気が向いたらこちらから探偵事務所に遊びに行けばいいし、来週も家事をしに探偵コンビが出向いてくる。その時を目一杯楽しもう。

 気合いを入れ、出勤の支度を始める。

「さて、今日も頑張りますかっ」



 ***



 クロガネと美優は探偵事務所に戻るや否や、盗聴や盗撮が仕掛けられていないか確認も兼ねて掃除を始める。一週間も留守にしていたことに加え、これから来客があるのだ。

『――次のニュースです。本日未明、人気VRゲーム「ファンタジー・オブ・リバティ」……通称FOLで起きた未帰還者事件について、未帰還者となっていたユーザー全員が意識を回復しました。それに伴い、FOLを開発したジョイフルソフト社長と〈サイバーマーメイド・日乃本ナナ〉が共同で会見を開き、今回の事件の経緯を説明しました』

 一通り綺麗になった頃、テレビニュースでは未帰還者事件の詳細について報道されていた。

 昨日、隆史と和美に話した内容に加え、容疑者逮捕に向けて警察が大規模捜査を行っているらしい。警察は〈日乃本ナナ〉の破壊を目的としたサイバーテロと認定し、国際犯罪組織として手配中の反サイバーマーメイド団体【パラベラム】の犯行であることも視野に入れて捜査しているそうだ。

 また、〈日乃本ナナ〉を開発した獅子堂重工も捜査に全面協力を申し出ていたことも明らかにされ、〈サイバーマーメイド〉を始めとしたサイバーセキュリティの見直しと強化が促される一種の教訓となったようだ。

 同時に今回の事件で〈日乃本ナナ〉の安全性と信頼性が評価された結果となり、今後ますます〈サイバーマーメイド〉の有用性に大衆の期待が高まることだろう。

 ちなみにFOLは安全が確認されるまで、しばらく配信休止となることもジョイフルソフトの社長が自ら公言している。

 他のチャンネルを回しても、同じ内容のニュースばかりだったのでテレビの電源を切る。時刻はもうすぐ午前十時を迎えようとしていた。

「今も会社の方はお忙しいのに、立石さんはこれからこちらに伺うんですよね?」

「大変だよな。いっそこっちから出向くことも考えたけど、返って気を遣わせてしまいそうだ」

 クロガネ達も仕事とはいえ、立石の気苦労を考えると少し心苦しい。

「アポの時間を指定したのは立石さんの方からでしたし、向こうのペースに合わせて私たちはのんびり待ちましょう」

「それもそうだな」

 気持ちを切り替え、待つことにする。探偵とは基本的に『待つ』仕事なのだ。

 人を、情報を、機会を、とにかく待つ。焦って得することは何一つない。

 約束の午前十時を迎え、そこから更に数分経過してから呼び鈴が鳴った。

「どうも、おはようございます」

 美優が出迎えると、ジョイフルソフトプロデューサー立石健吾が現れた。



「それでは、まずは報酬をお支払いします。すでに口座には振り込ませて頂いたので、お渡しするのは明細表だけになりますが」

「ありがとうございます」

 振込額三〇万円と記載された明細表を受け取って美優を見ると、彼女は頷いた。口座に報酬が振り込まれているのは確かのようだ。

「それでは、これで立石さんからの依頼は達成となります。ありがとうございました」

「いやこちらこそ、本当にありがとうございました」

 お互いに一礼する。傍に控えていた美優も深々と頭を下げた。

「……それで、FOLの再開の目途はどうなっています?」

「まだ未定ですが、早ければ半月もあれば再開すると思います」

 予想より早い。

「今回の事件についてウチの社長と〈日乃本ナナ〉が会見を行っていますが、もうご覧になられましたか?」

「ええ。お忙しいのにわざわざ足を運んで頂いてありがとうございます」

「いえ、依頼したのはこちらですし。それで〈日乃本ナナ〉の協力を受けてFOLの不正プログラムは除去、安全のためにしばらく厳重な確認作業と個人情報などのセキュリティ強化を行っていきますので、配信再開までは半月ほど掛かる見込みです」

「こちらの予想ではもう少し掛かるかと思いましたが、随分早いですね」

「公式の掲示板から電話までユーザーから再開を求める声が数多く寄せられたものでして。早い段階で社長と〈日乃本ナナ〉が会見を開いたのも世間的に好印象でした。これも黒沢さんのお陰です、本当にありがとうございます」

 クロガネは傍で控えていた美優を手で示す。

「お礼なら助手の安藤に。彼女はかなりのゲーマーで、FOLを救おうと私以上に頑張ってくれました。早期解決できたのも彼女の力によるものが大きいです」

 えっ、と戸惑う美優。

「そうでしたか。改めまして、この度は本当にありがとうございます。ジョイフルソフトを代表して深くお礼を申し上げます」

「い、いえ、どういたしまして?」

 深々と心から感謝の礼をする立石に、美優は戸惑いながらも会釈する。



「……なぜ私にまでお礼を促したのです?」

 立石が去った後、美優は不思議そうに訊ねてきた。

「美優に助けて貰ったのは事実だしな。俺ばかり称賛されて一番の功労者が報われないのはおかしいだろ?」

「そういうものでしょうか?」

「そういうものだ」

 美優はガイノイドでありながら『人間化』を目指している特別な存在だ。彼女をただの道具や日用品といった一般的な機械人形オートマタと同列に扱う気は毛頭ない。きちんと成果を出したのなら報われて然るべきだ。

 一仕事を終えて伸びをする。

「くぁ……さて、FOLの再開は半月先か……」

「待ち遠しいですか? クロガネさんはさほどゲーム好きというわけでもなかった筈なのに」

 意外そうに美優は言った。

「ああ、別に待ち遠しいってわけじゃないんだ。俺が気にしているのはガーノ……鹿野隆史くんのことだよ」

「彼のことで何か?」

「うん、まぁ……余計なお節介かもしれないけど、アフターケアは大事かなと思って」

 美優は小首を傾げた。

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