幕間3

「……それで徹底的に美優ちゃんを鍛えた結果、夢中になってしまったと?」

 クロガネから経緯を聞いた真奈は、どこか憮然とした様子だった。

 彼女が仕事を終えて帰宅すると、未だリビングのソファーで横になった状態でFOLにダイブしたままのクロガネと美優が居たのだ。

 てっきり二人揃って未帰還者になってしまったのかと本気で焦ってしまった。程なくして目を覚ました二人に、涙目で取り乱した姿を見られたのでは不機嫌になってしまうのも無理はない。

「いや、本当に悪いと思ってる。夕飯も簡単なものしか用意できなくてすまない」

 テーブルの中央には、シンプルな肉野菜炒めが山盛りで鎮座している。

「いや作って貰ってる手前、特に不満はないわよ。それで収穫はあったの?」

 箸を伸ばしながら訊ねると、クロガネは「ああ」と頷いた。

「どうやら個々のプレイヤーのレベルが高いだけでは、廃城に訪れても例のNPCは現れないらしい。パーティーを組んで、その総合的な戦闘力の高さに応じて現れるそうだ」

「なるほど。それで決闘に勝ってレベルが上がった鉄哉は元より、美優ちゃんも鍛える必要があったと」

「お陰様でレベル24まで上がりました」と美優。

「美優ちゃんって弓兵クラスよね? 何でそれを選んだの?」

「索敵スキルが最初から備わっているからです。クロガネさんも同じ理由で盗賊クラスを選びました」

 あくまで今回の依頼は未帰還者の原因調査だ。ゲーム内での活躍=戦闘よりも、調査に特化していて情報を持ち帰ることが出来るスキルを優先した結果、必然的に二人はそれぞれのクラスに辿り着いたといえる。

「それなら二人とも盗賊で良かったんじゃ?」

「二人とも盗賊だと『バランスが悪い』とパーティーに加えられなかった可能性もありましたし、空を飛べる敵や遠方に居る敵に対する備えも必要だと考えた結果です」

「なるほどね。てっきりプレイヤーネームが『ユミ』だから、弓を選んだわけじゃないのね」

「……それ、今気づきました」

 愕然とする美優。

「狙ってやったわけじゃなかったんだな」

 クロガネもダジャレで弓兵クラスを選んだのだとばかり思っていた。

「実際の所、美優ちゃんは弓の経験ってないわよね? やっぱり検索で?」

 ハッキングの他に検索機能で必要な知識や情報を瞬時に取得できるのがガイノイドである美優の強みだ。

「はい。でも流石に知識だけでは上手くいかなくて、実際に何度か射ってみて少しずつ覚えました」

「そりゃ当然よ。心得のない素人に、いきなり弓兵クラスは厳しいわ」

 FOLは現実の物理法則に則った限りなく現実世界に近いVRゲームだ。ある程度の補正が適用されているとはいえ、剣術や弓術など技術的なスキルが最低限必要なクラスは初心者向きではないとされている。

 逆に初心者向けのクラスとは、前衛なら鈍器や槍など素人でも扱いやすい武器を使う『戦士』、後衛なら手軽に遠距離攻撃や回復支援が出来る『魔術師』や『僧侶』が人気だ。

「いくら美優の検索が万能と言っても限界はあるだろう。技術の奥深さや真髄を理解するには、長い時間と経験が必要だ」

 クロガネの言葉に「むぅ……」と唸る美優。

「先人たちが築いてきた歴史や技術は、そう簡単には得られないというわけだな」

「……認識が甘かったです、日々精進します」

「その意気だ」

 快く励ますクロガネに笑顔を見せる美優。

「それで現地での協力者は出来たの?」と真奈が話を戻す。

「ああ、ガーノというレベル52の重騎士だ。恐らくリアルでは学生だろう」

「その根拠は?」

「明日以降も協力してくれるか訊いたら、『今の時期は時間の都合がつく』と快諾してくれた」

「……なるほど、夏休みだからか」

 今は七月下旬。学生ならば夏休みに入っていてもおかしくはない。

「ああ、学生で思い出した。この件が片付いたら、美優を学校に通わせようかと考えているんだが、どうだろう?」

 唐突なクロガネの提案に、真奈と美優は「えっ」と揃って驚く。

「美優ちゃんを? 何でまた?」

「一緒に探偵業を始めて早数ヶ月。美優も色々学んできたんだろうが、この先ずっと俺の傍に居ただけでは視野が狭いまま育つと思ってな。俺自身、社会に上手く溶け込んでいるか正直自信がないし、見聞を広める意味でも学校に行かせるのは悪くないと思うんだ」

「ふむ」

「……あの、私はクロガネさんのお傍から離れるつもりは……」

 一理あるとばかりに考え込む真奈を見て、美優は焦った。

「別に追い出そうとかしないよ。保護者として美優に投資しようと考えている、それだけだ」

 学業によって得られた知識や技術は将来の収益に必ず繋がるため、教育も重要な投資の一つなのだ。そもそも学歴が社会基準の一つでもある。

「私は賛成かな。学校生活は良くも悪くも人生の糧になるだろうし」

「俺としても情報源が増えるメリットがある。勿論、美優の意見も聞いた上で判断するが、どうだ?」

「どうだと言われても、そう急には……」戸惑う美優。

「まぁ、今すぐ決めろというわけではないんだ。とりあえず今から半月ほど時間をあげるから、考えてみてくれ」

「……はぁ、解りました」

 世間での夏休み期間は基本約一ヶ月。

 その内の半分を美優が考える時間にて、残りの半分を夏休み明けの二学期開始と同時に編入させるための準備期間に充てたのだろう。仮に美優が学校に通うことを拒んだ場合でも、徒労に終わらずに済む余裕を持った期限設定だ。

「それよりもまずは目の前の依頼ね。明日で四日目、期日までそう時間はないけど、どうするの?」

「明日はパーティーを組んでの実戦だろうな。連携や役割についての確認、美優には並行して緊急時の対策を任せたいと思うんだけど、大丈夫か?」

「大丈夫です、問題ありません」

 頼もしい返答に、クロガネは満足そうに頷く。複数の作業マルチタスクはガイノイドである美優には困難に値しない。

「万全な準備をして明後日の五日目に、廃城ステージに向かう」

「例の、NPCが出るっていう……」

 正体不明の近代的な兵隊たち。彼らによって、多数の未帰還者が続出した。

「順調に行けば、明日の時点で団体での戦闘技術も上がっているだろう。連中が現れる条件はクリアすると思う」

「明日一日の練習だけで大丈夫なの? 寄せ集めのパーティーなんでしょ?」

「まだ練度が不十分なら、期日ギリギリまで鍛えてから挑むことも視野に入れる」

「そう……とにかく気を付けてね、二人とも」

「ああ」「はい」

 真奈の心配を打ち消すようにクロガネは力強く頷き、美優は笑顔で応える。

 これまで幾度となくクロガネは窮地を乗り越え、美優も自身の出自にまつわる過酷な運命と対峙してきた。

 ――今回も、きっと大丈夫。

 心の片隅で芽生える不安を押し殺し、真奈は二人を信じて送り出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る