3.登録と決闘

 二重の砦にぐるりと取り囲まれたその街はレンガ造りの建物が立ち並び、所々に丸み帯びた風車が設置され、石畳の上を馬車が走っている。車やバイクもドローンもロボットも存在せず、電柱も電波塔も存在しない、中世ヨーロッパのような街並みだ。

「ふおおお」

 興奮した様子で『ユミ』が、キョロキョロと周囲を見回す。

 つられて『クロト』も、興味深く辺りを見回した。

 街の中央広場にある噴水を背にした新規プレイヤー二人の目の前を、鎧姿の騎士やとんがり帽子を被った魔法使い、狼男を彷彿とさせる獣人や、逞しい髭が目を引くドワーフに長い耳が特徴的なエルフといった多種多様な種族が闊歩している。

 VRMMORPG『ファンタジー・オブ・リバティ』、その始まりの街タートスに、二人は足を踏み入れたのだ。

「解ってはいたが、いかにもファンタジーな世界だ」

「スゴイですねぇ、人間の想像力というものは」

 感心する二人の左腕に装着されたコントローラーに着信が入る。運営からのメールのようだ。

 コントローラーの操作感は、鋼和市専用の情報端末であるPIDに近いため、さほど戸惑わずにメールを開くことが出来た。

『ファンタジー・オブ・リバティ(以下FOL)の世界にようこそ! 新たな冒険者よ! 君の来訪を心から歓迎しよう!』から始まり、長ったらしいゲーム内容の説明文を斜め読みしてメール画面を閉じる。

 要点のみをまとめると、ここは新参者が最初に拠点として身を置く街であり、まずは冒険者ギルドに足を運んで冒険者登録を行う。するとギルド=運営からプレイヤーのレベルに応じたクエストが発注できるようになり、そのクエストをこなしていけばレベルアップするとのことだ。

 レベルが上がればより高難易度なクエストにも挑戦できるようになり、新たな装備も入手できるようになる。得られた報酬は自由に使えるため、拠点に家を構えたり、カジノで遊んだり、観光気分で各地を回ることも出来るという。

自由リバティの名を冠するだけあって、自由度が高いゲームなんだな」

「うっかり仕事のことを忘れてしまいそうになりますね」

「そこは忘れるなよ」

 相棒をたしなめつつ、クロトは自身の身体をあちこち触り、手を握りしめて開くといった確認を始める。

「……思いのほか、感覚が現実のものと変わりない」

 触覚も忠実に再現されているため、日差しの温かさや肌を撫でる風、衣服の感触までリアルだ。

「キャラメイクの時、クロガネさんの体型や体格と同じに設定しましたしね」

「その方が都合が良いからな。自分の身体は良く知っているものでないとしっくりこない」

 クロガネのアバター、『クロト』の種族は人間で、中肉中背、黒髪の成人男性に設定している。冒険者として選んだクラスは、周囲の状況を察知できる索敵とトラップ破りのスキルを持つ『盗賊』だ。どちらかといえば直接戦闘よりも味方の支援や補助に優れた裏方クラスである。動きやすい服装に、フード付きの黒いローブの組み合わせはクロガネなりに盗賊をイメージしたものだ。

「美優の方はどうだ?」

 ユミは長く伸びた耳を軽く摘まんで見せた。

「エルフ耳以外、特に変わりありません」

 美優のアバター、『ユミ』もリアルに合わせた体型だが、エルフ族のイメージに合わせて金髪・緑眼に設定している。白いブラウスに紺のスカート、革のブーツと胸当てを装備し、矢が収納された筒をたすき掛けにして腰にはショートボウを吊るしていた。クラスは『弓兵』だ。盗賊と同様に索敵に優れ、遠距離攻撃に命中率上昇のスキルを備えている。

「強いて言うなら、何やら身体が軽く感じます」

 ユミはその場で軽く何回か跳んで見せる。現実世界に居る美優はガイノイドであるため、見た目以上に重いのだ。

「だろうな」

「ダイエットに成功しました」

「良かったな、リアルに戻れば元通りだ」

「現実は夢がありませんね」

「だから現実にするんだろ、この世界みたいに」

「……名言ですね。しっかり記録して後世に残しておきます」

「恥ずかしいからやめい」

 冗談もそこそこに行動を開始する。まずはギルドに行って冒険者登録だ。

「試しにスキルを使ってみますか?」

「そうだな、やってみよう」

 二人同時に〈索敵〉スキルを発動。MPを消費し、自身を中心に周囲の状況――地形や敵の存在を感知できる。まだレベル1であるため索敵範囲はそれほど広くはないが、目的の場所はすぐに判明した。

「……この噴水の裏でしたね」

「……無駄にMPを消費したな」

 少しばかりの徒労感を覚えながら、噴水の裏手に回る。

 街の中心部において一際大きく、立派な造りの施設こそ冒険者ギルドだ。

 RPGでは馴染み深い、冒険者に仕事の斡旋や支援をする組織である。

「ゲーム世界のハロワですね」

 ユミが解りやすい例えをしてくる。クロト=クロガネもリアルで探偵を始める前はお世話になった。最終的に起業することを選んだため、様々な仕事を紹介してくれた親切なおじさんには申し訳ないと思っている。

 施設の中に入ると、どことなく薄暗いが活気が溢れていた。酒場と併設されているらしく、鎧やローブを着た連中がたむろして酒や料理に舌鼓したづつみしつつ談笑している。

 ちなみにFOL内での飲食には戦闘中に一時的なステータス強化が見込まれるため、効率よくクエストを攻略するにおいても意味がある。

「資料でしか知りませんが、ハロウィンパーティーみたいですね」

 またも解りやすい例えをするユミの目は楽しそうに輝いていた。

 好奇心旺盛な子供のようにキョロキョロと周囲を見回すユミの手を引いて奥の受付カウンターに向かう。ちょうど誰も並んでいなかったため、手続きもすぐに済みそうだ。

「冒険者ギルドにようこそ。本日はどうされましたか?」

 狐耳を生やした受付嬢のNPCがにこやかに用件を訊ねてくる。

「ついさっきログインしたばかりで、こちらのギルドに冒険者として登録したいのですが」

 ゲームとはいえ、受付係に対して思わず敬語になってしまうのは何故だろう?

「かしこまりました。では、こちらのプレートに左手を置いてください」

 ルーン文字だろうか? 幾何学的な模様が細かくびっしりと刻まれたプレートに左手を置くと、文字が輝き出して宙に浮かび、コントローラーの操作パネルに吸い込まれていく。

「「おおっ」」

 その幻想的な演出に揃って声を上げる二人。やがてルーン文字を全て吸い込んだパネルには【登録完了】と表示された。

 ユミも同じ手続きを済ませると、狐耳の受付嬢は説明を始める。

「冒険者ギルドの登録が完了しました。以降は様々なクエストの依頼や運営側からのお知らせがコントローラーを通してあなた方にお知らせします。その他、快適な冒険者ライフが送れますよう様々な――」

 二人は話を最後まで聞かずに受付から離れた。

「今更だけど、さっきのギルド登録は必要なのか?」

  目的は調査であってゲームをしに来たわけではないのだが、

「RPGでは王道の通過儀礼ですので、絶対必要ですっ」

「お、おう、そうか……」

 生粋のゲーマーに力説されては納得する他ない。

「さて、これからどうするか……未帰還者に関する情報収集か、戦闘の感覚を掴むために一度クエストを受けてモンスターと戦ってみるか」

「戦闘に一票」

「いや、情報だろ」

「二手に分かれますか?」

「却下だ、別行動は危険すぎる」

「では、どうします?」

「どちらも並行して行う」

「……他のプレイヤーに声を掛けてクエストに挑みつつ、情報を聞き出すと。効率的ですね」

「解ってきたじゃないか」

「助手なので」

「そうかい」

 今後の方針を打ち合わせていると、

「あらあら♪ また面白い新人さんがやって来たわねぇ」

 どこか甘ったるい声が掛けられた。

 二人の前に現れたのは、肌の露出度が高い長身の美女だ。ウェーブが掛かった金髪に白い改造ドレスを身に纏っている。

「あー、どちら様?」

「あら? 人の名を訊ねる時は、まず自分からではなくて?」

 無駄にスタイリッシュなポーズを決めて上から目線で言ってくる痴女。どうしよう、リアルだったら絶対に関わりたくないタイプの女性だ。

 クロトが引いていると、ユミが一歩前に出た。

「私はユm」

「でも先に声を掛けたのは私なので神官クラスのヒメノと申します」

 自己紹介しようとしたユミを遮って、痴女が先に名乗った。フリーダム過ぎる。

 だが相手が名乗った以上、こちらも名乗らなければならない。

「……ユミです。クラスは弓兵です」

「盗賊のクロトだ……って、神官? そのナリで?」

 そう指摘した途端、

「ンだあ、新入りッ!? ヒメノちゃんを馬鹿にすんのかゴルァ!」

「ヒメノ様のありがた~いコスチュームの良さも解らないとは……素人めッ」

「ヒメちゃんを馬鹿にするのは俺たちが許さねーぞ!」

 彼女の取り巻きだろうか、ぞろぞろと20名ほどガラの悪い男性プレイヤー達が集まってくる。

「この人達は全員、貴女の仲間ですか?」

「ええそうよ、私を守る私だけの騎士たち。スゴイでしょ?」

『Foooooo! ヒメノちゃーん! 我らがアイドル!』

 ユミの質問にヒメノが誇らしげに答え、取り巻き達がはしゃぐ。

「神官じゃないのか?」

「取り巻きも騎士というより狂信者ですね」

 クロトとユミのツッコミに、ヒメノは愉快そうに笑う。

「言ってくれるわね、彼らを前にしてビビらないなんて気に入ったわ。どう、新人さん? 良かったら私のパーティーに入らないかしら?」

 つつ、としなやかな指を伸ばしてクロトの顎を持ち上げ、蠱惑的な眼を向けてくる。

「お断りですっ」

「うぉっ」

 がばっとユミが腕にしがみつき、ヒメノから距離を取った。

「クロトは私とパーティーを組むんですっ。貴女の所には行きませんっ」

 不機嫌そうにユミが断言すると、

「あら残念」

 余裕の笑みを浮かべてヒメノが潔く諦めた。からかって来ただけらしい。

「行きましょう、クロト」

「あ、ああ」

 手を引かれるままギルドの出口に向かおうとすると、

「あ、待って。これを持って行きなさい」

 左腕のコントローラーを慣れた手つきで操作しながらヒメノが引き留める。

 すると、クロトとユミの目の前にホロディスプレイが表示された。


 【ヒメノ(Lv.46)からプレゼントが確認されました】


 ・回復薬(小) ×2

 ・毒消し ×2

 ・雷の魔石(中) ×1

 ・氷の魔石(中) ×1


 【以上のアイテムを受け取りますか? YES / NO】


「これは?」

「お詫びとお近付きの印よ」

 茶目っ気たっぷりにウインクをするヒメノ。あざとい。

「回復薬や毒消しはともかく、この魔石というのは?」

「用途が幅広い万能アイテムよ。敵に投げ付ければその属性ダメージを与えられるし、鍛冶屋の所に持ち込めば武器や防具に属性を付与してくれる。FOLでは使用頻度が高いアイテムだからよく覚えておいてね」

 痴女っぽい恰好と言動とは裏腹に、意外と面倒見が良いプレイヤーなのだろうか? 貰って困るものでもないのでありがたく受け取ることにする。

「ありがとう、遠慮なく貰っておきます」

「……アリガトウゴザイマス」

 ユミは複雑な顔をして礼を言う。

 良い機会なので、ヒメノから未帰還者に関する情報を得られないか訊ねようとすると、

「ここにいたかッ、ヒメノぉッ!」

 鎧の上からでも解るほど、ガタイの良い美丈夫がギルドに現れた。

「げっ、ガーノ」

 先程まで大人の色気全開だったヒメノが一転、心底嫌そうな顔をして呻く。

 ガーノと呼ばれた男はズンズンとヒメノの前に進み出た。

「またこんなところで油売っていたのか」

「うっさいわね、どこで何をしようと私の勝手でしょ」

 呆れるガーノにそっぽを向くヒメノ。知り合いだろうか? 取り巻き達も苦い顔を浮かべるだけで、二人の間に介入せずに佇んでいる。

「……行きましょう。他所よその痴話喧嘩なんて私達には関係ありませんし、見ても面白くありませんよ」

「そうだな」

 同意してその場を立ち去ろうとする。

「ジェイソン達がにやられた! 仇を討つのにお前も協力してくれ!」

 二人の足が止まった。

「その話は前にも断ったでしょ! 私はただFOLを楽しみたいだけ、なのに未帰還者になるために戦うなんてゴメンよ!」

「頼む、協力してくれ! 回復役がいれば、あいつらを倒すことも出来るかもしれないんだ!」

「確実に勝てる保証もないでしょ! もうほっといてよ!」

「お話し中、失礼」

 クロトが割って入る。

「今、例のNPCと言ったか? 未帰還者を出しているっていう」

「……あ、ああ、そうだが」

 新参者が突然話に入って来てガーノは戸惑う。

「俺たちもそいつらを捜すためにこのゲームを始めたんだ」

「あんた達も?」

 ガーノとヒメノがレベル1のクロトとユミを交互に見た。取り巻き達も驚き、ギルド内はざわつく。

「実は、このゲームを勧めてくれた友人が未帰還者になってしまってな。リアルでは医学的にも行き詰まってしまった感じで、何とか助ける手掛かりがないかとFOLにログインしたんだ」

 それっぽい嘘を並べる。流石に現実での職業が探偵で、FOLを開発したゲーム会社からの依頼で調査に来ているとは言えない。

「良ければ、あなた方が知っていることを教えてくれないか?」

 ガーノは難しい表情を浮かべながらも、質問に応じてくれた。

「……あのNPCは、廃城ステージのクエストに挑む高レベルのプレイヤーを優先的に狙ってきているんだ」

「ああ、友人もそうだった。確か、レベル47はあったかな」

 資料を見て未帰還者となったプレイヤーのレベルを言うと、

「そういう意味じゃない」とガーノは首を横に振った。

「現に俺もレベル52だが、連中とはまだ遭遇していない」

 クロトは眉をひそめた。

「……どういうことだ? 高レベルの奴が優先的に襲われているんだろ?」

 何か出現条件があるのだろうか。

「レベルの他にあるステータス情報は知っているか?」

「個人戦闘技術や団体戦闘技術のことでしょうか?」

 ユミが答え、「その通りだ」とガーノが肯定する。

「単に目安としての数値的な意味でレベルが高いだけじゃ、廃城に行っても奴らは現れない。個々の戦闘力やパーティー全体の実力が高水準でなければいけないらしいんだ」

 高レベルは元より団体でのステータス平均値が高いプレイヤー達を狙って例のNPCは出現するという。

「それでそこのヒメノって人に、パーティー参加の協力を求めていたのか?」

「……その通りだ」

 ガーノが頷き、ヒメノが苦い表情で視線を逸らす。

 彼女もLv.46の高レベルプレイヤーだ。ガーノとパーティーを組めばそれだけで全体ステータスの平均値が上がり、例のNPCと遭遇する確率も上がる。だが未帰還者になるリスクを考えて、ヒメノはパーティーでの戦闘を避けているようだ。

「なるほど、よく解った。他にはないか? 例えば、連中を倒せる方法とか」

「遭遇したプレイヤーは全滅しているから解らない。むしろそれは俺も知りたいくらいだ」

 それもそうか、とクロトは頷く。

「結局、連中に関して解っているのは出現条件と装備だけだ」

 近代的な全身ボディアーマーに銃火器という出で立ち――運営側が一瞬だけ捉えた監視映像は既にマスコミを通じて知れ渡っている。剣や弓などの原始的な武器よりもリーチが長く、魔法よりも強く速い装備で固めた相手にどこまで渡り合えるか未知数だ。もしかすると、最初から勝負にならないのかもしれない。

「それでもあんたは奴らと戦うつもりなのか?」

「ああ、皆で楽しく過ごしていた世界を滅茶苦茶にしてくれたんだ。俺たちの楽しみを奪ったのは許せない」

 強い怒りを秘めた声でガーノは答えた。

 正義感の強い暑苦しい奴だと思うが、クロトは嫌いじゃない。いつの時代、理不尽な仕打ちに怒りを覚え、何かしらの行動を起こせる者はそれだけで英雄だ。

 それはきっとゲームの世界でも同じなのだろう。たかがゲームなれど、その世界が守るに値する価値を見出した英雄は命を懸けて戦うのだ。

「色々教えてくれてありがとう。それで、情報の対価なんだが」

「いや、これくらい別に良いよ。それにお前は新規プレイヤーだろ?」

 所持金はおろか、差し出せるような貴重なアイテムなど持ち合わせていないことはガーノも理解していた。

「俺たちを雇ってくれないか?」

「……は?」

 クロトが何を言ったのか、ガーノは理解できなかったようだ。ヒメノ達も目が点になっている。

「俺たちをあんたのパーティーに入れてくれ、と言ったんだ」

「……どうしてそうなるんだ?」ガーノが訊ねる。

「俺たちは今回の事件の真相を明かして未帰還者を助けたい、あんたは未帰還者にされた仲間の仇を討ちたい。利害が一致しているなら、共に行動するのもアリだろう」

「いやいや、レベル1の初心者と組んだところで――」

「レベルの数値はただの目安と言ったのはそっちだ」

 ガーノの呆れた発言を、クロトは不敵に遮る。

「俺個人の戦闘技術が高ければ、奴らと出会う確率も高くなるんじゃないのか?」

 暗に、レベル1の新参者がレベル52のベテランに匹敵する実力を有していると宣言したようなものだ。未帰還者絡みの事件を差し引いても、自信が多分に含まれた挑発である。

「……へぇ、随分な自信家だなお前」

 表情を消したガーノの手に金色の光が迸り、身の丈に届きそうな戦斧が一瞬にして現れた。

「ここは一つ、決闘しないか?」

「決闘?」

「一対一の戦闘システムのことです」

 首を傾げるクロトに、ユミが解説する。

「貴重なアイテムや装備を賭けて、あるいは単純な力比べ目的でプレイヤー同士が戦う時に使われます」

「勿論、お互い合意の上でだ。その実力、見せて貰おうか」

 クロトの前にホロディスプレイが展開される。


 【ガーノ(Lv.52)から決闘を申し込まれました。挑戦を受けますか?】


 迷いなく『YES』を選択する。

「よし、表に出ろ。噴水前なら広さも申し分ない」

「屋内だとその得物が充分に活かせないからな」

 クロトはガーノの戦斧を指差す。遮蔽物のない開けた場所での白兵戦では、リーチの長い長柄武器が極めて有利だ。

「言ってくれるじゃないか盗賊風情が。負ける理由としては上々だ」

「そっちも『レベル1の初心者に遠慮したから』とか言って、負けた時の言い訳にするなよ」

 クロトは淡々と、ガーノは楽しそうな笑みを浮かべてギルドの外に向かう。

「……あんな顔をするガーノを見たの、久しぶりかも」

「ゲームは楽しんでこそ、楽しんでこそのゲームですよ」

 呆然とするヒメノにユミはそう言うと、二人を追い掛けた。

 ヒメノとその取り巻き達も後に続く。



 冒険者ギルドを出てすぐの噴水前。広場で対峙するクロトとガーノを囲むように野次馬が集まる。即席だが決闘の場が出来上がっていた。

「開始の合図は?」

 腰裏から短剣を抜いたクロトがガーノに訊ねる。

「ない。強いて言うなら、決闘は互いに名乗りを上げてから始まる」

「鎌倉武士かよ。それはまた律儀と言うか、ロマンと言うか……悪くないな」

「だろう?」ニヤリと笑うガーノは戦斧を肩に担ぐようにして構えた。

 表情を引き締めて「始めるぞ」と宣言し、クロトも頷いて身構える。

「重騎士レベル52、ガーノ!」

「レベル1、盗賊のクロト」

 ガーノは高らかに、クロトは静かに名乗りを上げ、

「いざ!」

「尋常に」

「「勝負ッ!!」」

 決闘の火蓋が切って落とされた。

 先攻したのはガーノ、素早い突進から距離を詰め、大上段に構えた戦斧をクロトの脳天に振り下ろす。武器の性能から威力もリーチも遥かに優れている上に、それを操るガーノの速度も半端ではない。

 誰もが一撃でクロトのHPが消し飛ぶと疑わない中、クロトは流れるように紙一重で必殺の一撃を躱しつつ、擦れ違い様にガーノの首――頸動脈へ短剣を走らせた。

 金色に光る派手なエフェクトと共にダメージが発生し、ガーノの目が、ユミを除く野次馬たちの目が驚愕で大きく開かれる。

「ふんッ!」

 即座に立ち直ったガーノは、振り向き様に戦斧を薙ぎ払う。現実では急所を深々と切り裂かれたら致命傷だが、ゲームではその限りではない。戦闘向きではない盗賊クラスでレベル1の初期装備では一撃で致命傷には至らないのだ。まして相手は高性能の装備で固めたレベル52の重騎士である。

 誰の目から見ても、両者には圧倒的なステータス差が存在する……筈なのだ。

 クロトは身を屈めて戦斧の横薙ぎ回避しつつ、太腿の大動脈を切り裂く。またも金色のエフェクト――クリティカルが発生する。

 クリティカルとは、キャラクターの身体構造に存在する『急所』を的確に捉えた時に発生するダメージボーナスだ。

 対人戦闘の場合、心臓や首など現実に則した急所に攻撃すれば、使用武器の性能数値以上のダメージがボーナスとして上乗せされる。

 新規登録したばかりのクロトはレベル1にして装備も貧弱。圧倒的性能差のあるガーノを討つには積極的にクリティカルを狙っていくしかない。それは純粋にプレイヤーの高い技量が要求されるわけなのだが、クロト=クロガネの運動神経と戦闘技術、何より圧倒的不利を覆す実戦経験値は人並み以上に豊富である。

 戦斧を振り抜いて僅かに硬直したガーノの脇下――鎧で護られていない急所に刃を突き立てると、背後に回り込んで今度は首筋に深く突き刺す。そして捻りを加えながら短剣を引き抜きつつガーノの背を蹴って一時距離を取った。

「ふむ」

 態勢を整えながら、クロトは空を見上げる。

 空には決闘中の二人のHPゲージが表示されていた。ここまで四回連続でクリティカルダメージを与えたが、ガーノのHPは全体の五分の一程度しか削れていない。

「現実ならとっくに死んでいるんだがな……」とクロトは呟く。

 そんな不満とは裏腹に、野次馬たちは皆驚愕してざわついていた。

 どうやらレベル1の初期装備で格上相手にここまで渡り合えたプレイヤーは居ないらしい。

 彼らは知らない。クロトは現実世界において戦斧を操る戦闘用オートマタと生身で渡り合い、撃破したことを。その経験がガーノを圧倒していることを。

「……なるほど、想像以上にやるな」

 真剣な表情で称賛するガーノ。その手にある戦斧が赤いオーラを纏って、刃の部分に集中している。

「どうやら接近戦では、そちらに分があるようだ」

「それはどうも。今度は遠距離からの攻撃かい?」

「その通り、だッ!」

 ガーノが戦斧を振り抜くと、三日月状の赤い光刃が飛来した。棒術の演武のように戦斧を旋回させる度、無数の光刃が迫りくる。

 アサルトスキル〈ムーンスライサー〉。刃がある武器ならどれでも習得可能な汎用攻撃スキル。威力は低いが消費MPも少なく連発できるのが強みで、近接戦が主体のクラスでは貴重な遠距離用の攻撃スキルとして重宝されている。

 速度もかなりのものだ、現実で言えば恐らく拳銃弾と同等の速さはあるだろう。

(だが射出するタイミングが解りやすい)

 クロトは紙一重で、されど余裕を持って回避する。

 拳銃なら視線と銃口の角度から照準を、引き金に掛けている人差し指から発射のタイミングが読める。

 一方で、この光刃は戦斧を振り抜いて射出する。上から下から横からと振り抜いた武器に合わせて光刃も角度が変化するが、それも柄や腕の角度から予想できる。あとは一直線に飛んでくるただの刃物だ。銃弾並みに速いとはいえ、事前に飛来してくるコースと角度、そして刃渡りが解ってしまえば避けるのも容易い。

 ガーノが驚愕の表情を浮かべつつも、戦斧を振るって次々と光刃を飛ばしてくる。

 だが、一つも掠りもしない。ふと避けた光刃を目で追うと、野次馬たちの手前で霧散した。どうやら決闘に関係のないプレイヤーには被害が出ない仕様のようだ。

「このぉッ!」

 両足を踏ん張り、柄の端を両手でしっかり握り、高々と天を突くかのように戦斧を構えた――その時点で、クロトは全速力で駆け出す。

 一際大きく輝き、巨大化した戦斧――上級アサルトスキル〈パニッシュメント・アックス〉が、神の鉄槌の如く振り下ろされる――が。

「がっ……ぁ…!」

 必殺の一撃を放ったガーノが、苦悶の声を漏らす。

 戦斧を振り下ろした両腕の間、ぴったりとガーノの胸に密着したクロトの短剣が深々と喉を貫いていたのだ。必殺スキルが発動した直後に受けたクリティカル判定のため、カウンター補正も追加されてガーノのHPがごっそりと削られる。

 捻りながら短剣を引き抜いたクロトは、即座に屈んでガーノの背後に回る。その際に股間を切り裂き、膝裏を蹴って跪かせ、左手で髪を掴むと首の後ろ――頚椎に刃を深々と突き立てて引き抜く。

 ガーノの頭に星が回る。クリティカルダメージの連続に一時的な行動不能――スタンが入ったのだ。

 ここぞとばかりにクロトは畳み掛ける。

 動けないガーノの目を切り裂き失明――『状態異常:暗闇』――させ、首に何度も短剣を突き刺し、渾身の蹴りを食らわせて噴水に突き落とす。

 そしてコントローラーを操作して先程ヒメノに貰った紫色の魔石を取り出し、噴水に投げ入れた。

「ちょっ」

 ヒメノが引きつった声を上げた直後、噴水に紫電の稲妻が炸裂した。

 FOLの世界では、水場での電撃は威力が倍増する仕様だ。

 電撃が収まったのを見計らい、今度は青い魔石を噴水に投げ入れる。

「そこまでするっ!?」

 ヒメノが悲鳴を上げた直後、白い光がほとばしって噴水の水が凍り付いた。

 当然、水中に居たガーノも巻き添えである。

「さて」

 余裕な様子で空のHPゲージを見上げるクロト。

 人体急所ばかりを狙った一連のクリティカル攻撃と電撃で、ガーノのHPは十分の一にまで減っていた。しかも凍り付いた噴水に閉じ込められたため、『状態異常:凍結・窒息』を起こし、残りHPゲージが赤く点滅しながら徐々に減っていく。

「このまま力尽きるか、まだ向かってくるか」

 立ち向かおうにも水中補正で満足に動けない上に、失明状態ではコントローラーの操作も困難だろう。されどクロトは油断なく噴水から目を離さずに待ち構える。

 ……やがて、ブザー音が高らかに鳴り響き、決闘終了の音声がどこからともなく聞こえてくる。ガーノのHPゲージはゼロになったのに対し、クロトは無傷だ。

「ぷはぁッ!?」

 唐突に、水没していた筈のガーノが噴水横に現れた。HPがゼロになったため、決闘開始地点にリスポーンされたようだ。

「生きてるかー?」

「……一回は死んでる」

 クロトの呼び掛けに、戦斧を杖代わりにして立ち上がったガーノが応じる。

「一回で済んで良かったな。リアルだったら十回以上は死んでたぞ」

「……ああ、まったくだ」

 戦闘――というより、一方的にボコボコにされた余韻が引くのを待ってからガーノは笑みを浮かべた。それはどこか清々しく、楽し気な笑顔だ。

「おめでとう、クロト。お前の勝ちだ」

「それはどうも」

 ガーノの称賛に、クロトは短剣を背中に回して軽く一礼した。

 直後、野次馬たちから爆発的な歓声が上がった。


 レベル1の新人プレイヤーが、レベル52のベテランプレイヤーを下す。


 図らずもジャイアントキリングを達成した偉業に、クロトの名は始まりの街タートスを越え、FOLの全ユーザーに知れ渡ったのだった。




「うーん……」

 決闘後、ギルドの酒場コーナーに腰を下ろしたクロトは腕を組んで困ったような唸り声を上げる。彼の視線の先にあるのは自身のステータス情報だ。

 いつの間にか、クロトのレベルが34に上がっていた。

 これは『レベル差30以上による圧倒的不利からの勝利ボーナス』適用によるものだ。いきなりレベル52のガーノを倒したことで莫大な経験値を得たからだろう。

「大幅なレベルアップはともかく、クラスが変わるのはどういうことだよ」

 クロトのクラスは『盗賊』から『暗殺者』に変化していた。

「変化、というよりは更新だな」

 真向かいの席で酒が注がれたジョッキを片手に、ガーノが説明する。

「クラスチェンジは戦闘スタイルが反映されるんだ。ある特定のレベルに達すると、それまでのプレイスタイルに最適化された上級職へ自動的に上書きされる。俺も重装備でゴリ押しプレイをしていたら、いつの間にか『戦士』から『重騎士』になっていた」

「脳筋よねぇ」

 隣の席でしれっと言ったヒメノの足を踏み、ガーノは話を続ける。

「俺が知る限り、盗賊クラスから派生する上級職は二つ存在するんだ。盗賊スキルを強化した上位互換の『怪盗』クラス。攻撃力と防御力が上がって前線でも活躍できる『忍者』クラス。だけど『暗殺者』は俺も知らない、初めて見るクラスだ」

 調べてみると、〈索敵〉や〈トラップ作成・解除〉などの盗賊固有のスキルはそのままに、全体的なステータスは盗賊クラスよりも軒並み上昇していた。

 特にクリティカルの発生率とダメージ補正率が抜群に伸びている。加えて、〈錬成術〉という固有スキルが追加されていた。ユミが言うには『錬金術師』クラスの固有スキルであり、ショップやダンジョンなどで調達した素材を組み合わせてクエスト中でもアイテムの生成が出来るという。

「先程の決闘から考慮するに、暗殺者クラスの解放条件は『一回の戦闘で発生させたクリティカルが一定数に到達』と『アイテムの効率的使用、もしくは生成』といった所でしょうか」

 クロトの隣に座るユミがそう仮説を立てると、一同は「なるほど」と納得する。

 言われてみれば思い当たる節がある。確実に仕留めるために急所を集中的に狙い、魔石を使って噴水というオブジェクトを効率的な攻撃手段として利用したのだ。

「アイテム云々はともかく、クリティカルに関する条件は厳しいわね。意図的に狙うプレイヤーって滅多に居ないわよ、このゲーム」

 大胆に片膝を抱いてガーノに踏まれた箇所を撫でるヒメノ。意図的なのか無意識なのかは定かではないが、スカートの奥にある下着が丸見えだ。

 クロトは意識的にステータス画面に視線を戻す。直接確認せずとも、隣の相棒が不機嫌そうな顔をして見つめているのが解るからだ。

「クリティカルって、そんなに難しいものなのか?」

 素朴な疑問に、ガーノとヒメノは揃って呆れた。

「あのなぁ……いとも簡単に連発するお前には解らんだろうが、普通はお互いに動いている中で急所を狙うのは難しいんだ」

「ガーノみたいに鎧を着込んでいる奴も居るから簡単に防げてしまうでしょ?」

 クリティカルは極めれば最弱武器でもあらゆる敵に討ち勝てる要素の一つでもあるのだが、互いに激しく動き回る中で急所を狙うのは至難のわざに等しく効率が悪い。そのため、レベルが上がるとより高性能な武器に持ち替えるプレイヤーが大半を占める。狙いにくいクリティカルのダメージボーナスよりも、高い攻撃力で確実にダメージを与えられる方が遥かに効率が良いからだ。

「ていうか、クロトは武道か格闘技でも習っているのか?」

 ガーノの質問に、クロトは渋面を作る。

「……昔、対人戦闘に関する訓練を少し」

「なるほど、そりゃあクリティカルも見切りのセンスもあるわな」

「ああ、何か〈見切り〉っていう名のパッシブスキルが付いているんだが、何だこれ?」

「パッシブスキルは条件が揃えば自動的に発動するスキルだ。大抵は防御や回復に関連したサポート系が多い」

「〈見切り〉は紙一重で攻撃を躱した際、体感で二秒間、自分以外の動きがスローモーションで映るの」

「……はぁ」と生返事をするクロト。現実世界でほぼ同じ特殊能力が使えるが故に、どうリアクションすれば良いのか解らない。

「この〈見切り〉ってスキルは何かデメリットがあるのか? 発動するための消費MPが多いとか」

「いや、パッシブスキルは基本デメリットなしだ」

 まるで能面になったかのように、クロトの表情が消える。

「どうした?」

「……いや、デメリットなしで使えるとか便利だなーと思ってな。決して妬ましいとかズルいとか思ってないぞ」


 パッシブスキル〈見切り〉


 言葉とは裏腹にその文字を妬ましい目で睨み付けるクロトを、ガーノとヒメノは不思議そうに見ていた。

「便利って言っても、パッシブスキルの取得条件はどれも厳しいからな。デメリットゼロは相応の見返りだと思うぜ。確か〈見切り〉の取得条件は……」

「一回の戦闘で敵の攻撃を連続十回以上、紙一重で回避する」

 思い出せず言い淀むガーノに代わってユミが引き継いだ。

「そうそう、それだ。よく知ってるなぁ」

「この『連続十回』というのが厳しくてね、〈見切り〉を使える人ってやっぱりスポーツとか武道の上級者であることが多いのよ」とヒメノ。

「俺はそこまで器用じゃないからな。防御に全振りして味方を守る盾役ばっかやっていたら、いつの間にか〈我慢〉なんてスキルを身に付けてた」

 パッシブスキル〈我慢〉の取得条件は『一回の戦闘で敵の攻撃を二百回耐えること』、その効果は防御力を上げてダメージを緩和し、受けたダメージの二倍の数値をアサルトスキルの威力に変換させるというものだ。

 クロトとの決闘で見せた〈パニッシュメント・アックス〉の威力は、〈我慢〉状態で受けたクリティカルダメージの二倍分も付加させていたのだろう。上手く躱したが、当たれば一撃でHPが消し飛ぶのは間違いない。

 もっとも、レベル1の初期値では戦斧の通常攻撃一発で即死になるため、クロトにとっては大した違いもないのだが。

「クロト、プレゼント箱に何か入ってませんか?」

 ユミがステータス画面の端にあったプレゼント箱のアイコンを指差す。

 言われて気付いたクロトがアイコンをタッチすると、運営側のメールが開かれる。

 内容は『クラスチェンジおめでとうございます!』から始まり、FOLが稼働して初の『暗殺者』へ到達したプレイヤーに対する記念特典として、専用武器『レッドラム』を贈呈します、とあった。

 メール画面を閉じると、目の前に光の粒子が集まって一振りの短剣が現れた。手に取って鞘から抜いてみると、「おおっ」と一同が声を上げる。

 戦闘に特化した大振りな短剣で、ルビーを加工したのかと思わせるような美しい深紅の刀身が目を引く。

 そして鍔元には、『REDRUM』と銘が刻まれてあった。

「レッドラム……狙ってやったのか、運営側も皮肉な名前を付けたな」

 クロトは渋い表情を作る。

「えっ、どういうこと?」

「REDRUMの綴りを逆から読むと、MURDER……『殺人者』という意味になります」

 首を傾げるヒメノに、ユミがそう説明する。

「『暗殺者』に『殺人者』か、ピッタリじゃないか」

「どちらもその呼び名が気に入らない」

 ガーノの正直な感想に対し、クロトが強い口調で忌々し気に吐き捨てる。

「クロト?」

「……すまない、物騒な名前だったからつい」

 驚くガーノに我に返ったクロトは、バツが悪そうに短剣を鞘に収める。

「優しい人なのね、貴方は」

「……そんなことはない」

 ヒメノの評価を否定するクロト。雰囲気が悪くなる前にユミが割って入る。

「それで、これからどうします?」

「俺としては、クロトが仲間になってくれるのは歓迎だ。ただ……」

 ガーノはちらりとユミを見る。まだ彼女のレベルは1のままだ。

「もしかして、あんたもクロトみたいにリアルで強いのか?」

「いいえ、私は特に武道もスポーツもしていません。現時点での私を戦力として組み込むのは推奨しかねます」

「お、おう、そうだよな」

 臆面もなく断言したユミに、ガーノはたじろぐ。

「まずはユミのレベルアップだな。今日はじっくり鍛えて、本格的にパーティーを組むのは明日以降で良いか?」

「ああ、それで構わない」

「リアルの方は大丈夫か?」

「問題ない。こっちは時期的に時間の都合が取れるんだ」

 ガーノが頼もしく断言する。

「……そうか、それなら良い。明日はよろしくな」

 席を立つクロトとユミ。

「ああ、よろしく。それとレベリングなら、初心者は街外れにある闘技場を使うと良いぞ」

「闘技場だな。解った、行ってみる。今日は色々ありがとう」

「ありがとうございます」

「こちらこそ」

「気を付けてね、また会いましょう」

 手を振るガーノとヒメノに見送られ、クロトとユミは冒険者ギルドを後にした。



 ギルドから去っていく二人を見送ったガーノは、ヒメノに訊ねる。

「それで、お前はどうする?」

「……明日は私もパーティーに入れてくれないかしら?」

 先程まで非協力的だったヒメノの申し出に、ガーノは驚く。

「良いのか?」

「私はFOLを楽しめれば良いのよ。彼らを迎え入れてすぐ廃城に向かうわけでもないでしょう?」

「それはそうだが」

 パーティーでの役割や連携などの確認のため、例のNPCが現れるとされる廃城以外で何回かクエストをこなす予定だ。

「私は未帰還者になるのは御免よ。でも彼らとクエストをやってみて、心変わりがあるようなことがあれば、貴方に協力してあげる」

 嬉しそうな表情を浮かべるガーノを見て、ヒメノは慌てて付け加える。

「あくまで例のNPCをどうにか出来るって確証が得られたらの話よ。勝てる見込みがないって悟ったら、私はパーティーを抜けるわ」

「検討してくれるだけでも充分だよ、ありがとう」

「……ふん、じゃあね」

 鼻を鳴らして不機嫌そうに席を立つヒメノを黙って見送る。何だかんだで面倒見が良い彼女のことだ、明日に備えて必要なアイテムなどを揃えに行ったのだろう。

「……不思議だな、近い内に俺も未帰還者になるかもしれないってのに」

 久しく忘れていた、純粋にゲームを楽しんでいた頃の感覚が蘇ってきた。自然と頬が緩むのを自覚し、酒――次のクエスト中、一時的に索敵能力が上がるサーチャー・ハイボールを一気に飲み干す。

「っし、行くか!」

 ドンッと木製の杯をテーブルに置くと立ち上がる。

 単独限定の討伐クエストに、ガーノは楽しそうな笑顔で挑戦する。

 現実世界では弱い自分を変えるために訪れた誰もが英雄になれる世界へ、彼は今日も挑み続ける。

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