潔癖症

アール

潔癖症

その男は大の潔癖症であった。


1日5度は体を洗わないと気が済まないし、バスや電車などの、沢山の人が利用する交通機関を使用した事はこれまで一度もなかった。


何故なら彼曰く、大勢の人が吸ったり吐いたりしたいわば使用済みの空気は吸いたくないのだという。


という訳で、彼は昔からあまり人と関わらずにこれまでの人生を孤独に歩んできた。


しかし彼も今年で社会人。


美容グッズの会社に就職した彼は、毎日毎日汗水垂らして働いていた。


そんなある日のこと。


美容グッズの会社に就職した彼に、上司から出張の命令が下された。


行き先はなんと海外だった。


すぐさま彼は出張の準備の為に一度自宅へ帰ると、荷物をまとめた。


そしてすぐに空港へ向かうと、飛行機のチケットを購入した。


チケットを握る彼のその手は、ブルブルと震えていた。


生まれて初めて利用する交通機関。


潔癖症の彼にとって、ただでさえ人の多い空港でも吐き気がするのに、もっと密集された飛行機に乗る事は、彼にとっては苦痛以外の何物でもなかった。


だが乗らないという選択肢はない。


出張先はこの飛行機を経由しないと行く事ができないからだ。


ため息をつきながら男がそう考えていると、その時学校のチャイムのようなメロディが空港内に大きく響いた。


「お客様にご連絡いたします。

〇〇時〇〇分発、〇〇行きの便の搭乗時刻となりました。 繰り返します。

〇〇時〇〇分発、〇〇行きの便の搭乗時刻となりました……」


飛行機搭乗時刻のアナウンスである。



そのアナウンスの声をきっかけに、ようやく彼は覚悟を決めると搭乗口の方へとゆっくり歩き出した。











その日の夜。


各局のニュース番組は揃って、とある事件について大きく報道していた。






「……ここで臨時ニュースをお伝えします。


今日の未明、一機の旅客機が〇〇市の山中へと墜落しました。


搭乗していた270名のうち、269名は全員死亡しました。 繰り返します。


搭乗していた270名のうち、269名は全員死亡しました」





……そしてここでテレビの画面には、一人の若い女性が映し出されていた。


中継先のアナウンサーが、その女性に対して黒いマイクを向ける。



「……貴方は唯一の事故の生存者です。

その時機内では一体何が起こっていたのですか?」







「私は全てをはっきりとこの目で見ていました。


この飛行機事故の原因は、私の隣に座っていた若い男が原因なのですわ!


飛行機が離陸してから30分ほど経った頃でしょうか。 


突然その男が席を立ち上がり、そしてこう大声で叫んだのです。


"ちくしょう、やっぱりもう耐えられない!" って。


……それからはあっという間の事でした。


突然、男は窓側に座っていた私を押しのけると、綺麗な景色を写していた透明な窓ガラスを叩き割ろうとしたのです!


もちろん私達周りの人間達は止めようとしましたわ。


必死に彼を窓から引き剥がして取り押さえようと。


ですが行動に移した時にはすでに遅く……」


そこまで話し終えた後、女は涙で濡れた目をハンカチで押さえながらゆっくりとその場に崩れ落ちた。


そんな彼女の肩をゆっくりと支えながら、アナウンサーは最後にこう締めくくった。


「危険思想を持っていた為におこしたテロなのか。

それとも周りを巻き込んでおこした集団自殺だったのか。

犯人と見られる男の動機は今も謎なのであります…………」












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

潔癖症 アール @m0120

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ