第9話 持統天皇之章④

「着いたわ、この中よ」

 何となくそんな気はしていたが、そこは同人誌などを扱う某有名書店と人気メイドカフェなどが建ち並ぶ、秋葉原という街を象徴するような一画だった。中に入るとメイド服に身を包んだ可愛らしい女の子達が出迎えてくれる。一瞬でも外の惨状を忘れさせてくれるような和やかな雰囲気だ。

「お帰りなさいませ、ご主人さまぁ」

 あれ? 僕は何しにここへ来たんだったっけ。

「VIPルームへ」

「かしこまりましたぁ、こちらへどうぞ」

 はたしてメイドさんに連れられて入った、真理がVIPルームと呼ぶその部屋は、先程の華やかな雰囲気を微塵も感じさせない、薄暗くどこか新古典主義を思わせるような場所だった。奥には当然のように白い顎鬚を長く伸ばした爺さんが鎮座する。そうだ、思い出した、僕達は詠人について話を聞くためにここへ来たんだった。

「邪札の館へヨウコソ。儂に何か用かね」

「ご無沙汰ね、館主。今日は新人を連れてきたわ」

 館の主がその視線を真理から僕に移す。

「お前が新しい詠人召喚士ポエトマスターか。今やこの秋葉原も多くのヨミビトで溢れておる。よく無事で辿り着いたものじゃな」

「はあ、どうも宜しくお願いします。さてそれでは聞きたいことがあるのですがよろしいですか? 実はこの札なんですが……」

 僕は館主に藤原実方朝臣サネ藤原道信朝臣ノブの札を見せ、事情を説明する。先程の戦いで消えていった猿丸太夫や柿本人麻呂は札にならなかったのでそのあたりも気になる。

「なるほど、お前が蝉丸ジャグラー持ちとな。それでは確かに他の百人一首札を取り込むことは出来ぬ。その札も宝の持ち腐れというやつじゃ。まあ稀に瘴気の濃い場所では召喚システムを介さず顕現化を成す者もおるから全くの無駄というわけでもないが……」

 サネやノブを含めてこれまで敵として現れた詠人はそういう存在なのだろう。溢れる情念や人々の思いによって現世に顕現するというのも既に聞き及んでいるところだ。

「札化するのはその詠人が心を許した証だとされておる。詳しい条件は分からぬが、いずれにしても詠人がお前を認めたということじゃろう」

 そうか、柿本人麻呂や猿丸太夫のように、ただ倒すだけでは仲間にならないのか。まあどうせ札になっても召喚出来ない僕には関係ないけど。

「せっかく二枚の札があるんじゃ、お前、札合体してみぬか? 札合体とは簡単に言うと合成ガチャみたいなものじゃ」

 ガチャ? 簡単に言ってもらったところ悪いんだが、僕には何のことかわからない。まあでも持ってても使わない札だし、サネとノブにはもう一度会ってみたかったけどどうせそれも叶わないならいいか。

「ではその札合体というのをお願いします」

 僕は二枚の札を館主に手渡した。

「ふむ、新たに誕生するのは藤原敏行朝臣キャリグラファーじゃな。初期歌術は『岸による波ストライクウェイブ』、水系統の攻撃歌術じゃ。なかなか良い詠人じゃぞ」

 合体前にそんなことまで分かるのか。真理も顔馴染みのようだし、やはりこの合体は召喚士にとって重要なんだろうな。

「構いません、それでお願いします。僕がすることは何かありますか?」

「お前はそこで見ておれ。ではいくぞ!」

 何か呪術的な趣向が施された台の上で二枚の札が光を放つ。そしてそれが一つに纏まろうとした時、その札目掛けて周囲から幾筋もの光が降り注いだ。何とも幻想的な光景に僕が見惚れていると館の主が慌てた様子で札を手に取る。

「ぬおおお! 何という事じゃ。こんなことは初めてじゃ。失敗したのか? いや違う、札は確かに完成しておる。じゃが、じゃが……」

 館の主のこの驚き様、何だろう、何かアクシデントかな?

「これを見よ、『藤原不比等フジワラレジェンド』! こんな札は百人一首にも存在せんはずじゃ。」

 不比等というのは藤原家の元祖ともいうべき半ば伝説的な人物、それくらいは僕も知っている。なるほどそれでレジェンドか。でも百人一首の人ではないって言ってたけど、この人も詠人なのかな?

「館の主、予定とは違ったけど強そうじゃないですか。ありがとうございます。こんなこともあるんですね」

「札の合体は云わば邪法、予期せぬことが起こることはある。しかし百人の歌人ハンドレッドポエト以外が現れるなど初めてのこと、貴重な札じゃ、大切にせい」

 僕は館主から不比等レジェンドの札を受け取る。念のために……

『詠人読み込み開始……サクセス、ネーム藤原不比等フジワラレジェンド

 あれ? 読み込み出来た? 何でだろう、もしかして百人一首の歌人じゃないから蝉丸さんの条件に引っ掛からなかった、とか?

「あら、詠人に加えられたのね、良かったじゃない。ちょっと召喚してみてよ」

「何から何まで予想外の出来事じゃな。儂も藤原の家祖、見てみたいのぅ」

 二人の期待に満ちた目を見るに、多分僕に拒否権は無い。まあ出し惜しみすることもないけど。

「わかりました。サモン……」

『詠人召喚開始……サモン藤原不比等フジワラレジェンド

 真理のように召喚システムの発するメッセージを大声で先取りすることなど、まだ僕には出来ない。だって意味ないよね、それに恥ずかしいし。

「俺を呼んだのはお前か? 貧相な面構えだが、まあいい。俺は不比等、よろしく頼む」

 光と共に現れたのは壮年の荒々しい男だった。鋭いその眼光には強い意志が窺える。大丈夫かな、怖そうだけどちゃんと言う事を聞くのかな?

「僕は夢島ゆめのしま貫之かんじ、宜しくね、不比等さん」

「俺の事は不比等でいい。貫之か……ふん、面白い。実方と道信が世話になったようだな。ありがとな」

 お? サネとノブの事もわかるのか。

実方サネさんと道信ノブさんをご存知ですか? お二人の希望を叶えることができなくて、すいません」

 僕がそう言うと、不比等はハハッと笑みを零した。

「ご存知も何も俺の中には総ての藤原がいる。だからこそのレジェンドだ、代わってやろうか?」

 言うや否や、不比等を取り巻く雰囲気が柔らかいものに変わる。表情は険しいままなのだが、不思議なものだ。

「おおこれは久しいでおじゃるな、貫之殿。いやいや貴殿が我の望みをいつも心の片隅に置いていてくれたこと、我は嬉しく思うておじゃる」

「そしてこのように家祖の体を借りて現世に顕現できた今、貫之殿には感謝の言葉しかおじゃらん」

 多分サネとノブ、二人が交互に喋っているんだろうけど、正直どっちがどっちかわからん。まあ二人のユニゾン精神攻撃に晒されなくて済むのは有難いけど。

「お二人も元気そうで何よりです。ええと、不比等の中には他にも藤原某が存在しているんですか?」

「おうよ、敏行に義孝、血筋に関係なく藤原ってやつは大体俺ん中にいる。そして俺はそれら藤原の持つ全ての歌術が使える。どうだ、すげぇだろう?」

 いつの間にか元の不比等に戻っていたが、確かにそれは凄い。そうか、先程の札合体の時に降り注いだ光、あれは他の藤原の魂だったのかもしれないな。

「心強いです、不比等、頼りにしてますよ」

 そう言って僕は不比等をシステムに戻した。

「あなたの詠人は規格外ばかりね。でも調子に乗ったら駄目よ、蝉丸と不比等でちゃんと連携が取れるようにしておきなさい」

 確かに真理の紫式部と清少納言は見事な連携だった。あれが詠人召喚士の戦いか、と僕は感心したものだ。諦めていた二人目の詠人、これは真理の言う通り僕がきちんと使いこなさなければいけないな。

「じゃあ次に行こうか、真理。館の主、どうもありがとうございました。僕達はこれから東京駅の首都解放戦線リベレイションフロントトキオを訪ねます」

「うむ、儂も良いものを見せてもらった。東京駅地下街、あそこにはヨミビトだけでなくお前達と同じ詠人召喚士ポエトマスターがおる。秋葉原では強大な詠人をも退けたそうじゃが、召喚士同士の戦いはまた特別なものじゃ。決して油断してはならんぞ」

 最後まで名前がわからなかった館の主に見送られて、僕たちは秋葉原を後にした。詠人との実戦、新しい仲間、この街は僕にとって得るものの多い訪問となった。

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