第4話 蝉丸之章④

「あ、争う気はないでおじゃるよ」

「あ、争う気はないでおじゃるよ」

 怯える表情の二人は僕に言われた通りにバンザイのポーズを取った。彼らが蝉丸さんのような詠人だとして、変な術を使われると厄介だなと思っていたが、どうやらその心配もなさそうだ。

「二人同時に喋らないで。僕は夢島ゆめのしま貫之かんじ詠人召喚士ポエトマスターです。お二人は詠人なのですか?」

 うん、ポエトマスターのくだりは恥ずかしいな、おい。何か他の名称は無いものか。


「いかにも、我は藤原朝臣ふじわらのあそん

「いかにも、我は藤原朝臣ふじわらのあそん

 順番に喋ってくれるのはいいが、言ってることが全く同じだぞ、二人とも。

「ええと、貴方があそんさん、そして貴方もあそんさん? 同じ名前なの?」

「いやいや朝臣というのは帝陛下より賜りし八色の姓やさかのかばねが一つ、まあ地位を示す呼び名におじゃる。我の名は実方さねかたと申す」

「そして我の名は道信みちのぶと申す」

 ああ朝臣あそんか。八色の姓、藤原氏とか物部氏とか……うん、聞いたことはある。

「わかりました、サネさんにノブさんね。でお宅らは何か術とか使えるの? 歌術だっけ?」

 正直この二人のことは百人一首にいたかどうかも知らない。僕が知っているのは百人の内、せいぜい有名な20人程度だろう。

「よくぞ聞いてくれ申した。我の歌術は『燃ゆる思ひスウィートハートファイアー』、ほらこのように指先に炎を点すことができるのでおじゃる」

 そう言ってサネが指をパチンと鳴らすような仕草を見せるとその指先に小さな炎が揺れた。って只のライター代わりじゃねえか。何? スウィートハート? 乙女か!

「我の歌術も聞いて欲しいでおじゃる。『恨めしき朝バッドモーニング』といって朝の目覚めが少し悪くなるでおじゃる」

 ほう、早起きを課てとするサラリーマンには辛い術だな……ってこちらも全然役には立たねえな、おい。サネさんのライターのがまだましに思えてくる。何その少し悪くなるって、ぼんやりし過ぎでしょ。よくそんなんで自慢げに聞いて欲しいとか言えたよね。

 いや二人ともどうりで襲ってこないわけだ、ぜんぜん戦えないもの。

 僕は改めて蝉丸さんの凄さを実感しながらチームフジワラに目をやった。

「わかりました。で、お宅らはどうしてこんな所をうろうろしてたんですか? ああ、僕に何か尋ねたいことがあるんでしたっけ?」

「そうでおじゃる」

「そうでおじゃる」

 二人のユニゾンに思わずキッ、と睨みを聞かせる。歌術なんかよりもこちらの方が余程優れた精神攻撃ではなかろうか。

「ひぃえ、すまぬ、慣れぬ故許してたもれ。実は我ら二人はここいらの強い情念により偶然にも実体を得たのでおじゃるが、それも一時の事、直ぐにでもまた消えてしまうやもしれぬ。それ故我らが大殿、後鳥羽院キングエメリタス ゴトバの下へ急ぎ馳せ参じようとこうして当てもなく彷徨っておった」

後鳥羽院キングエメリタスの下で我ら殿ニュートラルの力を集結し、甦りし憎悪の塊である坊主カオスどもを粛正するのが宿願、故にその所在を尋ね歩いておった次第におじゃる」

 なるほど、百人一首でいうところの殿札と坊主札で争っているわけか。そうすると唯一の持ち札が蝉丸である僕は坊主陣営ってことになるのかな? まずいな、蝉丸さんのことはちょっと黙っておこう。

「すいませんが僕も朝起きたらこうなってましたので状況は全くわかりません。その、キングエメ……いいや後鳥羽院さんが何処にいるのかも知りませんし、お役に立てることは無いようですね」

「そうか、知らぬでおじゃるか。しかし貫之殿、ここでお会いできたのも何かの縁、我ら二人だけでは些か心細い故、同行を許してもらえんでおじゃるか?」

「ううん、僕はこれから自分の部屋に戻りますしお二人にとっては遠回りになっちゃいますよ。それにお二人を顕現化させておくためのマカペイも今はありませんし」

 僕がそう言うと二人は仲よく首を横に振った。

「いやいや貫之殿、貴殿に迷惑は掛けませぬ故。我らの札をお持ちになり、その詠人召喚システムで読み取って下され。そうすれば我ら貴殿のしもべとなりましょうぞ」

 そう言うやいなや二人の体が光に包まれ、やがてそれぞれ一枚のカードへと姿を変えた。それは百人一首の読み札のようなカードだ。

 僕はそのカードを手に取る。

「これがサネとノブの魂……召喚システムで読み取る? このバーコードのことかな、いや、まずは急いで部屋に戻ろう」

 ここで留まっていては何時また次の詠人が現れるかもしれない。サネもノブも非戦闘民のようだったので何とかなったが、狂暴な詠人が現れては敵わない。僕は足を速めた。

 濃霧の中、やはり井の頭公園は封鎖されたままだったので多少迂回はしたものの何とか自分の部屋まで辿り着く事が出来た。幸いな事に途中でヨミビトと出会うことも無かった。

 部屋に戻った僕はまずパソコンを開く。マカペイのチャージを行う為だ。ついでにクレジットやキャッシングの設定も上限いっぱいに変更しておく。正直今はこのマカペイが僕の生命線、金惜しさに命を落としたとあっては洒落にもならない。

 マカペイのチャージを終え、ネットに溢れるニュースに目を通す。東京を覆う霧、闊歩する怪物、インターネット上は異変を知らせる記事で溢れかえっている。そのためか通信が遅い。

「さて、どうしようかな」

 紅茶を淹れて一息ついた僕は改めてスマートフォンの詠人召喚システムを見直した。ふむふむ、この読み取り機能で札を読み取るのだな、よし、先程手に入れたサネとノブを仲間に加えておこう。

『エラー:エラーナンバーN0098 条件によりこの札は入力できません』

 ん? おかしいな、読み取れない。何度やっても同じエラーメッセージが出るだけだ。原因も判らない。条件がどうのと出るから何か制約があるのかもしれない。ただマニュアルも無いので詳しくわからないんだよなぁ。

 サネとノブにもう少し詳しく話を聞きたかったが仕方ない、諦めるか。そうすると、うん、お爺ちゃんにもう一度出てきてもらおう。

 僕は蝉丸さんの召喚ボタンを押す。

『詠人召喚開始……サモン、蝉丸ジャグラー

 光に包まれ再び現れる蝉丸さん。

「おう、先程はすまなんだな。ここがマスターの部屋か、無事辿り着けたようじゃな」

 僕は蝉丸さんにここまでの経緯を話す。

「ふむ、実方と道信か。若造どもも頑張っておるようじゃの。しかし後鳥羽院キングエメリタス ゴトバが既に顕現しておるとは、事態は思いの外進行しておるようじゃな。彼奴も悪いやつではないんじゃがの」

「蝉丸さんは後鳥羽院の事をご存知で?」

「無論じゃ。現在の居場所までは知らんがの。奴は殿ニュートラルの頭目ともいえる男、現世に顕現したとあればそこに殿属性を持つ詠人が集まるのも必然。まあ坊主カオスの奴等と違って話は通じやすいと思うんじゃが」

 サネとノブの様子を見るに蝉丸さんの言うことはその通りなのだろう。後鳥羽院も話のわかる人であれば良いが。

「あれ? でも蝉丸さんは坊主カオスではないんですか?」

 僕の常識ではキングオブボウズ、それが蝉丸さんのはずだ。

「もちろん儂も坊主カオスじゃ。しかし儂は徒党を組むのは好かん。幸いマスターに拾われてこうして実体化できておるからの。だが他の坊主には気を付けたほうがええじゃろうな、特に僧正遍昭グレイトビショップあたりは何やら良からぬことを企んでおるやもしれぬて。六歌仙ゴッドシックスはその力も強大じゃからの」

 僧正遍昭、その名前は僕でも知っている。六歌仙もまたしかり。有名処はやはり力も強いらしい。僕が名前を聞いたことがあるような詠人には注意しなければならないという事か。

「ではこれからどうしましょうかね、蝉丸さん」

「それはお主が決めればええじゃろ。マスターは何がしたいんじゃ?」

 ふむ、僕は何がしたいか、ここまでは身にかかる危険を振り払うのが精一杯であまり考えてはいなかった。漠然と会社に行かねばとは思っていたが。

「東京を覆う霧、これがヨミビトと関係があるのかはわかりませんけど、この霧を晴らしたいですね。それと詠人知らずに襲われているかもしれない街の人をなんとか助けてあげられれば良いんですが。それにはどうすればいいでしょう?」

 詠人召喚士、そして蝉丸さんという強力な詠人の力を得た今、自分が何とかしないとという思いはある。少しだけある。

「そうじゃのう、この霧が詠人と全く無関係とは儂も思えん。じゃがたとえ霧の発生源が詠人じゃとしてもそこに辿り着くにはまだ情報が不足しておる。東京の街を、現人まれびとを助けたいというならまずはテイカ殿に会ってみるのがいいかもしれぬな」

 テイカ? 僕に詠人召喚システムを送り付けてきたテイカーさんのことだろうか。なるほど、このシステムの開発者ならもっと詳しく事情を知っているかもしれない。

「と言っても、テイカ殿の行方も知れぬ。マスターは何か知っておらぬのか?」

 そりゃ僕が知るわけもない。いや、情報ならもう少しインターネットで探ってみるか。

 有象無象の情報が飛び交うインターネットの世界、異常な濃霧だの街の人が暴れているだのといった曖昧な話がほとんどだが、中にはこれと思える情報も確かにあった。

 曰く、『法と秩序の楽園へようこそ、共に手を取り合える仲間を募集しています。池袋秩序管理局』

 曰く、『我ら千年の怨念晴らす時来たれり、歌舞伎町に集うべし』

 曰く、『首都防衛に君たちの力を貸してほしい! 詳しくは東京駅地下街まで。レジスタンス有志』

 しかし結局テイカーさんの手掛かりは無かった。念のために送られてきたメールに返信しておこう。うぅん、しかし何れにしても遠い。歩けない距離ではないが、ここから真っすぐ進むとまず新宿は歌舞伎町に出ることになる。インターネットの情報を見るに千年の怨念などという物騒な場所は出来れば通りたくない。この霧では車も出せないし、電車も今のところ不通、これは早くも手詰まりか。

「蝉丸さん、テイカーさんの情報はありませんでした。とにかく一度僕の勤める会社がある日本橋に行こうと思うんですが、転送装置みたいなものはありませんか? 何か聞いてません?」

 日本橋なら東京駅からも比較的近い。レジスタンス有志というのはおそらく現代人だろうから一度接触してみるのもいいかもしれない。そこでふと思いついたのだが、こういう場合、得てして移動時間を短縮するためのご都合主義的な何かが用意されているものではないか。いや、無いか……

「転送装置? どういう物かわからんし、そんな物は儂は知らん。移動手段? ふむ、確かに歩いて移動するのは年寄りにはちと堪えるのぅ。なんなら儂の歌術で移動するというのはどうじゃ? 儂ゃ、空間の歪みを無理やり抉じ開けてそこを渡ることが出来る」

 おう! あるのか、そんな便利な術が。こりゃ蝉丸さん、本格的に超レアカードだな。

「儂はこの世界の場所はほとんど知らんのでマスターの記憶に頼るしかないが、ほれ、行きたい場所を強く頭の中に思い描くのじゃ」

 僕は言われた通り目を閉じ、僕の仕事場を頭の中に描いた。

「それ行くぞ、歌術『行くも帰るもゴーアンドリターン』」

 うわ……目の前に華麗な装飾に彩られた門が現れる。先の『逢坂の関ゲートオブナニワ』が地獄の門だとすればこれはさしずめ天国の門といったところか。いや、僕はまだ天国にも行きたくはないのだけれども。

「さあ、その門をくぐるのじゃ!」

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