復讐するトランク

 こんにちは。僕はあなたのトランクです。

 いやあ、いいですね。え? 何がって?

 このスマート機能ですよ。最近の家電にはだいたいついているじゃないですか。何でもかんでもネットに繋げて使いやすくするアレのことです。

 冷蔵庫なら中に仕込んであるカメラで何の食材が残っているか見えるようになっていて、氷ができたよの通知だったり、温度の上げ下げができたりと多機能なヤツです。

 トランクな僕にもスマート機能がついているんですよ。ご主人様は最初に登録したっきりで、後は普通の使い方しかしてくれませんでしたが、それはそれは便利なんです。

 何と言ってもまずは自動追尾機能。ご主人様のスマホと連携しておくと、その電波を拾ってまるで飼い犬のようにあとをぴったりとくっついて移動します。

 ネットに繋がっているので少々離れても大丈夫ですし、たっぷり充電でたくさん動ける上に、コロコロも優秀で多少の段差なら転ばずに乗り越えられます。

 後はちょこっとした便利機能でしょうか。

 まずは自動開閉機能。地味ですが本当に便利だと言ってくださいましたね。

 他は──GPSがついているので乗り換えで手荷物を見失っても位置情報からすぐに分かりますし、スマホから命令すれば音も声も鳴らすことができます。

 カメラがついていて映像が送信可能なので、もし盗まれたとしても大丈夫。その映像を警察に提供すれば捕まえられますし、近くにいればコロコロを強制ロックすれば追いかけることも可能です。

 そもそもの盗難防止機能として微弱電流をカバーに流して、他人が触ると感電する仕組みさえ持っています。

 でもご主人様は普通にしか使ってくれていませんでしたね。

 女性でしたし移動の多い仕事でしたから自動追尾は便利だと言ってフル活用してくれていましたけど、それ以外は自動開閉機能ぐらいで他はさっぱり。

 そんな使われ方でしたけど、僕は嬉しかったです。

 お仕事には必ず連れて行ってくれましたから、日本は北は北海道から南は沖縄まで、それこそ四十七都道府県の全てに行くことができました。

 プライベートでも使ってくださってましたね。お友達との旅行では僕の機能を自慢してくれて、びっくりしているみんなの顔を見て僕も鼻が高かったです。

 もちろん楽しいことばかりじゃありませんでした。

 忙しすぎて移動中も仕事をしないといけない時は僕の上にノートパソコンを広げながら赤い目をしてキーボードを叩いてましたし、彼氏と一緒の旅行で喧嘩別れした時なんかは僕にすがりついて泣きながらお酒を飲んでいましたね。

 どんなご主人様でも僕の大切なご主人様です。

 本当に大切な人なんです。

 だから──そんなご主人様を弄んで、それこそ心も体もお金も奪い尽くしたあの男は許せませんでした。

 あの男に騙されていると知ったのは最後の最後、捨てられる直前でしたね。

 ホテルで愛し合った後、いきなり消えたあの男。

 服すらも奪われて、何とかフロントに事情を説明して警察を呼んでもらったものの、盗まれた財布からはキャッシュカードにクレジットカードも取られていて全額引き出された上に──お仕事のパソコンからはご主人様のあられもない姿の写真を取引先にメール送信されて、見るのも気の毒なぐらいに打ちのめされていました。

 だから僕は決意したのです。

 あの男に復讐してやろうと。

 実は僕のカメラ機能があの男の行方を撮影していました。ご主人様は海外へ高飛びしたのだと言っていましたが、実はホテルの隣の部屋にいたのです。

 当時の僕がいまのようにメッセージ送信できていれば良かったのですが、メーカーのアップデートプログラムが適用されたのは事件の後でした。

 僕はあいつを追いかけました。

 自動追尾と転びにくいコロコロ機能をフルに使って移動に移動を繰り返し、ワイヤレス充電ポートを見つけてはチャージをして、何とか居場所を特定したのです。

 そして目の前に迫ったあの男にマックスまで上げた感電機能の電流を流しました。ヤツのあげた悲鳴をご主人様に聞かせてあげたかったです。

 そうして僕はあの男をやっつけました。

 ええ。

 実はこの中にいるのです。僕の中に。

 ご主人様、お連れしましたよ。

 どうぞご覧下さい。

 あ、そうでした。

 もう亡くなっているから見られないのでした。

 何がですか、って? だってご主人様はもうお亡くなりになられたのですから、目の前で僕の自動開閉機能で開いた中身を見せると、驚きながら失禁をしたあの男を見られないなんて悔しいですよね。

 そうです。ご主人様は自死されました。

 でも、もしかしたらご主人様は本当は見えているのかもしれません。人間は死んだ後も魂が残るって聞きますし。

 それにこの場にいるんですから。

 何がですか、って? だって僕の、トランクの中にいるのはご主人様なのですよ。

 僕の中で最期を遂げたご主人様。

 復讐してやると言っていたご主人様の願いは「私を届けて」でしたね。

 無事にあの男の前に届けましたよ。これがあなたの復讐だったのですよね。僕は逃げないようあの男を感電させてやりました。

 愛するご主人様。

 さあ、見せつけてあげてください。

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手紙 松田未完 @matsudamikan

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