異星人からのメッセージ

 ある真夏の蒸し暑い夜、国立天文台の観測所で天体の位置観測をしていた研究員が驚きの声を上げた。

「何だ? 何がおかしいんだ……!?」

 それは遠く数億光年彼方の距離にある電波源の天体だった。

 よくあるクエーサーやパルサーの類であるとして軽視されていたものだったが、各地の天文台を結ぶネットワークを通じてチェックしていると、地球の動きに合わせて、まるで何かを伝えるように電波を送ってきている事実に気がついたのだ。

 すぐさまチームにエスカレーションし複数の研究者でチェックされたものの、地球に向けて電波を発信しているという事実は揺らがなかった。

 周波数は一四二〇メガヘルツ。これは宇宙においてもっとも普遍的な元素である水素の放つ周波数であり、世界でも有名な地球外知的生命体探査プロジェクトのSETIにおいて異星人の採る通信手段として考えられているものだった。

 強い電波が地球に向けて、その公転も考慮して送られてきている。

 ──メッセージに違いない。

 そう確信した国立天文台は事実を公表し、各国の天文台と連携して電波をキャッチし続け集めた電波の解析に着手した。

 国立天文台がプロジェクトを組織し、SETIにも協力を仰いで参加した組織や個人研究者たちには惜しみなくデータを提供し、人類初となる総掛かりでの地球外生命体からのメッセージ解析プロジェクトが始まった。

 日を追うにつれ膨らんでいく参加者たち。総勢数万名とも言われるその顔ぶれはまさに人類の縮図そのものだった。

 天文学や物理学、数学等の理系学者はもちろん、歴史や考古学方面からも参加があり、さらには宗教、料理、ただの文化人や冷やかしも含めて、様々な分野のプロフェッショナルが集ってはフォーラムで意見を交換し、時には激論を交えながらも解析を続けていく。

 そのうちゆっくりと成果が現れ始めた。

 データから数学と統計学を用いてパターンが洗い出され、それらを言語学者が言葉を構成する形態素に当てはめていく。

 簡単に聞こえるその作業がどれほど大変だったのか。五年以上もかかってようやく解析の糸口が見えたという事実からも分かるだろう。

 そうして得た最初のメッセージが公表された時、世界はその意味を理解して震撼する。

「未知なる技術に深入りしてはならない。身の破滅だ。引き返せ」

 技術は正しく使ってこそ役に立つ。例えば火だ。

 制御した形で火の熱を使えばそれは鉄を溶かして農具を作り耕作に役立てるし、肉を焼いてスープを作りより美味しい調理が行える。しかし火を制御しなければ家は焼け落ち山を燃やしてあたり一面を灰に変えてしまう。

 メッセージを送ってきた彼らは技術の正しい使い方に気をつけろと警告してくれた。そしてメッセージはまだ九十五パーセントも残っている。

 つまり彼ら──地球外生命体はスーパーテクノロジーの中身を送ってきてくれたのだ!

 それは人類ができないと思っていた──ふわりと浮かんだ車を走らせる反重力に、時間を自由に行き来するタイムマシン、数億光年先の宇宙に飛んでいけるワープ航法だったり、もしくは人体を補強するナノテクノロジーや脳のアップロードのような、生命体の神秘や魂、不死のような霊的なものかもしれない。

 人々は沸き上がった。

 そのハイパーテクノロジーによって繁栄した彼らは、その技術によって滅んだか滅びそうになっている。

 自分たちはもう駄目だろう。しかしこの貴重な経験は伝えなければならない。次の知的生命体は二の轍を踏まないでほしい。

 そういう思いを込めた警告を序文としてスーパーテクノロジーの指南書ともいえるデータを送ってきてくれたのだと確信したからだ。

 世界中が興奮に包まれた。

 もはやプロジェクトは一部の人間が携わるものではなくなり、全ての国々がありとあらゆる人材をかき集めて世界が総力戦で行うものとなっていった。

 解析に関わらない人たちは解析に立ち向かう研究者のために資金や労力を惜しみなく注ぎ込んだ。

 メッセージが解析されたら既存の技術は意味をなさなくなるだろう。コンピュータですらただのおもちゃとなる未来がそこにあるのだ。

 今ある技術の上に成り立っている全ての経済活動も一瞬で揺らぎ崩壊しかねない。そんなことに力を使うぐらいなら、最低限のインフラ維持を除いて全ての資金と労力を解析に向けるべきだと世界は判断した。

 ありとあらゆる既存の研究は止まり、新しい技術が生まれなくなった世界は進歩が止まり、いつしかレトロなものがもてはやされるようになっていった。

 時代を逆行する流れに異を唱える人もいたが、その声は、何倍、何十倍、何百倍ものリターンがあると知っているメッセージ解析の向こう側にある楽園を信じた多くの人たちの声にかき消されていった。

 研究者たちは解析に勤しみ、その他の人々は食料やエネルギーの生産のみに従事する。

 解読はゆっくりと、しかし着実に進んでいった。

 十年が過ぎ、二十年が経過する。それでも歩みは緩やかでメッセージの全文解析まではほど遠い。

 次第に苛立ちを見せる人々が現れた。

 学者たちにタダ飯を食わせているだけではないか。世界の技術進歩は停滞し気候変動も収まらず、このままでは地球は駄目になる。

 一時は広がった彼らの声も、依然として大多数の人々が夢見ている新時代の到来という桃源郷の中に飲み込まれていった。

 それは技術革新が止まるということが多くの人々に与えた精神的な面もあっただろう。

 新しい物や仕組みを作るのは莫大なエネルギーがいる。そのための労力がなくなり現状維持だけになれば誰もが楽になる。

 あくせく働き常日頃からイノベーションに心血を注がずとも、今を大事に生き世の中が百八十度も変わるような革命的なその瞬間まで生き長らえることだけを目標とすればいいからだ。

 田畑を耕し家畜から肉を得てそれを配給し、平等に割り当てられるエネルギーで静かに暮らしていく。

 争いはなくなり各地の紛争も収まって平和が訪れた。市民の科学技術レベルは著しく低下し中世のような域にまで達したものの、それはハイパーテクノロジーを受け入れるために既存の技術を忘れる意味もあるとさえ言われて肯定された。

 そうして三十年が過ぎ四十年が経って、五十年目を迎えようという年。

 何代にも渡って解読を続けていた研究者たちは、ついにメッセージの全文を翻訳するという偉業を成し遂げた。

 遂にメッセージが明らかにされた。全世界で同時刻にブロードキャストされた地球外生命体からのメッセージが全人類の元に届けられたのだ。

 それはメッセージの送り主である知的生命体の歴史書といっても差し支えない内容だった。

 彼らのいる惑星は条件が良かったのか、十数億年で生命体が誕生し三十億年ぐらいで知的生命体に発展したらしい。

 地球の人類と同じように自然の猛威を切り抜け、他の大型動物から逃げ回りながらも武器を得て立ち向かい、倒して食料としつつ、穀物の栽培を編みだし、そこからコミュニティーの形成と役割の固定化という原始社会を作って発展させていった。

 技術の発展も人類と同じだった。

 鉄を見つけ武器や農具を作り、銃の発明で紛争をあちこちで起こし、微生物や細菌の存在を得て医学を発展させると、寿命が伸びた彼らは全体の知識が底上げされて益々栄えていった。

 しかし知的生命体としての進化はそこで止まってしまう。

 近隣の惑星へ進出したり何度イノベーションを起こしても、恒星のエネルギーを全て利用できるような、いわゆるタイプⅡの文明には手が届かなかった。

 革命的な発見が欲しい。ブレイクスルーはないのか。

 六十億もの同族がその一生をかけ、子供や孫の代にまで引き継いで研究を続けていったものの、何も得られなかった。

 停滞する重い空気の中、彼らが受信したのが──メッセージだった。

 地球の人類と同じように惑星上の全ての知的生命体が力を合わせて解読に勤しんだという。

 しかし彼らは統一された言語しか持っておらず、他の言語を解析するということ自体が初めてだったためプロジェクトは難航し、全文を知るまでに五百年をかけてしまったらしい。

 そうして得たのは──タイムマシンやワープ航法等のスーパーテクノロジーではなく、その星の歴史書だった。

 メッセージを送ってきた彼らの惑星は太陽にあたる恒星が末期を迎え赤色巨星となって膨張し、その熱に飲み込まれるという最後を迎えているところだった。

 光の速度を超えて旅もできず同じ恒星系の他の惑星は全てガス惑星で移住もできないことから死を覚悟したものの、せめてここにあった文明とその特色を誰かに伝えたいとメッセージを送ったのだった。

 滅びゆく惑星の物語を読むために五百年をかけてしまった彼らは、その間、今の地球と同じように技術革新を止め全ての経済活動を制限してまで解析に労力を注ぎ込んでしまい──結果、文明は衰退した。

 挙げ句、解析反対派による暴動から発展した核戦争で滅んでしまったという。

 このようなことは二度とあってはならない。二の轍を踏ませまいと最初に警告をつけてメッセージを送ったのだとメッセージは結んであった。

 スーパーテクノロジーの指南書でも生命の神秘でもない、ただの警告に五十年以上も費やしたことに気づいた研究者たちは、自分たちのしたことに恐れおののい、その多くは絶望のあまり自ら命を断ってしまった。

 残されたのは現状維持しかできない一般人のみ。

 地球の文明も衰退してしまった。放っておいたせいで気候変動は激しくなり気温も上昇して海水面も上がって陸地は狭まり、砂漠化も進行して食糧難に見舞われた。

 スーパーテクノロジーがないと知った人々は諦観の域に達して何もできなきなり、各地で起きる暴動を国家は抑えられず紛争に次ぐ紛争で荒廃していった。

 このままでは人類は滅亡してしまう。ある天文学者が立ち上がった。

 こんなことは二度と起こさせてはならない。この戒めを広く伝えよう。

 そうして彼は使われなくなった天文台に赴き、全天に向けてメッセージを送り始めた。

 序文はこうだ。

「このメッセージの解析に総力をあげるな。警告だし大した内容はない。でも読んでほしい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る