地獄より

 こんちは。

 あー、手紙だとかしこまらなきゃいけないんだっけ? 親愛なる何々様? それとも拝啓? かしこみかしこみ? そりゃあ神社か。

 面倒くせえからこのままでもいっか。

 いやあ、あんたに手紙を書けって言われちゃったもんでね、嫌々書いとるわけですよ。すんませんね。

 何で書いてるかって? ほら、閻魔様ってご存じでしょ? 地獄の裁判官。あの人にせめて文化的なことの一つや二つぐらいしろって言われちまったもんで。

 なんだい、文化的って。あたしは産まれてこのかた文化的なことは何一つしてこなかったんですよ。

 むしろ飲む打つ買うばっかりでね。悪いことは大抵やったクチなんですよ。そりゃもちろん、強盗、人殺し、何でもござれ。

 ともかく勉強なんざ二の次、三の次。遊ぶことしか頭になくてねえ。

 その日も誰かんちに押し入って時計を盗んでね、思ったより高く売れたもんでいつものスナックで散々飲んだら道ばたで寝ちまって。

 気がついたら凍死しちまったわけですよ。

 いやあツイてねえのなんの。でもやりたいことやって死んだんだから本望っちゃ本望だったわけで。

 どうせ地獄に落とされてなんか働かされるんでしょ? まあ地獄なんてそうそう見れるもんじゃなし、どうせ似たようなヤツらがいるんなら適当に仲良くなりながら罰ってのを受けつつ、ノンビリ来世でも待とうって考えてたわけですよ。

 それをね、あの閻魔様ってが許してくんないわけですよ。

 何でも最近は、あたしと同じ考えのヤツが多いそうで。これっぽっちも反省してないってんですよ。そんでそのまま転生しちまうとかで、結局同じようなことをして地獄に落とされてくる。

 いい迷惑だって閻魔様はガチで怒ってましてねえ。

 そこで閻魔様ってのが一計を案じたそうなんですね。

 そういうヤツらは学がない。文化的なことをしてない、動物と同じだからこうなるってんです。だから地獄で文化的な活動をさせて頭を良くさせりゃ、こんなことにゃならんだろうと。

 その一環として手紙を書けってことなんですよ。

 まずはその荒くれた気持ちを落ち着かせようってんで、ペンで文字を書く手紙がいいってなったそうで。

 確かにいきなり勉強しろって言われてもこっちも困りますからねえ。だから大人しく従ってペンを走らせてるわけですよ。

 そんで、ちょっと慣れてくる。そうすると人間、誰かに送りたくなる。それで見ず知らずのあんたに送ってみたわけです。

 これを読んでるってことは、無事届いてるんですよね?

 どうですかね? あたしの手紙はきちんと読めてますかね?

 ちょっとでも読めてたら嬉しいってんですよ。こっちもやった甲斐がある。

 ところで不思議に思ってるでしょうね。

 地獄に落ちたあたしの手紙を、何でこの世のあんたが読めるのかって? 不思議ですよねえ。

 でもね、ちょっと考えたら分かるってんですよ。

 つまり、これは地獄からの手紙じゃないってことで。

 この手紙を書いたのはこの世のあたし。受け取って読んでるあんたもこの世の人。

 手紙が読めてるってことは、あたしのところに返送されてないってことで。つまりあたしはあんたの住所を知ってて、そしてあたしは強盗でも人殺しでも何でもござれのワル。

 つまり地獄に落ちるのはあんたってことで。

 ああ、後ろ振り向いちゃダメですよ?

 だってイヤでしょう?

 最後に見るのがあたしの顔だなんて。

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