第4話 紫煙、私怨、終焉

「うぅ。気持ち悪い……」


 少女はそう呟くとその場でびちゃびちゃと嘔吐おうとした。

 足元に広がる魔物の肉片と、真っ赤な血と、少女の吐瀉物としゃぶつが混ざり合う。


 気が付くと、仲間の悲鳴におびき寄せられたのか、目の前の道には数多の魔物の列が出来ていた。


 少女はうつむいたまま苦しそうに肩で息をしている。


 少女の視界の外から魔物たちの触手が伸び、いままさに少女に――触れる寸前で、その触手が飛び散った。


「……あぁ。ちくしょう。……思い出させるんじゃねぇよ」


 短剣を握った男が少女の前で仁王立つ。

 目線は未だに宙を泳いでいる。


 男は手に持つ短くなった魔草の残りを一息で吸い上げ、かぱーっと白い息を吐きだした。


「ハハハ。くそったれ。……なーんか楽しくなってきたなァ。……お前ら全員ブチ壊してやるよォォ!!」


 男は狂ったように笑い声を上げると、目の前の魔物に向け短剣を振り下ろした。

 その瞬間、魔物の身体がぐしゃりと潰れる。


 短剣は魔物に触れてはいない。


 それは斬撃を飛ばしているなどといったようなものではなかった。

 彼のそれは、ただただ凄まじい剣圧によって魔物の身体を圧し潰しただけの、技とも言えないようなものだった。


 男はまるで踊るかのように、次々と魔物を駆逐する。


 剣圧で、斬撃で、あるいは自らの拳でもって。


 その戦いはまさに狂人。

 恐怖も躊躇ちゅうちょも倫理感も、

 一切合切置き去りにした、そんな戦い方だった。


 当然、そんな戦い方でダメージを受けないはずはなく。

 男の身体はみるみるうちに傷だらけになっていく。


 しかしそれさえも魔草に侵され、痛覚を忘れた男にとってはなんの抑止力にもならなかった。


 最後の一体を切り伏せると同時に、男もその場で仰向けに倒れこんだ。

 空は下界の争いなど素知らぬ顔で、美しい星空の化粧をしている。

 飛び去っていたはずの痛覚が、徐々に目を覚ましていく。


「あぁ、ちくしょう」


 男は震える腕で、ズボンのポケットから紙で巻いた魔草を取り出す。

 それを口に咥えてその先端に人差し指を当てると、指先から蝋燭ろうそくほどの火が灯った。


 男は火のついた魔草をゆっくりと吸い上げる。

 男の呼吸に合わせて、魔草がジジジと音を立てて短くなっていく。


 ゆらり、と男の頭上で揺れる影が見えた。


 瑞々しい金色の髪の奥の目は、まるでガラス玉を無理やり押し込んだような、生気の感じられないものだった。


「……あぁ。お嬢ちゃん。こっちに来な」


 少女は大の字に寝っ転がっている男のそばで膝をつく。


「なぁ、お嬢ちゃん。……狂ってるか狂ってないかっていうのは、全部人様ひとさまが決めるんだってよ。……狂ってるよな、そんな世界」


 少女は微動だにせずに男の話を聞いている。

 いや、聞いているのかすら分からない。


「そんな狂った世界にはよ。……これくらいのは必要だろ?」


 男が吸いかけの魔草を少女に差し出す。

 少女の虚ろな目がそれを映す。


「あぁ、いいんだ。……それでいいんだよ、お嬢ちゃん」


 少女は男の手から魔草を受け取り、


 ――ゆっくりとそれを吸い込んだ。

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紫煙の勇者と狂った世界 飛鳥休暇 @asuka-kyuka

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