第2話 歴史に残らぬ戦い



 外に出たミヤビは、非常階段とルイワンダを使って工廠の屋根に上った。高い場所から基地内の状況を確認し、連中の目的を推し量るためだ。

 

 解体室から出ていった武装兵の集団は、そのまま工廠も出て、基地内に分散していったようだ。敷地内の至る所で銃声や爆発の煙が上がっていた。

 

 しかし、単なる敵対組織の攻撃、と見るには、いささか戦力が乏しく思える。そもそも、想生獣という巨大な生物の中に隠れて敵地に侵入し、奇襲を行うという戦術。送り込める人数は限られ、それ故に破壊工作が目的になるはずだ。こうして各所に散らばり、おおっぴろげに戦闘を行っても大した損害を与えられずに犬死するだけである。


 「それでもバラバラになって戦闘する理由といえば……例えば、自分たちに注目させる。まさか、ヤツらは囮か? 本当の目的を達成するための陽動?」

 

 ミヤビがその可能性に至った時だった。


 突然、けたたましい爆発が、轟音を引き連れて発生した。

 

 「うわあっ?!」

 

 大気をぶち抜く衝撃波を浴びて、ミヤビは屋根を激しく転がる。咄嗟にルイワンダを排気口に引っ掛けなければ、そのまま地面に落下していただろう。

 

 「何が起こった……?」

 

 打身うちみの体を無理やり起こし、ミヤビは爆発の原因を探る。目に入ったのは、空一面を覆いつくさんばかりの黒煙を上げる大聖堂。基地の中庭に築かれた、現代人の心の拠り所であるアマミラ教の礼拝施設だ。

 

 「そうか……ヤツらの目的は大聖堂! 各所の戦闘は陽動! それと同時に兵を足止めし、大聖堂に余計な戦力が集まることを防いだんだな!」

 

 集団の思惑を瞬時に看破したミヤビは、すぐさま屋根の上を走り出す。そして、端から高く飛び上がり、前方にある木に向かってルイワンダを振った。伸びたそれの先端が枝に絡まり、さらにキューブ同士が噛み合って、接合部を完全に固定する。

 

 そうすれば、振り子の要領でミヤビはターザンのように空中を滑り、高く空中に投げ出された。すぐにルイワンダを操作して枝から放し、落下する前に次の木に振る。そうして素早く、誰にも気付かれないうちに大聖堂の屋根に到達した。


 大聖堂は爆発によって半壊しており、屋根から中を覗き込めるようになっていた。そこは広い礼拝堂であり、顔に傷を持つリーダーの男を筆頭に、武装した集団が暴れ回っている。


 すでに礼拝堂は惨殺された死体と血の海に成り果てていた。そして、生き残りは礼拝堂の奥に追い詰められている。だが、それも集団の銃撃と刀による攻撃で1人、また1人と数を減らしていった。

 

 「観念しろ! 貴様らにもう逃げ場は無い!」

 

 傷の男が生存者たちに叫ぶ。よく見ると、生存者たちは互いに重なるように立ち並び、武装集団と対峙していた。

 それは、最後尾の人物を守る肉の壁。己の命を犠牲にしてでも守り抜く。そんな強い使命感が作り上げる魂の絆。

 

 そこまでして彼らが守ろうとしているのは、純白の祭服に身を包んだ1人の少女。

 

 その少女をミヤビはよく知っていた。アマミラ教にとって重要な6人の巫女の内の1人。第六世界ゴルドランテからやってきた、勇者と共に世界を平和に導く人類の救世主。


 そして、ミヤビの大切な幼馴染。


 フィオライト=デッセンジャー。

 

 「早くゴルドランテの巫女を差し出せ! そうすれば他の連中は見逃してやる! それとも全員、仲良くあの世へ行きたいのか?!」

 「や、やめて! もうやめて! みんなっ! 私はいいから早く逃げて! じゃないとみんな殺されちゃう!」

 「そうはいきません! あなたは勇者サティルフと等しく、人類の希望! ここで失うわけにはいきません!」

 「我らがあなたの盾となります! だからあなたは早く逃げてください!」

 「覚悟しろ悪党共! 我ら大聖堂を守護せし近衛このえ三剣士! 女神セルフィスの名の下に貴様らを断罪する!」

 

 フィオライトを守る人垣の最前列にいた3人の騎士たちは一斉に地を蹴り、雄叫びを上げながら武装集団に切り込んだ。

 

 右の赤褐色せきかっしょくの鎧を纏った騎士の剣は、形状を変化させる刃。時に長く、時に横に広がり、変幻自在の太刀筋で敵を翻弄する。

 左の白銀の鎧を纏った騎士の剣は、まばゆき光の刃。あらゆるものを切り裂くそれは、使用者の卓越した剣術によって、次々と武装兵の命を刈り取っていく。

 中央の金色こんじきの鎧を纏った騎士の剣は、燃え盛る炎の刃。ひとたび振り下ろせば、業火の津波が武装兵たちを薙ぎ倒し、跡形も残さず焼き尽くす。

 

 三剣士の活躍により、武装集団はみるみる数を減らしていった。

 

 「よし、いいぞ。このままヤツらを倒してフィオを助けてくれ……!」

 

 ミヤビが密かに応援する中、赤褐色の騎士が集団を突破し、傷の男に切りかかる。

 

 「天誅ううぅ!」

 

 躊躇いなく放たれた袈裟斬り。


 だが、傷の男はその一太刀を易々と避けて、すれ違い様に己の刀を振り抜いた。その速さ、三剣士と比較にならず。


 哀れ、赤褐色の騎士は胴体から真っ二つに分かれ、礼拝堂の床を無様に転がった。

 

 「なっ?!」

 「マートン!」

 「くそおおお!」

 「待て! クリス!」

 

 仲間の死を見て激昂した白銀の騎士クリスが、血相を変えて傷の男に突撃する。

 

 それを見受けて、傷の男は刀を鞘に納め、まだクリスが自身に達する前に振り抜いた。その瞬間、大量の砂塵が刀身から発生し、クリスの全身を一気に呑み込んだ。

 

 「うわああああああっっっ?!」

 

 その勢いにクリスはあえなく押し流され、礼拝堂のステンドグラスを割ってどこかへと飛んでいってしまった。

 

 まもなく、遠くの方からズズン、と重たい衝撃がやってきて、床を僅かに揺らす。後に続く音は無く、不吉な沈黙が充満する礼拝堂。ステンドグラスを失った窓から差し込む陽光が、床に舞い落ちていく砂塵を美しく輝かせていた。

 

 「おお……! さすがロクロ様!」

 「やはり聖伐せいばつ軍など我らの敵ではない! お前たちの悪あがきもここまでだ!」

 

 間も無く、武装兵たちは武器を掲げて歓喜の声を上げ始める。ロクロという男の圧倒的な力を目の当たりにして、自分たちの勝利を確信したのだろう。

 

 反対に、金色の騎士の表情は険しくなる一方だ。無理もない。自分と同等の実力を持っているであろう2人が成す術なくやられたのだ。このまま戦っても同じ運命を辿るだけである。


 けれど、金色の騎士が剣を収めることはない。その目に宿るのはプライドか、使命感か。絶望の底であっても信念を燃やし、ロクロを睨み付ける。

 

 「もう諦めろ」

 

 だが、そんな決死の瞳をロクロは嘲笑った。

 

 「そ、そうです! もうやめてください! これ以上、争いを続けても犠牲者が増えるだけです! だったら私が……私の命で皆が助かるのなら!」

 「フィオライト様……! 御身と引き換えに我らを救おうとするそのお心遣い、感謝の言葉もありません。しかし! 大聖堂を守り、無辜の者の盾となるのは我らが務め! 今さら命を惜しみ、あなたを見殺しにしたとあっては死んでいった同胞たちに顔向けできません!」

 

 そして、金色の騎士は火花を散らす剣をロクロに向けた。

 

 「例え、刺し違えてでも貴様を討ち取る!」

 「……やれやれ。時間の無駄だな」

 「覚悟おおお!!!」

 

 両手で柄を握り、金色の騎士は頭上に翳した剣を振り下ろした。そうして生み出されるは、礼拝堂の壁から壁まで及ぶ巨大な炎の壁。長椅子や燭台など見境みさかいなく喰らいつくし、ロクロへと押し寄せる。

 

 傍にいるだけで肌を焼く猛烈な炎熱。それが急速に迫って、しかしロクロは冷静に刀を逆に持ち、床に刃を突き立てた。

 その瞬間、地中を巨大な蛇が進むかの如く一直線に床が砕け、岩盤が地上に突き出ていく。それは炎の壁を容易に突き破り、その先にいる金色の騎士の体を貫いた。

 

 「がふぁっ?! ……ご、ごれ、はぁっ?」

 「……だから諦めろと言ったのだ」

 

 ロクロは刀を床から引き抜いた。その刃先からは、さらさらと砂らしき粒子が流れ出ている。

 

 「我が刀は砂塵を生み出す。それは大地を侵食し、全てを我が刀と変える。あの光の剣を振るう騎士を仕留めた時、すでに勝敗は決していたのだ」

 「……! む……むね、ん……」

 「ああっ! フォルドー様!」

 「フォルドー様あああっ!」

 

 悔恨の言葉を最期に金色の騎士は力無く項垂れ、その手から剣が滑り落ちる。もはや燃えカスのような火の粉を散らすだけのそれは床の上を跳ね、無機質な音が虚しく響き渡った。

 

 「くそっ! あいつらでもダメなのかよ! 他の連中は何やってんだ?!」

 

 潰えた希望。それを悟ってミヤビは屋根を叩く。基地のあちこちでは未だに銃声と叫び声が上がっていた。まだ侵入者たちの足止めを喰らっているようだ。応援が駆けつける気配はない。

 

 つまり、後は残る人々でなんとか切り抜けてもらうしかないのだが。

 

 三剣士の死に泣き崩れる生存者たちを見る限り、望みは薄そうだとミヤビは落胆する。それでも……いや、だからこそなのか。零れる涙の数に比例して、フィオライトを守る人垣は一層の熱を帯びていくように感じられた。

 

 その様子をロクロも見取ったのだろう。嘆息し、彼は集団とは別の方向へと歩いていく。

 

 「面倒だ。全員、まとめて始末しろ。その後は計画どおり、礼拝堂内に展開して基地の者の侵入を阻め。私は上の階に行く」

 「はっ!」

 

 そうして、礼拝堂の奥にあるドアに向かっていくロクロに敬礼し、武装集団は生存者たちを包囲した。

 

 「くそ……! どうする? どうすればいい?!」

 

 間も無く、集団による一斉射撃が始まるだろう。そうなれば戦闘能力の無い彼女たちに命は無い。

 しかし、だからといって……。

 

 「ここで俺が出張るわけにも……! いや、だがっ……あああ~~~っっっ!」

 

 ミヤビは頭を掻き毟る。戦いに参加すること、それ自体は簡単だ。問題は。それを考えると、なかなか行動に踏み切れない。

 

 ――じゃあ、このまま見捨てるというのか?

 ――そんなつもりはない。だけど……。

 ――自分が戦う以外の方法は?

 ――なんなら援軍が来るまでの時間稼ぎでも……!

 

 「さぁ覚悟しろ! 巫女ともどもあの世に連れていってやるよ!」

 「……! いやもう! 迷ってる時間はねえ!」

 

 下からの声に決意を固めたミヤビはルイワンダを屋根に叩きつける。先ほどの戦闘で淡く輝いていたキューブがさらに光を強め、そのうちの三つを屋根に放り投げた。

 

 半秒後、キューブが連鎖的に爆発を起こし、屋根の一部を破壊する。それは瓦礫の雨となり、銃撃を始めた武装集団に降りかかった。

 

 「「「「「ぎゃあああああああっっっ?!」」」」」

 

 狙い通り、集団の半分は瓦礫に呑み込まれる。その全員が死んだとは思わないが、発砲を中断させる機会になったのは間違いない。

 そして何より、落下した瓦礫によって巻き上がる粉塵。それに紛れることで、ミヤビは安全に、誰にも気付かれることなく礼拝堂に着地した。

 

 「なんだ?! 天井が崩落したのか?!」

 「大丈夫かー?! おいっ、返事をしろー!」

 「ああくそっ! ホークとエルストイがやられた!」

 「ギャリクもだ! 畜生! これも女神の仕業だってのか?!」

 「落ち着け! それよりも生き残りがいないか確認しろ! 巫女は死んでるのか?!」

 

 集団は大声で呼びかけ合いながら生存者たちの場所を目指す。一寸先が見えない粉塵の中、そうすることでしか互いの位置を把握できないのだろう。その行為が、全員の居場所をミヤビに教えているとも知らずに。

 

 徐々に近づいてくる気配を感じながら、ミヤビは姿勢を低くし、ルイワンダの中心を握って構える。そして、集団の声が自身の周りに集った時、ルイワンダを握る拳で床を殴りつけた。

 

 その瞬間、キューブが弾けるように周囲へ飛散し、男たちの顔や腹を殴りつける。

 

 「うがはっ?!」「あぐう!」「いてえ! なん――ぎゃあっ?!」

 

 攻撃は終わらない。キューブは床や天井の瓦礫を反射して、さらに男たちに襲い掛かった。

 不明瞭な視界の中、四方八方から飛んでくる硬い何か。どこから飛んでくるか分からない以上、男たちに防ぐ手立てはなく、絶え間ない攻撃のされるがままに踊り続けるしかなかった。

 

 やがて、飛び交うキューブによって粉塵は霧消し、そこでミヤビは攻撃を止めた。キューブはミヤビの手に残ったルイワンダに戻り、バタバタと男たちが床に倒れていく。

 皆、全身を打ちのめされて気絶しているようだ。それを確認したミヤビは、すぐさまフィオライトの方に顔を向けた。

 

 フィオライトを守っていた生存者たちは銃撃によって死亡していた。そしてフィオライトは、凄惨な死体畑の奥で、彼らと同じように横たわっている。

 

 「フィオ!」

 

 ――まさか、間に合わなかったのか?!

 

 ミヤビはたくさんの死体に目もくれず、フィオライトの許に駆けつけた。間近で見る彼女の体に目立った外傷は無い。上体を抱きかかえて名前を呼ぶと、反応はしなかったものの、口からは緩やかな呼吸音が聞こえてくる。

 

 「…………はあ。気ぃ失ってるだけかよ……」

 

 気張っていた分、脱力感が半端なかった。ミヤビは重たく息を吐き出して、けれど、ホッと表情を緩める。

 

 「……アンタらの犠牲は無駄じゃなかったよ。ありがとな……そして、ごめんな」

 

 盾になってくれた人々に言葉を残し、ミヤビはフィオライトを担いで立ち上がった。ひとまず、彼女を安全な場所に移動させなければ。

 

 そう考えた矢先だった。唐突に、ミヤビの全身を悪寒が駆け巡った。

 

 ミヤビはその衝動に促されるまま高く飛び上がる。直後、床が砕け、地盤が剣山のように突き出てきた。数秒、遅れていたら、そのまま串刺しになっていただろう。

 

 「ほぅ。今のを躱すか」

 

 ミヤビをそう讃えるのは、床に刀を突き立てているロクロ。上に行くと言っていたが、天井の崩落を聞きつけて引き返してきたのか。

 

 「……お前は。あの部屋から逃げ出した男か。そんな腰抜けがなぜここに?」

 「…………」

 「…………ついさっき、オルダーとオースティンの死体が発見された、という報告があった。もしかして……お前か?」

 「…………」

 

 殺意を帯び始めるロクロを前にし、ミヤビは沈黙を守り続ける。受け答えが思い付かないわけではない。この状況をいかにして打破するか。それだけに思考を集中して他に意識を回せないのだ。

 

 「まあいい。どちらにせよ邪魔者は排除するだけだ」

 

 ミヤビからの返答を得られないと悟ったロクロは、刀を静かに構える。

 

 「くそっ」

 

 免れない戦いの機運。それを感じ取り、ミヤビもルイワンダを構えて立ち向かう。

 


 礼拝堂の外から響く破壊音は、未だ途切れない。


 

 

 



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