第24話

 



「もう少し、もう少しだけ……俺に時間をくれないか? 半年だけだと、足りないんだ。もっと俺に、猶予を与えて欲しいんだ」



 俺はそう言って懇願する。嘘や誤魔化しも混じっていない、心からの、本心からの言葉である。



「……」



 それを伝え終えた後、香花は沈黙していた。悩んでいるのか、難しい表情をしている。



 彼女もどうするのが一番いいのか、決めかねているのだろう。迷いに迷っている。



 香花の主張としては、このまま俺を監禁したままの方が、彼女にとっては都合が良いのだから、そうしたいのだと思う。



 しかし、俺の本心を聞いてからはその考えに揺らぎが見える。光の灯っていなかった瞳には、感情の色が戻っていた。



(頼む……どうか、考え直してくれ……)



 本心を語ってしまった以上、俺に出来る事は、それを願う事しか残されていない。後は彼女の判断に身を委ねるしかなかった。



「まーくんは……」



 沈黙していた香花がゆっくりと口を開く。息を吐く様にして、俺の名前を呼んできた。



「まーくんは、どっちがいいの?」



 どっちがいいのか……それは何に対してだろうか。好きか嫌いか、彼女といる事といない事なのか。



 それとも……このままでい続けるか、解放されたいのか。



「こうして縛られているのと、そうじゃないのと」



 そう言いつつ、香花は俺を拘束している縄か紐に触れてきた。



 ちょうど腕を重ねている間の部分へ指を入れ、ぐいぐいと引っ張っている。



 それを聞かれたところで、もう俺の中では答えは決まっている。迷っている必要なんて無い。



「俺は……このままではいたくない。解放して欲しいんだ」



 きっぱりと香花に向けて、俺はそう告げた。彼女の考えに同調せず、自分の意思を貫くがままにそう言ったのだ。



「本当に……?」



「……そうだな」



「別に……このままでもいいんだよ? まーくんは色々と心配かもしれないけど、私がずっと養ってあげるから。心配なんて、いらないんだよ」



「……そう、かもな」



 彼女の言う通り……このままの状態で生活を送る事になっても、何も問題は起きないだろう。



 起きるとすれば、俺の精神が壊れてしまう事ぐらいだろうか。もしくは、監禁されている事が公に知られてしまい、事件として取り扱われてしまう事か。



 それ以外であれば、彼女は俺の世話を完璧にするだろう。彼女ならそれを、見事に遂行していくだろう。



 けれども……俺はそんな未来を、望んでなんかいないのだ。



「でも、俺は……今まで通りがいいんだ」



「……」



「今まで通りに香花と話して、香花と一緒に暮らしていきたい」



「まーくん……」



「そうじゃないと、香花の良さにも気づけない。本当の意味での同じ時間を、香花と共有出来ないから」



 監禁されれば、俺の時間はそこで止まってしまう。彼女の時間は動いていても、俺は延々と止まり続けるのだ。



 そんな事では、同じ時間を共有する事なんて出来ない。俺と一緒にいれても、実質的には彼女一人になる。



 これまでの半年間の生活と比べれば、天と地程の差がそこにはあった。それで香花は、果たして満足していけるのだろうか。



 多分、俺が壊れてしまう様に、香花も壊れてしまうと思う。今も少し壊れているかもしれないが、そんな未来が俺には想像出来てしまった。




「……そっか」



 俺からの返答を聞いた香花は、何か納得したかの様に小さく呟いた。



「その方が、まーくんにとってはいいんだね」



「……あぁ」



 彼女のその言葉に、俺は小さく頷く。



「そう。なら……」



 そう言ってから、香花は俺の傍から離れていった。俺に背を向けて歩き出し、彼女との距離はどんどんと離れていく。



 そして遂にはこの部屋から出て行った。扉をスッと音を立てずに開き、台所方面にへと足を進めていった。



 何をするつもりなのだろうか……と、俺は考えつつ、彼女が去っていった扉を見つめる。先の見えない不安からか、動悸が徐々に激しくなっていった。



 少ししたところで、香花が部屋にへと戻ってきた。何も変化は見当たらない―――と、思ったが一点だけ違うところがあった。それを俺は、はっきりと目にしてしまう。



 彼女の右手……そこには、あるものが握られていた。それは―――



「それなら……もう、これは必要ないよね?」



 香花はそう言うと、その台所から持ち出したものの先端を―――出刃包丁の刃先を、俺にへと真っ直ぐに向けてきた。



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