スカイシューターの矜持

Phantom Cat

1

「それ」を発見できたのは幸運だった。


 しかも高度はこちらの方が上。有利なポジションだ。


 若狭湾上空、高度15,000ft(フィート)。雲一つ無い快晴。時刻は0830時。米海兵隊岩国基地、第242戦闘攻撃中隊VMFA-242所属、F/A-18Dホーネットのパイロット、リチャード・「リック」・ヨハンセン中尉は神に感謝する。


「Profane 01, identify target. "Salty Dog 501". Engage(プロフェーン(242中隊機

 を示すコールサイン)01, ターゲット識別。"ソルティ・ドッグ501"だ。交戦開始)」


「Two(2番機、了解)」


 僚機ウィングメイトの短い応答を聞いた瞬間、ヨハンセン中尉は操縦桿を左に倒し、11時方向、2nm(ノーティカルマイル:海里)先の目標に向かってスライス・ターン(斜め下方宙返り)を開始する。


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 2018年のことだった。米メリーランド州、パタクセント・リバー海軍基地から、試作無人戦闘攻撃機 X-47B 、コードネーム "ソルティ・ドッグ" 501 号機が何者かに盗まれる、という事件が起きた。


 X-47Bはノースロップ・グラマン社が米海軍向けの機体として開発していたのだが、2016 年に開発がいったん中止されていた。その理由として一番大きかったのは、意外なことに、活躍の場を奪われると危惧した戦闘機パイロットたちによる反対だった。


 しかし、多額の税金を費やして開発したX-47Bをそのまま捨ててしまうのはあまりにも惜しい、と考えた米海軍は、自律する空中給油機としてそれを再利用する計画を打ち出した。かくしてX-47Bの飛行テストが再開された。その矢先の出来事だった。


 自律飛行テスト中の"ソルティ・ドッグ501"がいきなり応答しなくなり、姿を消してしまったのである。X-47Bはもともとステルス性の高い機体であり、レーダーには全く反応しない。従って行方を追うのはほぼ不可能だった。米軍は全力を挙げて捜索したが、ついに見つけることはできなかった。


 やがて、事件に関与したとして基地関係者が逮捕された。その人物の自白により、X-47Bが某テロ組織へと渡った、ということが明らかになった。しかし、依然としてその行方を掴むことはできなかった。


 それから約二年が経った。


 某テロ組織を調査中のCIAから、戦慄すべき情報が飛び込んできた。独自の改造を重ねたX-47Bを使って、東京オリンピックの開会式を狙った大規模テロが仕掛けられようとしている、というのである。しかもその内容が……


 福井県敦賀市の高速増殖炉「もんじゅ」を攻撃する、というものだった。


 とは言え、原子力発電所は非常に頑丈に作られているものなのだ。X-47B程度の機体が体当たりしようが、炉心へのダメージはほとんどない。


 しかし。


 某テロ組織は、地中貫通爆弾バンカーバスターを所有している、という。これは6メートルほどの鉄筋コンクリートを貫通できるものだ。しかもX-47Bに搭載が可能である。


 これを使えば、容易に「もんじゅ」の炉心を破壊できる。そして……


「もんじゅ」が炉心冷却に使っているのは、金属ナトリウム。それは外気にさらされると空気中に含まれる水分と反応し大爆発を起こす。京阪神エリアはほぼ壊滅するだろう。さらに、「もんじゅ」の燃料は半減期2万4千年のプルトニウム239を含む、MOX燃料。放出されたそれらは偏西風に乗り、大規模な放射能汚染を引き起こす。某テロ組織はそれを狙っているのだという。


 そして、7月24日。


 この日、新国立競技場では東京オリンピックの開会式が行われようとしていた。在日米軍の総力を挙げてテロを防ぐため、ヨハンセン中尉の飛行小隊フライトは朝から若狭湾をパトロールしていたのだった。


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