【書籍化】駅の伝言板から始まる恋物語

紅狐(べにきつね)

書かれたメッセージ


 僕にはずっと好きな人がいる。


 いつも同じ時間、同じ車両の同じ場所に来るあの娘。

僕が先に電車に乗り、その後ろから乗って来る彼女。


 一年からずっと彼女を見てきた。

今は高校三年、今年で卒業だ。


 初めて見た時の彼女は幼く、そして新しい制服が大きく見えた。

肩まであった髪も段々長くなり、腰までの長さになった。

長い髪は電車の扉が開く度に揺れ、僕の心を奪っていく。

次第に募る想い。


 僕は彼女に恋をした。


 ある日、その髪が短くなっていた。

何かあったのか、心配してしまう自分がいる。


 彼女はいつも本を読んでいた。

カバーがあるからどんな本なのかは分からない。


 一度だけ、駅を降りる時に使っていた栞(しおり)が落ちたのを拾った事がある。

無意識に手に取り、返そうとしたが彼女はもうホームから消えてしまっていた。


 翌日、彼女に拾ったしおりを手渡し、お礼を言われた。

今日この日まで、彼女との会話はそれだけだった。


 終点で一緒に電車を降りる。

改札口までは同じ道を歩く。

僕は無意識に彼女を目で追う。


 改札口を出ると人、人、人。

人の波に彼女は消えていく。


 学校が終わり、いつもよりも少しだけ遅い時間に電車に乗った。

いつもよりも人が少なく、まったく混んでいない。


 たった一時間の差でここまで変わるのか。

いつもの駅でホームで降り、改札口を通る。

朝と夕方のラッシュとは違い、人がまばらだ。


 ふと、伝言板に目が行く。

誰も書かなくなった伝言板。

僕が小学生の時は良く誰かが誰かに対して何かしらの伝言を残していた。


 携帯電話の普及と共に、次第に使われなくなり今では誰も利用していない。

そんな僕も携帯を持っている。伝言板を使う必要はない。


 無意識に備え付けられているチョークに目が行く。

白を一つ手に取り、周りを確認。


 誰もいない。

僕は初めて伝言板に文字を書いた。


『僕には好きな人がいます』


 心臓が高鳴る中、書いた文字はそのままに急いで駅から飛び出し、家に向かって走り出した。


――


 翌日、伝言板を見ると、僕の書いた字はまだ残っていた。

今日、学校から帰ったら消そう。


 今日も同じ車両に乗って来る彼女。

いつもと同じように、同じ場所で本を読んでいる。

僕には君の事を、遠くから見ている事しか出来ない。


 今考えると、顔から火が出てしまう。

あんな言葉を伝言板に残してしまった。早く消そう。

学校が終わり、昨日と同じ時間に帰ってくる。

この時間だったら人が少ない。


 辺りを見渡し、黒板消しを手に取る。

自分の書いた字を消そうとすると、隣の文字が視界に入る。

珍しい、誰だ伝言板を使ったのは。


 隣に書いてある文字。可愛い丸文字で書かれている。


『私には好きな人がいます』


 僕と全く同じような文面で誰かが書いていた。

悪戯か? 全く、一瞬ドキドキしたじゃないか。


 僕は自分の文字を消し、隣の字も消そうとした。

が、なぜか消してはいけないような気がした。


 周りを確認し、再びチョークで文字を書く。


『毎朝会う彼女に、僕はずっと恋をしている』


 我ながら名文だ。

この駅を利用する人何百人に見られている。

恥ずかしいけど、僕が書いているとはだれも知らない。


 隣に書いた奴も、俺と同じようにドキドキしているのかな……。


――


 翌日、伝言板を見ると、僕の書いた字はまだ残っていた。

昨日と同じだな。よし、今日は全部消して帰ろう。


 昨日と同じくらいの時間。再び訪れる伝言板の前。

そして、更新されている文字。


『毎朝会う彼に、私はずっと恋をしている』


 何だか楽しくなってきた。

例え悪戯かもしれないけど、僕だけが知っている悪戯。

そして、僕の隣に書き残している奴も僕と同じく楽しんでいるだろう。


 消すのはやめだ。

どっちが先に諦めるのか、勝負と行こう。


『僕は、いつも彼女の事を考えている』

『私は、いつも彼の事しか考えていない』


『僕は彼女に声を掛けたい。でも勇気が無い』

『私は彼に声を掛けたい。でも勇気が出ない』


 少しずつ文章が変わってきている。

何だろう、飽きてきたのか?


『彼女と一緒に登校したい。彼女の声を聞きたい』

『彼と一緒に通学したい。彼の声をもう一度聞きたい』


『君は誰だ? なぜ真似をする?』

『あなたは誰? 私は彼に想いを伝えたいだけ』


 何だかおかしくなってきた。

何時のまにか、伝言板を通じて会話っぽくなってきてしまった。


 そんな伝言ゲームを何日も続けた。

一体何人の人に見られているんだろうか。




 でも、そんな伝言ゲームにも終わりはやってくる。


『明日卒業する。この伝言が最後のメッセージ、元気でな。それと、明日告白するよ。応援してくれ』


 夕方、いつもの様に書き込みをして帰宅する。

俺は明日卒業する。結局毎朝会う彼女には声を掛けられなかった。


 だが、明日が最後のチャンスだ。

もしかしたら二度と会えないかもしれない。


 俺は雑貨屋で買ったピンク色のしおりと、一枚の手紙を小さな紙袋に入れた。

明日の朝、俺は彼女に想いを伝える。


 三年間ずっと片思いだった。

いつも見ていた彼女。


 たとえ振られても悔いはない。

言わない方が後悔するだろう。


――


 翌朝も昨日と同じ伝言板が、文字をそのままに残っている。

そこには今日の決意が書かれている。


 朝、いつもと同じ電車に乗り、いつも乗って来る彼女を待つ。

心臓が爆発しそうだ。


 来た! 彼女が来た!

だが、俺の足は動かない。声も出ないし、手も出ない。


 動け、動け、動けよ!

今日が最後なんだぞ! 何で動かないんだよ!


 何駅も通り過ぎ、終点に着いてしまった。

動け、動けよ!


 いつも降りる駅。

そして、人の波に消えていく彼女。


 ここで見失ったらもう、二度と会えない。

俺の想いを伝えられない。


「そんなのは、嫌だ!」


 思わず声が出てしまった。

人の波をかき分け、彼女の後を追う。


 そして、その手を握る。


「あ、あの!」


 振り返る彼女。

顔はキョトンとしている。


「こ、これ!」


 無理やり渡した。

握った彼女の手に、用意していた紙袋を乗せた。


「ずっと君のことが好――」


 人、人、人。

朝の混雑に人の波が押し寄せる。



 俺の人生で初めての告白は、人の波に揉み消され、彼女も消えてしまった。



 終わった。

終わりました。でも、彼女に手渡せたし、完全な負けではない。

うん、引き分けにしよう。


 心、ここになく、どっか遠くに飛んでいってしまった。

本来は卒業式に集中しないといけないんですけど、俺はもう上の空。


 はぁ……。

学校も終わり、筒を片手に一人呆ける。

両親は一足先に帰ってしまった。


 友人にカラオケに誘われたが、今日はそんな気分になれない。

俺の人生、ここまでだ……。


 肩を落としながら、荷物を整理し一人で帰る。

伝言板も今日の書き込みで最後だな。

奴との付き合いも長かったが、俺は失敗したよ。


 お前はうまくいくといいな。

一人電車に乗り、帰る。人生そう甘くはない。


 いつもの伝言板に立ち寄り、書き込みを見る。

最後だし、消して帰るか。

しかし、そこには目を疑う事が書いてあった。


『片想いだった彼に、今朝プレゼントをもらった。明日、いつもの時間、いつもの場所で』


 俺は周りも確認せず、自分の書いたメッセージを消し、新しく上書きする。


『今朝、片想いだった子にプレゼントを渡した。明日、いつもの時間、いつもの場所で』


 俺はその日、眠れなかった。


――


 翌日、いつもの時間、いつもの電車に乗る為駅に来た。

本当に彼女なのか?


 ホームに行く前に伝言板を見る。

そこには『おめでとう』と書かれた文字で埋め着くされていた。


 駆け足でホームに行く。


 そこにはいつもと同じように彼女が立っていた。

その手には俺が渡した栞(しおり)が握られている。


 大勢の人がいる中、俺の気持ちはもう止まらない。


「ずっと君の事が――」


「私はあなたの事が好き。プレゼントありがとう」


 彼女の手が俺の手を握る。

先に言われてしまった。


 ホームから改札口に戻り、彼女と伝言板を見る。

俺と彼女の文字以外は『おめでとう』で埋まっている。


 俺は自分と彼女の文字を消し、上書きした。


『二人で幸せになります』と。





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