第16話


 さて、ここから少しはわたしが語る事にしようと思う。


「大王さー、これで良かったの?」

 何とも間抜け面した同僚が、これまた気の抜けた声でそう問いかける。

 こちらはまだ執務中の時間なのだが、そんな事お構いなしに話しかけてくる彼は、剛胆なのかそれともただの空気の読めない者なのか、計り兼ねてしまう。

何より私と同等か、もしくはそれ以上に多忙であるはずのこの男が、私の執務が終わるのより速くここにいる事に違和感を覚えずにはいられないのだが。

 しかしそんな不可解さも含めて、私はこの秦広王という男が好きなのだから、最早何も言うまい。


「そうだね。彼女の計画は最初から分かっていたからね。こちらとしては天部の人たちに目をつけられない為に帳尻をあわせた結果だから……結果オーライってヤツかな」


 そう。総ては偶然だった。

 めぐりは次代の閻魔大王……つまり私の後継者だといっても、彼女は未だにヒヨッコに過ぎないのだ。

 完璧に事を為したつもりだったんだろうけど、どこかしこに穴があった。

 最初は元通りに戻して、彼女を叱りつけてあげようと考えていたのだが、彼女が操作しようとしている者達の名を、いや……その魂を見た瞬間、私の手は止まってしまった。

「其は広大無辺の大慈大悲にて凡てを包み込み、導く者……」

「懐かしいね。以前はよく言ってたよね。確か〜あれ? どれくらい前だったかな……」

「そうだね、本当に久しぶりに『あの人』になるであろう魂に再び巡り会えたからね」


 そう。数は少ないが、未だに『あの人』は生まれ続けている。

 それは大事にされた石像であったり、徳の高い僧侶であったり。

 いずれにしても他者からの愛を受けて育まれたり、自ら功徳を積んだ末に変ずることが多いと言われている。


 しかし稀に顕われるのだ。

 何も特別な事をしていなくとも『あの人』に近しく……否、正に『あの人』そのものになる者が。


「彼の国や周辺諸国の伝承では、わたしは『あの人』と同一の存在であると言われているけど……」

 私自身がどう思っているのかは、今は伏せておこう。

 その方が色んな諍いが起こらなくて済むだろうし、何より今後の楽しみが増えるだろうから。

 

 しかし今考えてみると、わたしがしてしまった事は、総ての世界に対する冒涜なのだろう。


「しかしね、それでも何の後悔もない。そうだね、何の後悔もないね」

 ニヤリと独りごち、台帳の最後の行に目を通し、パタンと音をたてながらそれを閉じた。


 そう、自らの積み上げてきたモノ総てをゼロにしてでも、見守り続けたいモノがある。

 それが罪であったとしても……。


 わたしは数億万……いや、那由他の時すら遥かに上回る刻を経て、わたしはそうゆうモノに出会ってしまった。


「見せてください、地蔵尊になりえる魂よ。貴方がどのような選択していくのかを。このわたしに……」


 さて。この物語は一旦終わりを迎える。

 これからどのような選択をしていくのかは、当事者の彼ら次第。

 わたしはただ……一人の裁定者として、最初の亡者として、少し離れたこの場所から事の成り行きを見守っていく事としよう。


「大王ー! 仕事終わったんなら呑みにいこうよ」

「秦広王さ、君ってヤツはホント緊張感なさすぎだよね……」

 思わず秦広王に白い目を向け、そう呟く。

 彼は不貞腐れた顔を作ったが、わたしにはまだ見なければならないモノがある。

 しかし当分はこんな緩さで、流されるままに過ごしていく事としよう。


 なに、暇をつぶすにはあの世も、そして現世も、悲しい事もそしてそれ以上に面白い事も満ちあふれているのだから。


 そうそう。お話を結ぶには、大事なシーンを見ていなかった。

 自らの傍らに置いた浄玻璃の鏡に映るその光景に笑みを浮かべ、私はそう口にします。

 ほら。既に彼はそれを見せ始めている。


「そうだろう、道幸くん?」


 まるで大事なモノを愛でるように、頬杖をついてそれを眺める。あぁ、なによりもこの瞬間が私は楽しいと思えるよ。


 だって君こそが、私の憧れ続けた魂の輝きを持っているのだから。








「ねぇ、話……聞かせてくれませんか?」

 静かに語りかける。


 見るだけしか、話を聞くだけしか出来ない僕は、彼らに何をしてあげられるだろうか。


 それはやっぱり分からない。

 何もするなと断じられるかもしれない。


 でも見えている。聞こえているから。

 僕は見続ける、聞き続ける。

 少しでも気が休まるのなら、僕は彼らに耳を傾け続けよう。


 いつか自分が、新しい何かを出来るようになるまで。

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