第4話 一つの可能性


 ミーリアは頭の中が真っ白になった。


 心のどこかで、転生した自分は特別な存在だと思っていたのかもしれない。

 小説サイトに出てきた主人公たちのように、隠れた魔法の才能があると信じて疑わなかった。


 よくよく思い返せば、自分は教会で行われた魔力適性テストのあとに、高熱を出して寝込んでいた。


 アドラスヘルム王国ではどんな辺境の地でも、八歳になった時点で適性テストを受けることができ、費用はすべて王国持ちだ。東の村の婆さんがぎっくり腰になった、などが最大トピックスであるアトウッド領にとって、魔力適性テストは年に一度の最大級のイベントである。


 アトウッド領ができてから百五十年、一度も魔法使いになれる人材が現れたことはない。


 ミーリアもそれに漏れず、魔力適性テストで『適性なし』と判定された。


(なんてこった……パンナコッタ……私、魔法使いになれない……どうしよう……このままじゃ一生この土地に縛られて生きることに……)


「ミーリア、ミーリア。どうしたの? 頭が痛いの? お水を飲みなさい、ほら」


 クロエが木製コップに水を入れてくれた。

 水を一口飲むと、どうにか冷静になることができた。


「クロエ姉さま……ありがとう。思い出してショックだっただけだから、心配しないでね」

「いいのよ。それに、違うでしょ。クロエお姉ちゃんでしょう?」

「あ、そうだった。クロエお姉ちゃん、ありがとう」

「どういたしまして」


 優しく微笑むクロエに癒やされ、ミーリアは一息ついた。


 お尻をずらして岩に座り直し、目の前に広がるラベンダー畑を眺める。


 紫色の海が風でざわざわと揺れており、村人の女たちが日除け帽子をかぶって花を摘んでいる姿が遠くに見える。

 話に夢中だったため、観光地のような長閑な景色に気づかなかった。

 こんなに美しい村なのに閉塞的な空気が流れていることが不思議でならなかった。


 冷静になった頭で、昨日の出来事を思い返してみる。


(偉そうな神父が旅馬車でやってきたんだよね。八歳になる子どもは教会に集まって、水晶に手を当てるっていう簡単なテストだった。水晶が光れば魔力適性アリ、光らなければナシ。シンプルだよね……)


 ミーリアは空を見上げた。


 雲一つない青色が一面に広がっている。


(そういえば水晶に手をかざしたとき、身体が熱くなったような気がしたけど……あれは魔力とは関係がないのかな? 調べたほうがいいよね。せっかく異世界に来たんだし魔法はあきらめられないよ。十二歳までまだ四年ある。それまでに家を出て独り立ちする手段を確立すればいいんだ)


 持ち前の図太さで立ち直り、クロエを見つめた。


「昨日ね、水晶に手をかざしたとき身体が熱くなったんだけど、魔法と何か関係があると思う?」

「身体が熱く? それでお熱が出たの? すっかり忘れていたけどお熱はもう大丈夫なの?」


 クロエがミーリアのおでこやら頬をぺたぺた触る。


「熱はもうないよ。適性テストで熱が出たかはわかんないよ」

「水晶で身体に熱を感じた……? どういうことかしら? 適性ナシで熱を帯びるなんてことある? 魔法大全にもそんな記録はなかったと思うけど……」

「私、魔法使えないかな?」

「……水晶に手をかざして熱を帯びた、という村人は今まで一人もいないわ。そう……気になるわね……」

「調べられない?」

「そうね……あとでこっそりお父様の書斎で調べてみましょう。見落としている文献があるかもしれないわ」

「クロエお姉ちゃんありがとう!」

「ええ、ええ、可愛いミーリアのためだもの。お姉ちゃんにまかせなさい。これから二人のときはクロエお姉ちゃんと呼ぶのを忘れないようにね」


 年齢の近い人に優しくされたことのないミーリアは心の底から喜び、クロエに抱きついた。


 クロエに優しくされるだけで嬉しさが止まらない。

 八歳児の身体に精神が引っ張られているような気もしたが、別にいいかと思った。


「可愛いミーリア、愛しいミーリア、私がいなくなってからが心配だわ」


 クロエは学院に合格して、この土地を離れたあとの未来を早くも心配し始めた。


「ミーリア、よく聞いてちょうだい」

「なに?」

「このことは私以外に言ってはいけないわ。秘密にしておきなさい。なんでかわかる?」

「……お父様?」

「そうよ。もし奇跡的にミーリアが魔法使いになれると聞いたら、筋肉と狩猟にしか興味のないお父様はあなたを利用するでしょう。領地拡大のため、魔物を倒せと延々命令されるわ。あなたをこの土地に縛りつけようともするでしょうね」


 ミーリアは背筋が震えた。


「魔法が使えるとわかったわけじゃないわ。それでも用心しておきましょうね」

「……お姉ちゃんって頭いいね。十歳なのに」

「私のほうがびっくりよ。あなたがこんなに利発な子だったなんて……驚きよ」

「熱が出てからね、急に頭の中が綺麗になったんだよ?」


(クロエお姉ちゃんに見捨てられたら生きていけない。変だって思われないように言っておかないと……。元々は日本人ですなんて信じてもらえないから、魔力適性テストと高熱が原因ってことにしておこう)


 クロエは全面的にミーリアの言うことを信じたのか、優しく目を細めてうなずいた。


「あなたは村でも変わった子だと言われてきたわ。きっと神様が可愛いあなたが健やかに人生を送れるよう、知恵をくれたのかもしれないわね」

「そうなのかな?」

「そうに決まっているわ。ミーリアはこんなにいい子なんだもの」


 美少女のクロエに言われるとそんな気がしてくる。

 神様がいるのだとしたら、まず手始めにクロエが姉であることを感謝したかった。


「私はあなたのお姉ちゃん。何があってもミーリアの味方なの? 知っていた?」

「うん……ありがとう。私もクロエお姉ちゃんの味方だよ?」

「うふふ、可愛い味方さんね」


 ミーリアが満面の笑みを浮かべると、クロエが嬉しそうに微笑んだ。

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