第3話 魔法の才能

「ミーリア……。お姉ちゃんはね、この村を出たいの。息が詰まるようなこの閉塞的な村から逃げ出したいんだわ。ええ、そうなのよ」

「クロエ姉さまも思っていたの?」

「このままではどこの馬の骨と結婚させられるかわかったものじゃないわ。狩猟のための森林使用権とかいう、くだらないもののために捨て駒にされるなんて……全身に悪寒が走るわね」


 六女クロエは美少女で秀才だ。


 ぜひ嫁に来てほしいと村内でも引く手あまたであり、領主アーロンはクロエの美貌を利用する気満々なのか、ハンセン男爵家に妾として送り込むべく手紙のやり取りをしていた。もちろん自分は文字を書けないから、妻エラの代筆だ。


「南に広がる森林の使用権利と引き換えなのよ? 私を入場券代わりにでも思っているのかしら。しかも二十五人目の奥さんですって……笑えないわ」


 クロエが作業用のワンピースを握りしめた。


 アトウッド家から南へ進み、魔物の生息地を抜けると広大な森林地帯が広がっている。

 人間領域であり、魔物は出没しないため絶好の狩猟場になっていた。

 領主アーロンは使用権利がどうしてもほしいらしい。


 年に二度来るハンセン男爵家の商隊長がクロエを見て、その美しさを男爵に伝えたのがクロエの運の尽きであった。無い金を絞り出して画家に絵姿を描かせ、アーロンが男爵家に送り、婚姻の話が進んでしまっている。


 現在は次女ロビンの出戻り問題があるので正式な婚約まで至っていないが、ほとぼりが冷めたらどうなるかわかったものではない。ミーリアもさることながら、クロエも相当にヤヴァイ状態であった。


「十二歳までに家を出ないと」


 六女クロエは澄んだ瞳をぱちぱちと開閉した。


 アドラスヘルム王国では十二歳から婚姻が可能だ。

 十歳であるクロエに残された猶予は二年。


 クロエは決意した表情になると、ミーリアの両肩に手をのせた。


「よく聞いて、ミーリア。十年前に即位された女王陛下がお作りになられた、アドラスヘルム王国女学院という学校があるわ」

「王国女学院?」

「ええ。アドラスヘルム王国で初めて設立された、女性のための学校よ。優秀な女性の地位向上と社会進出を狙った学校なの」


(女子校がこの世界にもあるの?)


「私は学院を受験するわ。教会のお手伝いで貯めたお金を受験費用に使うの。すべてを受験に賭けるのよ」

「クロエ姉さま……」


 ミーリアは黒髪を揺らすクロエを見つめた。


(これは人生を賭けている人の目だ……十歳なのに聡いよ。私、高校生だけど、お姉ちゃんと呼んでもいいかい?)


「私はね、あなたのことが心配なのよ……ああ、私の愛しいミーリア。あなたを一人残してこんな辺鄙で、田舎で、ラベンダーぐらいしか取り柄のない、地面が硬くて小麦も作れず、貧乏人がその日暮らしをしている、世界の果てみたいな場所に置いて行くなんて……」


 愛情深いクロエはミーリアの頭を撫でた。

 丁寧なのに機敏な撫で方だ。


 ミーリアの髪を存分に堪能しているプロの手付きである。

 要領の良さを些細な箇所でも発揮してくるのは、六女クロエの性格とも言えた。


 あまりの心地よさに眠くなって軽くよだれを垂らしそうになったミーリアは、あわてて我に返った。


「クロエ姉さま、私も姉さまと同じ気持ちです」

「私を好きということね? ええ、ええ、わかっていますとも、ミーリア。私とあなたが相思相愛だなんてあなたが生まれた瞬間からわかりきっていたことよ。ラベンダーが紫色ぐらい当たり前のことだもの。ええ、私も好きなのよ、ミーリア。あなたのキラキラした瞳も小さなお口も細いお手手も私は大好きなのよ」


 クロエが饒舌に語り始めた。

 いけない方向性にベクトルが向いている気がする。

 ミーリアはクロエの手を握った。


「違うんです姉さま」

「ち、違うの? ミーリアはお姉ちゃんのことが好きじゃないの……?」

「ああ、そういうことじゃなくってね。私もアトウッド家領から出たいの。でも知らないことばかりだから、色々教えてほしいの……。その……ダメ……かな……?」


 姉が人生を賭けた受験をすると聞いて、お邪魔になるかもしれないとミーリアは不安になってきた。

 今までの人生で友達も兄弟姉妹もいなかった。

 現在はミーリアの記憶があるものの、それは自分が体験したものでなく記憶でしかない。

 クロエが自分のことを好きと言う言葉が嬉しくもあり、それと同時に上手くやっていけるか不安にも思った。


 ミーリアは様々な思いを胸に、上目遣いにクロエを見上げた。


「クロエお姉ちゃん?」

「……」


 ミーリアの薄紫色の髪、アメジストのような瞳、可愛らしい顔立ちがクロエの母性本能をくすぐる。


 しかもお姉ちゃん呼びだ。

 クロエお姉ちゃんである。


 前からずっと呼んでほしいと思っていたクロエは身悶えそうになった。


「あ、ごめんなさい! お姉ちゃんだなんて呼んでしまって! お母様に怒られちゃう」


 ミーリアが手を離した。


 地味な母親は貴族の振る舞いに関してはうるさかった。

 クロエは素早くミーリアの頭を抱え込んで、自分の胸に押し付けた。


「いいのよミーリア。お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだから、二人のときはクロエお姉ちゃん、と呼んでちょうだい。わかった? できる? ほら言ってみて。クロエお姉ちゃんって」

「……クロエお姉ちゃん」

「そう、そうよ。二人のときはそう呼んでね」

「うん。クロエお姉ちゃん……えへへ」


 ミーリアはクロエが今日で本当の姉になったような気がし、頬が熱くなった。

 勝手に口角が上がって笑顔になる。


 クロエは妹の可愛い表情を見て胸キュンし、顔をのけぞらせた。

 だらしない顔を妹に見られるわけにはいかなかった。


「それでクロエお姉ちゃん、色々教えてくれる?」

「もちろんいいわよ。私がミーリアのお願いを断るはずがないでしょう」


 クロエが表情を引き締めた。


「それで、何から教えればいいのかしら?」

「うん。まずは魔法について聞きたいんだけど」

「魔法ね……」


 クロエは残念な声色で、あやすようにミーリアの頭を撫でた。


「ミーリア……昨日受けた魔力適性テストのときに言ったでしょう? あなたに……魔法の才能はないのよ」

「魔法の才能が…………ない?」


 クロエの言葉に、ミーリアは真っ逆さまに落ちていく絶望を感じた。

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