p15.悪いことだらけですが、何か?

 ところが、観念したようにヴァージルさんはこんなことを言い出した。


「そうさ……僕は「婚約者に会う」と言って、リスティナ様に会っていた。けれども僕の気持ちとしては間違っていない! だって、僕らは愛し合っていたんだ。愛し合う相手を婚約者と言って何が悪い!」


 悪いことだらけですが、何か?


 素でツッコミ入れそうになっちゃった。アブナイアブナイ。でも今、無表情になってる自信ある。


 横を向くと、王と王妃も無表情だった。リスティナも無表情だった。わぁ親子♡ セスティンは驚愕だったけど。なんか、ジセの反動かしら。表情が手に取るようにわかるわ。


「婚約者というのは、結婚を公認で約束した相手のことですので、愛する相手とは違いますね」


 すっごい冷静にツィーグラー伯爵がツッこんだ。


「そもそも、さっきの録音では、リスティナ様は否定されていたような」


 宰相がふしぎそうにツッこんだ。

 うん、さっきの録音はツッコミ所たっぷりだったものね。私もツッコミたい。


「違う! 気持ちの上でだ。それに、リスティナ様は照れ屋なんだ。心の内では僕のことを思ってくれている」


「いいえ。私はヴァージル・チチェスター様のことを一欠片も愛していません。以前は共にお姉様を支える仲間だと思っていました。でもそうでないなら」


 リスティナは、ヴァージルさんを睨むと、ひと息ついて、こんなことを言い出した。



「こちらは『審判の雷霆』という魔道具です」



 はい?

 テーブルの上に置かれたのは、小型の天秤の魔道具。



「これは、偽りの誓いをたてると、強い雷撃を浴びて死ぬというものです」



 は?



「私は今からこれに誓いをたてます」



 は? ひゃ、え、ちょっと待って!?



 死ぬ? 死んじゃう? 何でこんなところで死亡フラグがたつの!?


「だ……ダメ……!」


 思わず声を出したところで、しまった、と気づいた。


「……! なんだ? リスティナ様が誓いをたてると都合が悪いのか? 嘘がばれるからだろう。ハハ、この悪女め!」


 ヴァージルさんは鬼の首を取ったかのような、悪い顔で嗤った。

 お前、愛する人が死ぬか、自分と両想いではないのが確定するかの瀬戸際なんだぞ? いいのか? それでいいのか? 絶対リスティナのこと愛してなんかないだろお前。


 表情を崩したくないのに、押さえきれずヴァージルの阿呆を睨み付ける。彼は優越感を浮かべていた。


「フフン。使えるはずがないんだ、その魔道具は。ほんの少しの偽りがあったとしても罰が来る恐ろしい魔道具なんだからな! そんなものを使ってわざわざこの発言が嘘だと証明することはないよ、リスティナ。僕はわかっているんだから!」


 あー……なるほど。どうせ使わないだろう、てことなのね。うん、冷静になればそりゃそうだ。使うわけが……



「先ほど再生された記録音声で、私が発言した言葉に嘘偽りがなかったことを誓います」



 使ったーーーー!!!!



 えええ! 嘘、使っちゃったの? 嘘でしょ、死なないでリスティナ……!





 ……。



 しかし、魔道具が起動の光を放ってからしばらくしても、リスティナに罰は下りなかった。



 部屋に安堵の息が落ちると同時に、私は席から立った。


「リスティナ!」


 勢いのまま抱き締める。


「もし、もしもよ。あなたに何かあったとしたら、わたくしは……!」


「お姉様……」


 安心と心配と恐れが混ざりあい、想いが溢れる。良かった、リスティナが無事で良かった。何で自分の命が危なくなるようなことするのよ、バカぁ!

 驚いた顔のリスティナは、くすりと笑うと私を抱き返してくれた。


「大丈夫ですよ、お姉様。あの音声に偽りがないことは私が一番知っています」


「それでも! 何を魔道具が『嘘』だと判断するかわからないじゃない!」


「うふふ、お姉様ったら」


 唖然とする周囲に気付かぬまま、私はリスティナの胸で号泣し、慰められるのでした。




 ◆




 私の失態のせいで、一時休憩となってしまい、休憩後は生暖かい視線と、すっかり体制を立て直した侯爵親子(兄を含まない)が見られました。


 大失態です。本当に申し訳ない。


「さて、続けよう……とは言ってもさすがにこれほどの常識知らずの浮気性を娘の夫にはしたくない」


 しかし、体制を立て直したばかりの親子を、父王はバッサリと瞬殺した。ホント瞬殺。お疲れ様でした。


「お……王」


「浮気性というのは、リスティナにかけた薄汚い粉ではないぞ」


 そう言って取り出したのはヴァージルの阿呆と深く口づける女性の写絵。これも暗部の魔道具だよね? その場の景色を嘘偽りなく撮れるやつ。


 あれ? しかもなんかこの女性ヒト最近見たことある……


 扇から透かし見た先に、青い顔の女性がいる。


 会計課課長、ジネヴラ・イェフォーシュ男爵。


 こ の 人 じ ゃ ん !


 まさかの浮気相手、ダブルで会場にいた! しかも、けっこう情熱的なキスだよ。本命こっち?



[(カチッ)]



 そこにあの魔道具が再登場した。録音機だ。また別に用意された箱から流れる音声は、キャッキャうふふな二人の会話だった。キャッキャうふふなのに、私とリスティナの悪口付き。

 言い訳不可ですね。うん、だろうと思ってた!


「これほどの常識知らずの浮気性を娘の夫にはしたくない」


 冷たい目をした王から、同じ台詞が飛び出した。大事だから二回言う、ってヤツですね。怖いわ。


「し……しかし、我が家から出さねば、政治バランスが崩れるのでは」


 さすがにここまで形勢が悪いとチチェスター侯爵も焦るのかもしれない。オドオドとした言葉に、侯爵嫡男が唇を噛み締めたのがわかった。

 うん、そうだよね。次男がダメなら長男と言われるかもしれない。けれどあなたには好きなヒトがいる。私と婚約なんて嫌に決まっている。調べはついてるわ。


 大丈夫。なんとかなるわよ。

 私はお父様と宰相を見た。


「調べはついておる。宰相」


「はっ」


 宰相は頭を下げ、資料を取り出した。


「近頃発覚したことでございますが、この二年程、王太子執務室に、全く似つかわしくない書類が大量に運ばれておりました」


 うん。トゥール・ヴェーレの机がわからなくなるほどにね!

 私は宰相の話を静かに聞いた。


「最も多いのが財務部会計課のもの、次にその他の財務部と総務部総務課、このあと政務部と続きます」


 声を出そうとしたチチェスター侯爵が踏みとどまった。なにか上げ足をとろうとして……ああ、お父様から威圧が出てるわ。黙るわよね、うんうん。


「それぞれの部署を調べましたところ、書類上の出勤している人数より、あきらかに少ないことがわかりました」


 あら、そうだったのね。確かに会計課にも三人しかいなかったわ。


「しかも、出勤していない者は、チチェスター侯爵の縁戚か後ろ楯をしている者ばかりでした」


 へぇー……、そう。そうだったのね。

 見ればチチェスター侯爵は、無表情で色を失っていた。


「実際に出勤していないのに、給金はしっかり支払われている。これは詐欺ですよ」


 眼光鋭く締めくくった宰相は、チチェスター侯爵親子を見ると鼻で嗤った。


「さらに、人事部に圧力をかけて、自分の思う通りの人事にさせた者がいる。採用不採用から、己の縁戚を自分の息のかかった部署にやり、さらに優秀ながら自分の思い通りにならぬものを、当時責任者が不在になっていた部署に送っている。そして、息のかかった部署から仕事を流すというある意味大胆な不正が行われていた。責任者不在の部署ではほとんどのものが音を上げ、または体調を崩して退職。半年前から一人で十数人分の仕事を請け負う状態になっていたという」


 はい。責任者不在の部署の責任者は私です。大変申し訳ありませんでした。でも、私の報告で発覚したんだから、チャラにならない? ならないかー。


「発覚が遅れたのは、その最後の一人があまりにも優秀だったからだな。サボっていた十数人分の仕事がちゃんとできてしまっていたがために、不在だとは実際に訪れて確認せねばならなかった」


 トゥール・ヴェーレが優秀すぎたのが仇になったのか……。けれど、たぶん、そうじゃなかったら犠牲者が増えていた。仕事ができなければ隠すための人員を王太子執務室に送り込んでいただろう。次々に出される資料から、チチェスター侯爵の権力がうかがえる。


「これらの指示をしていたのは、チチェスター侯爵ですね。書類は残さぬようにしていたようですが、あなたの直筆のメモが残っていました」


 取り出されたのは、小さな紙切れ。それには数人の名前が書かれ、『癇癪姫の不在の檻に送れ』と走り書きされています。前後の発言から、これが侯爵の字なのでしょう。


「なお、今宰相から報告されたすべてに、証拠と証言が揃っている。その上で、なにか言うことはあるか? チチェスター侯爵」


 色をなくしていたチチェスター侯爵の顔は、怒りで真っ赤になっていました。




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