p14.リスティナの会話記録

 黙りこんだヴァージルさんを見て、私はにっこりと笑った。


「ちなみに、わたくし、彼の顔を見たのは一月半ぶりですが、それは面会で見たのではありませんの」


「それは?」


 質問は宰相から。私は少し困ったような表情で答える。


「面と向かって会ったのは、一年前なのですわ。ちょうど出掛けるところで、廊下での雑談になってしまいましたの。翌日に、と会う約束をしたのに、すっぽかされてしまいましたわ」


 そのスケジュールと面会記録を出す。後宮への出入り記録はない。後宮の外で会ったという記述が残る。


「後宮の外で会ったのは、この二回ですわね」


「あ……いや、会っていただろう! そうだ、外で……」


 ヴァージルさんが、ごまかす方法を思い付いたようにそんなことを言う。そんな行き当たりばったりな言葉、通じるわけがないのに。


「登城記録のある日でその時間にわたくしが外出していた記録はこちらです。いずれも城の外におりますから、会うなら登城する必要はございませんね?」


 見事なすれ違いである。ワザとだとしか思えないほど、そういう日はジセが出かけてから登城している。まぁ、詳しいスケジュールはわからないとはいえ、城外に出るスケジュールは知る方法がいくつもある。それを駆使すれば、これぐらいのことは簡単だ。ただし、故意でなければこうはならない。


 これでどちらがより嘘をついているのか、明らかになった。


「言い分はございますかな?」


 宰相の一言に、何とか返そうとするものの、言葉が出ないヴァージルさん。口をパクパクしているのは鯉のよう。


 くっ、まだまだ用意してるのに! 期待はずれになるのか? もうちょっと頑張れ!


 扇の内で涼しい顔をしながら、心では熱く応援していると、彼に援護が入った。


「確かにヴァージルは嘘をついていたようです」


「父上」


「己が住むことになる王城をしっかり見ておきたかったのでしょう」


 にっこりと父親の顔を見せるチチェスター侯爵。そう、今回の『婚約破棄』、本命はこちらの人です。こいつを倒さねばどうにもならぬ。それが調査で判明した。

 リスティナを守れるかどうかの瀬戸際だ。


「第一王女殿下とのコミュニケーションがうまくとれず、悩んでいるのはよく見ておりました。この子にも非があったのは了解します。信頼が築けないというなら、婚約の解消にも同意いたしましょう。しかし、そちらに全く非がないというような言い草は納得いきません。初めの頃は、きちんと努力していたはずです」


 すらすらと述べる侯爵は笑顔を崩さない。けれど言い分には、特に想定外はない。その上で、こちらの粗には引っ掛からなかった。『癇癪姫』相手ならと掛かってくれると思ったのにな。

 ならいいや。次だ次。


「彼が嘘をついていることをご納得いただけたようで良かったです。実はこの偽証も、本題のための前置きにしか過ぎません。まずは……」


 目線を逸らす。逸らした先は……


「リスティナ。あのことを話してくださるかしら」


 異母妹リスティナ。私が全力、全身全霊で守らなければならない対象。

 次に進むためには、彼女の発言が必要だ。


「……はい。お姉様」


 リスティナは素直に、しかしすまなそうに話を始めた。

 二年も前からジセリアーナに内緒でチチェスター侯爵子息と会っていたこと。ジセリアーナの癇癪に耐えられないと言うチチェスター侯爵子息を、ジセのために励まし続けていたこと。だが、その様子が最近おかしいと気がついたことを丁寧に話した。


「様子がおかしいとは?」


「あの……その、お姉様という婚約者がありながら、私を恋人に望むような……そういう言動です」


「は?」


 この声を上げたのは、質問をした宰相でなく弟王子セスティン。宰相は口を開けて固まっているし、ツィーグラー伯爵は眉間を揉んでいる。王と王妃は無言で血管を浮き上がらせているし、チチェスター侯爵さえも笑顔のまま動きを停止させている。

 リスティナは回りの様子を見て、身を縮ませた。


 それを冷静に見ているのは私一人。イェフォーシュ男爵はずっと顔色悪く俯いたままで表情は見えない。大丈夫かしら、アレ。もつかな?


「バカな、そんな証拠はあるのか!?」


 ヴァージルさんは、もはや繕う余裕がなくなってきた様子。目を血走らせて、リスティナを睨む。

 てか、さすがに婚約者放っておいて別の女性を……しかもその妹を口説くのはマズイ、というのはわかっていたのね。そこの常識もないんじゃないかと危惧していたんだけど、良かったー。


 リスティナは、ビクビクしながらも机の上に黒い箱状のものを置いた。手のひらサイズで厚さは二センチないぐらい。手軽に持ち運べそうな大きさだ。


「こちらは、その場の音声を記録する魔道具です。記録した音声を、何度も再生することができます。使いきりで、必ずその場にいなければ使用するとはできず、また、偽りの記録を残すことはできません」


 リスティナが取り出したのは、最新の魔道具。『影』が使う魔道具をコンバートしたものは、今までいくつも例がある。しかし、本来の用途をそのまま使うことは珍しいかもしれない。

 これは「水掛け論」回避のための魔道具だ。まぁ、もっと簡単に言えば録音機なんだけど。

 もちろん、録音してきてもらったのは、あの現場。


「再生します」




[(ジジ……ッ)


「……ティナ様!」


「ヴァージル様。おはようございます。今日もお姉様の所に?」


「ええ、しかしやはり会ってくれませんね。何枚も手紙を送って呼びつけたくせに。リスティナ様は今日もお散歩ですか? お付き合いします」


「いえ、あの、侍女とゆっくり回りますので……」


「ふふ、護衛の一人だとでもお考えください」


「ですが、」


「さぁ、今日はどちらに行きましょうか」


「……いえ、ヴァージル様、お姉様の元にお戻りください」


「……何を」


「お姉様は、きっとお待ちですわ。戻って、もう一度面会をお求めください」


「……応じてくれるわけがない。応じても、罵倒して蔑むだけです」


「そんなことはありません。お姉様はあれから変わられたのです。きっと話し合えば……」


「無理ですよ。知っているのです。もう、ジセリアーナは僕との婚約を破棄するつもりだと」


「えっ」


「いい機会です。前々から言っていたでしょう。僕は結婚するならあなたとがいい。婚約破棄すれば、あなたと結婚できる」


「そんな……無理です」


「無理ではありません。もしかして、さっきからの態度、ジセリアーナに脅されてるんじゃないですか?」


「それはありません」


「嘘でしょう。あなたは僕との婚約を待ち望んでくれていたはずだ」


「私が一度でもそんなことを申しあげたことがありますか? 私はずっと、お姉様を支えるためだけにあなたの相談に乗っていたのです。お姉様のためにならないのなら、もう来ないでくださいませ」


「なぜそんなことを言うんだ! やっぱりジセリアーナだな。あの悪女が裏で操っているんだ!」


「なんてことを」


「ああ、美しいリスティナ。きっと僕が君を救ってあげるよ。あの悪鬼のような女をこの国から追い出して、二人で素晴らしい国を作ろう」


「……あなたがそんな人だとは思いませんでした。失礼します」


「また会いに来るよ、リスティナ」


「……」







「……大丈夫でございますか? リスティナ様、顔色が……」


「……ええ、エカテリー(ブツッ)


 ]





「……以上にございます」



 って、リスティナすっごい恐ろしい会話録ってきてるわね!

 え、こんな感じなの? ずっとこんなだったの? 二人の会話。こっわ! 死亡フラグ的な意味でこっわ!!


 この会話にドン引いてるのは、私だけではなかった。イェフォーシュ男爵以外全員引いている。あのひと余裕全くないな。てか、ヴァージルさん。あんたまで引くのはなんでだ。


「な……あの会話を録っていたのか……」


 ああ、そういう。


「ッ……これもジセリアーナの差し金か!」


 ぐっと睨み付ける対象が私に変わった。


「ええ、魔道具を提供したのはわたくしですわ」


 関与をすんなり認める私。ここは嘘ついても仕方ないしねー。


「やっぱりそうか、純粋なリスティナ王女を騙して……!」


 目の色を変えて私を睨むヴァージルさんに、首をかしげる。


「あなたが怖いから、どうにかならないかと相談を受けていたのよ。そのことに対しても言いたかったのですけれど、あなたは何度手紙を送っても来ないのだもの。どうせ前触れなく来るだろうからと、仕方なく登城したら私のもとへ案内してくれるよう城門と後宮への扉両方に伝達していたのに、後宮には来ないし、城門ではあなた、案内を断っていたそうね? なぜかしら」


 そう尋ねると彼はたじろいだ。


「それは、部屋なら知っているから……」


「いいえ。案内係には「王女は常と違う場所にいるから案内する」と言われたはずよ。でも、知っているからいらないと返した。その上で後宮には来ていない。どういうことかしら?」


「それは……」


「しかも、時間的にはいつもリスティナが散歩している西の庭にまっすぐ行くと、ちょうどいい頃合なの。……あなた、城門からまっすぐにリスティナの所に行っていたんでしょう?」


「……」


 怒濤の質問に、彼の目が泳ぐ。チチェスター侯爵の顔色も、少し不穏になってきた。



 そして……

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