004.シニエのお手伝い

 ふとお燐の仕事を手伝えないかとシニエは考える。お燐にいろいろしてもらっているのにシニエはお燐に何もできていない。それが気がかりだったのだ。ここでは白い人に言われるがままのことをするのが仕事だった。逆らったり間違うと穀潰しと叩かれ蹴られた。つまり何もしないのはよくないことだ。

「お燐。探し物、どう探す?」

 目を細めてあたりを見回すお燐に訊ねる。ん~とあしらいながらもお燐は答えてくれた。

「そうさね~。よく目を凝らすとね。憑いてるもんには憑いてるもんがみえるのさ。まあ、人間のあんたにゃ無理だろうがね」

「憑いてるもの?」

「ああ。呪いや怨み辛みなんてもんは留まりきれないものさね。だからどうしても外に漏れちまう。憑いてるもので色が違うらしいがね。あたしがよく見るのは紫色さね。紫色の煙に包まれて怪しく淡く光るさね」

 光る紫煙・・・

「このあたりには何もないね。ほら、いくよ」

 お燐が歩き出す。


 シニエはお燐に聞いたことを反復しながら目を凝らす。辺りを見回して、あっ!と思わず声を上げた。ここから離れた場所に紫色の光が見えた。それは目の前の火や瓦礫の向こうで見えないはずなのに。シニエには紫色の明かりが見えた。

「シニエ何してるさね。さっさといくよ」

 シニエを急かす。本当はシニエの火傷にお燐は仕事を早く切り上げたかった。でもお燐の仕事はこの世にあってはいけないものを探す仕事だ。仕事をおろそかにするわけにもいかない。だから急いでいた。

 呼んでも来ないシニエにお燐もムッとなる。子供あなたのためにしているのに言うことを聞いてくれない――わかってくれない子にいらだつ親のように。

「お燐。向こう」

 火の向こうを指差すシニエ。指先を追うも火があるだけだ。その向こうには瓦礫。まだ崩れてない壁。つまりこれといって何もない。

 何だってんだい。そう思いながら近寄づくと。

「向こうで紫。光ってる」

 シニエが言った。その言葉にもう一度見るが変わらない。お燐に紫煙は見えない。まったく。拾わなきゃよかったと舌打ちしてシニエの顔を見て表情を変える。

「あんた・・・その目・・・・・」

 シニエの菖蒲あやめ色の左目が紫色の見慣れた光を灯していた。その目に灯る光に一人納得したお燐は聞き返す。

「この向こうに見えたのかい?」

 コクンと頷くシニエ。

「見えた」

「よ~し」

 お燐の口が三日月を描く。見る人が見たら勘違いしそうな凶悪な笑みが浮かんでいた。まるで不思議の国のアリスに出てくるチシャネコのような笑い顔。

 いいだろう。この先にあったなら儲けもんさね。なかったら・・・別にそれまで。

お燐は火を掻き分け、積もった瓦礫を薙ぎ飛ばす。そして正拳突きで壁をぶち破った。紫煙の光はまだ見えない。一度振り返り右前足で先を示すとシニエももっと奥だと頷いた。


「やれやれ。道が途切れちまったね」

 シニエに誘導されるまますべての障害を排除してついに道の途切れた場所に出る。着いた場所は天井から大きく崩れた瓦礫の山だった。お燐たちがいたのは二階にあたる。足場は崩れており、一歩進めば下に落ちる。

 ああ。なるほど。お燐は下に紫煙の明かりを見つけてガクリと肩を落とした。

「お燐。でっかい紫色」

「にゃ~うん。そうさね。でっかいさね。でもね。シニエ」

 どうだと言わんばかりにシニエはフンスフンスと大きく鼻の穴を広げて鼻息を吐く。言いづらい、と冷や汗を流しつつもお燐は真実を口にする。

「あれはあたしの持ち物さね」

「お燐の?」

「そうさね。で――」

 うにゃ~と悩み声を上げる。でもうまい言葉が見つからないから正直に口を開いた。

「妖怪のあたしが使ってるものだから特注の荷車でね。あれ自体が憑きものなのさね。ついでに言うとあれにはあたしが見つけた憑きものが積んであるさね」

 シニエの顔がピシリと固まった。瞳孔が開いてマジか?と驚愕し訴える目。黒一色の虚ろな瞳で指一本分開いた口を開いたままフッと静かにうつむいた。

 シニエが見つけた紫煙の光はお燐の荷車だった。この建物の被災原因場所と思われる最も破壊された場所。四階建ての建物が天井から一階まで原因の場所を中心に球形の破壊跡が広がっている。お燐はここにたどり着くと憑きもの探しのために荷車をここにおいて中へと向かったのだ。どうせ下に戻ってくるのだろうと上に飛び上がり。四階から調査を開始した。途中二回足場が崩れて落ちたが、二回目に二階へ落ちたときシニエと出会った。

 もう少し調査するつもりだったが、戻ってきてしまったのなら仕方がない。ここから引き返しても建物がいつ崩れるかもわからない。シニエを連れてこれ以上脆い建物の中を歩くのもよくない。それにシニエの火傷もある。

 チッ。舌を打つ。

「シニエ。今日の仕事は終わりだよ」

 お姫様抱っこでシニエを抱きかかえると二階から飛び降りた。火の粉のようにひらりと舞って荷車の近くへ寄るとふわりと瓦礫の上に着地した。

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