5.TAKE FIVE

あれから5年が過ぎた。


あのころの想いは残っていないけど、それなりに特別だと今でも感じてる。


だからこそ、これはないだろと思ってしまう。


器物損壊って立派な犯罪なんだけど。














食品事業部営業課から人が消えた。


俺、松戸隼が出先から戻ってきたときの最初の感想がこれだった。しばらく呆然としていると、春夏秋冬が入ってきた。


そういえば、まだ交際申し込みの返事をもらっていない。そんなことを思ったけど、彼女の表情がそんな場合ではないと雄弁に物語っていた。


「第3会議室に集まってください。備品課と経理、総務に人事の主要担当者も集まっています。食品の営業課は当事者なので極力全員参加です」


何やら知らないが大事になっているらしい。


「ごめん。状況が読めない。どうなってんの、これ」


「すみません。時間もないので移動しながらでいいですか」


俺はその言葉に素直に頷いてワンフロア上の第3会議室へと足を進める。


「単純な話で済ませるなら、田上と白戸が破壊行為を行いました」


単純だけど穏やかじゃない。それと、何を破壊したのかについてびっくりするくらい簡単に想像がついてしまう。


田上は桑畑が邪魔だった。意中の人と結婚し、あまつさえ子供まで作ってるのだ。田上の主観であれば桑畑樹という女は障害でしかない。次いで、白戸はびっくりするくらいの子供だった。学生気分が未だに抜けておらず、ろくに仕事もせず、注意されても責任転嫁。何とか仕事は終わらせなくてはいけないからと誰かが代わりに済ませて悪循環。で、それを桑畑に注意された。白戸の主観では桑畑樹は自分を貶める敵となる。


つまり、田上と白戸にとって桑畑は共通の敵であり、目の上のたんこぶなのだ。そんなものに対して、嫌がらせをして退職に追い込もうとでも思ったんだろう。


「なぁ、桑畑の何を壊したんだ? 寧ろ、何を壊せばここまでの大事になるんだ?」


結論。馬鹿2人は桑畑の物で洒落にならないものを破壊した。


「えと、破壊したのは女子更衣室のロッカーです。完全取替えなので備品課と経理、総務を巻き込んでます。で、課内で起きた問題なので人事的な問題ということで人事も巻き込んでいます。私の指導力も問われそうなのでちょっと不安です」


業務面においては指導係ってことになってたからな。一応、問われはするだろう。でも、課長も部長も部下の勤怠でいろいろ報告は挙げてた筈だからそこまでのことにもならないだろう。


ただし、取らぬ狸の何とやらだけど、仮に俺と結婚とかそんな話になったら異動はさせられるだろうな、春夏秋冬が。


それはともかく。


事が起きてしまい、おそらく俺たちも一定の証言を要求されているのだろうし、さっさと行って、残りの仕事を済ませてしまうべきだろう。じゃなきゃ今日の仕事が終わらない。帰れない。


「というか、まだ桑畑さんのだなんて言ってませんよ」


「でも、あの馬鹿どもが目の敵にしてたのは桑畑以外にいないよ。だから、壊すのは桑畑に関わるもので、自分たちに被害が出ないものだけだよ。まぁ、社会的信用に甚大な被害を出してるけどね」


推理にもなりゃしない。どうせやるならもっとばれないように動けよ。そうしたら注意するだけでよかったのに。



























第3会議室は修羅場のように見える茶番劇が繰り広げられていた。


「知りません」


「何かの間違いです」


田上も白戸もこの期に及んで隠し通せると思っているのか、知らぬ存ぜぬで通していた。


しかし、総務も人事も人が悪い。まだ切り札を切っていない。というか、できれば使いたくないんだろう。使わずに自白で終わらせたいんだろう。そうなれば無かったことにはできずとも、問題を内々で済ませることができる。対外的にもこれで終わらせたいんだろう。もちろん、今後の仕事への影響を考えれば、俺としてもそういう形で終わってほしい。


でも、無理だな。


どれだけの時間をここでこう過ごしているか知らないが、今の態度を見るに切り札なしで決着をつけられるとは思えない。


「ふぅ。不本意ですが、証拠を提示しましょう」


総務課長が脇に控えていた忍さんに合図を送る。


彼女がプロジェクターの電源を入れ、入り口付近に控えていた春夏秋冬が照明を落とし、窓際にいた宮下がブラインドを下ろしていく。準備がしっかりされている。こりゃ、最初から馬鹿に勝ち目はなかったな。


そもそも、会社相手に喧嘩を売っておいて勝てると思う方がどうかしているが。


で、プロジェクターで何が再生されるかと思えば女子更衣室に設置されてる防犯カメラの映像だった。これがあると知っていて何故にあんな暴挙に及べるのか不思議でならない。


「うわぁ」


思わず声を漏らしてしまった。パイプ椅子まで持ってきて振り回してたのか。ああ、ロッカーが見る影もない。


おいおい、中身まで掻き出すのかよ。


「と、盗撮よ!」


ここに来て慌てたのか、田上が叫んだ。まぁ、今更どう取り繕っても遅いんだが。


「防犯目的での設置は入社時にも説明しました。更衣室にも注意書がしてあります。これで盗撮とは言いませんよ」


総務課長、容赦ないな。


「こちらとしては、できればこんなもの使いたくなかったですよ」


総務課長が、一度言葉を切って「でも」と続ける。


「あなたたちが自分で退路を断ち切ったのです。厳重注意と異動で終わらせることができたものを、あなたたちが自ら拒んだのですから、覚悟はしていただきたいですね」


「こ、こんなことぐらいで何を覚悟しろって言うんですか」


白戸はまだ事の重大さに気づいていない。もしくは、気付いていながら気付いていないふりをしているのか。実際、気付いているのなら認めたくはないだろう。


だけど、認めなくちゃいけないんだ。


責任を取るのが大人の役目だからだ。こうして働いているからには、子供ではいられない。無責任ではいられないんだ。


「そうですね。懲戒免職に加えて警察に被害届を出される覚悟、でしょうか」


「そ、そんなことできるわけが」


「できますよ。動かぬ証拠があるわけですから」


そうだよな。犯行が記録された映像に、実際に被害にあったロッカーというどうしようもない証拠があるわけだよな。


「それを仮に私たちがやったのだとしても、被害に遭う方も遭う方です。毎日4時なんて中途半端な時間に子供を迎えに行くなんていう程度の理由で帰るんですよ。私たちの迷惑を考えてください」


田上が本当に救えない。救いようのない馬鹿だ。


桑畑の亭主がここにいて、うちの課長も勤怠でこいつらの仕事状況を全部報告して、復帰した日もその前からも桑畑は準社員扱いでの復帰だから就業時間とかで立場も違うと話していた。


白戸に至ってはここまで事態が進展して漸く自分たちがしでかしたことに気付いたようだ。その表情は蒼白だった。


「で、でも! 仕事を教えてくれない春夏秋冬さんもひどいと思います。私、未だに何をしたらいいのか分からないんですよ!」


保身のために今回は関係ないはずの春夏秋冬を売ろうとする白戸。自分の失態に気付きながら、何とかしてくれと願っているんだろう。


「私、教えたよ。言葉遣い、電話の受け答え、各種申請。桑畑さんも教えてた。相馬さんは白戸さんに何度もチャンスを与えてた。全部、あなたが捨ててきただけだよ。それは、あなたたち以外の営業の人に認めてもらう自信はあるよ」


それに、と春夏秋冬が言葉を続ける。


「何でいい大人に1から10までしっかり説明しなくちゃいけないの? 少しくらい自分で考えてくれてもいいじゃない。私や桑畑さんはあなたたちが放り出した仕事のフォローで毎日ぎりぎりなんだよ。桑畑さんが中途半端な時間で帰って迷惑してる? そういうのは自分で仕事をこなしてから言いなさい。相手の迷惑だって何にも考えず、奥さんがいる場所でその旦那さんを口説こうとする。そんな人の味方を誰がするの?」


間違いなく、相当溜まってたんだろうな。2年分の鬱憤だ。言葉にしてみれば一瞬だけど、発せられた言葉は重い。


「もういいです。取り敢えず、田上さんと白戸さんは有給切らせてあげますから、一週間くらい来ないでください。その間に処分を決定します」


あまりに幼稚なやり取りに呆れ果てた人事課長が2人を追い出してこの件はお開きになった。



























すべてが終わり、とは言い難いが取り敢えずは終わった。いや、何だこれというのが正直なところだ。


何をどうしたらこんなことになるんだ。


学生気分、を通り越して人間としてどうよ、という世界だ。いくら嫌いだからって、こんな幼稚で陰湿な真似をするやつなんて初めてだった。ゆとりなんて言うつもりはないが、きっとまともな挫折も経験せず、大きな成功もないままここまで生きてきたんだろう。なんとなく思うまま生きてきて、それでどうにかなってしまったんだと思う。


思い返せば大学時代にそういうやつがいた。


サークル内や、ゼミで後輩に対して高圧的に接し、周りを嘗めてかかる。口を開けば過去の武勇伝。だけど、その武勇伝は結局のところ暴力で周りを屈服させていただけのもの。それの何がかっこいいのか、それで尊敬してもらえると思っているのか、それでこれからも生きていけるのか。内心反発していたが、そのころは何も言わなかった。面倒だったし、関係ないと思っていたから。


それでも、30まで年を重ねるとちょっとは責任感ってやつが芽生えてくる。そう思うと、あの時、俺にも何かできたんじゃないかって気もしてくる。とはいえ、過去のことはもうどうしようもない。仲がいいわけでもなかったから、あいつが今何をしているかなんて知らない。それでも、今の俺にできることはやっていこうって思えるようにはなった。


そういう気持ちをくれたのは、結婚前の桑畑だった。はっきり言えば、気付くのが遅かったし、最初から俺に目はなかった。けど、あれがきっと初めてだったんだと思う。


この人と人生を共にしてみたい。そう思える相手に出会いたいと願ったのは。


そして、気付いてから5年。俺はそう思える相手に気付いた。3年前から顔を突き合わせて、一緒に仕事をしていた。春夏秋冬だった。


だから、言葉にした。


結婚とは言わなかったけど、俺も30まできた。当然、交際を申し込んだ時点で俺は意識してる。答えをもらったら、それが是であればそういったことも話しておきたい。


取らぬ狸の皮算用、とは言うが考えずにはいられない。本当に一緒にいたい人のことを想えば、まだ確定もしない未来を夢想する。


話をしよう。待つつもりではいたけど、もっともっと俺のことを知ってもらいたい、意識してもらいたい。


取り敢えずは、今日の慰労会、としようか。




























後書


初の松戸視点。最近ではこういう風に視点切り替えをするべきではないと思いつつも、今回ばかりはこの方が都合がいいので実施。


自分でも思っていた以上に田上を駄目な人にしてしまいました。言い訳に言い訳を繰り返しています。


そして、今作初の樹が登場しない回です。


取り敢えず、次回は風視点に戻してこのままの続きで展開します。


どこに連れて行ってあげようかな、と。


では、また次回で。


後、松戸の一人称が安定していませんが、彼の素は「俺」です。仕事では「私」、先輩相手には「僕」としています。大体、人間ってこんなもんだと思ってます。

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