第二話 旅立ち

 転生してから10年が経った。

 そういえば、あと5年で俺のやっておいた王国への牽制が切れる頃だが、勇者はうまくやっているだろうか?

 それに魔獣戦線もあの状態で持ち堪えられたとしてあと5年。

 15年何もしなくても大丈夫な体制を敷いていたなんて、俺ってなんて有能なんだ!


 ………おっと、気にしない気にしない。

 もう俺は魔王じゃないんだから。


「それにしたってあのクソ親父………」

「ヒッ……! ラーマに反抗期が!」


 子供部屋でイライラしながら机を叩いて愚痴っていたら、ドアの裏から父さんが出てきた。

 おっとどうやら聞かれてしまったようだ。


 何をこんなに怒っているのかと言えば、俺の魔力が転生しても戻らなかったことだ。

 よりにもよって、クソ親父は肉体に魔力の縛りをかけるのではなく、魂と幽体に魔力の縛りをかけたらしい。

 転生したし魔力戻ってくるかなー、と思っていたのだがそうは問屋が卸さなかった。

 とはいえ、勇者とタイマン張れるくらいなら魔力はあるんだけどね。


「あー、父さんじゃない父さんじゃない。

 くそお、野次郎! って言ったんだ」

「本当か………?」

「ほんとほんと」


 ところで野次郎って誰? と、突っ込んでこないのを見るにガチで落ち込んでるな。


 ちなみに父さん、人間の方の父親はとてもいい人だ。

 マジ前世では考えられないようなほど、愛情を注いでくれていた。


 父さんがいなくなったのを確認して、魔力操作の練習に戻る。

 人間の体って魔族の頃と違って若干魔力操作がやりにくいんだよね。


 うーん、自由にしてよくなったら、俺の魔力を解放しに行こうかな?

 勇者にできたんだし、俺にもできるだろうからな。


–––––––––––––––



「15歳の誕生日おめでとう!」


 たくさんの祝福をうける。

 誕生日かー、魔界でもそれなりに祝って貰ったが、まさか人間に祝われる日が来るとはなぁ……。

 なんだか感慨深い。


 宴もたけなわ、といったところで、父さんが真剣な表情になって言った。


「ところでラーマ、15歳といえばそろそろ自分のやりたいことを決めて進んで行かなきゃいけないが………お前は何がしたいんだ?」


 ついに来た。

 この質問を待っていたのだ。

 この質問の答えはとうに決めていた。

 

「うん! 俺、冒険者になるよ!」

「そうかー、冒険者かー。冒険者は危険だぞ? それでもいいのか?」

「うん!」


 もとより覚悟はできている。

 それに俺はこんな小さな街で1つの職業をコツコツやるには能力がありすぎる。

 傲慢でもなんでもなく、ただの事実だ。

 正直、この街の人々がやっていることを全部同時に行えるくらいのことはできる。

 

 故に、俺は冒険者になる。

 広い世界に出て冒険をする。魔王時代からの夢だったのだ。

 

「なら父さんが止めることもない! 存分に冒険者をするといい!」

「うんうん、そうね」


 母さんは父さんの決定に異論を述べるタイプではない。

 

 ………そういえば、父さんも母さんも昔は名前呼びだったのに、いつのまにか両親として認めているな。

 愛の力というやつか?


 長年愛情をたっぷり注いで貰っていたからな……俺としても新鮮だったというか、嬉しかったんだ。


「父さん! 母さん!」

「なんだい?」

「なあに、ラーマ?」


 特大の感謝を込めて。


「今までありがとうっ!」


 そう言って頭を下げる。

 そして頭を上げると、両親は目を見開いていた。

 そして、


「うっ、うっ……あなた………!」

「ああ……いい子に育ったなぁ……」


 泣いていた。

 2人して抱き合って泣いていた。


 そして思う。

 存外人間というのも悪くはない………と。


 その夜は家族の団欒を楽しんで、久しぶりに家族で寝た。

 少し恥ずかしかったが、これはこれでいいモノだ。



––––––––––––––



 次の日の朝。


「いつでも帰ってきていいからな!」

「体に気をつけてねー!」


 前世の親父との違いよな。

 これがクソ親父であれば、「早めに死んでこいよー!」と、のたまったことだろう。

 もちろんそんなことになったら、アンデットの王になって舞い戻るつもりだったが。


「はい! わかりました!」


 こうして俺は旅立ったというわけだ。


「たしか、冒険者ギルドがある一番近い街は………」


 冒険者になる、というとただ冒険をすればいいというわけではない。

 まずは冒険者ギルドで登録しなければいけないのだ。

 これを怠ると、違法冒険者として認定される。


 まったく、面倒なシステムがあるモノだ。


 冒険くらい好きにさせてくれればいいではないか! 

 とも思うのだが、『郷に入っては郷に従え』とも言うしな。

 ここはそのシステムに従おう。


「ナハーティーか! 懐かしい名前だ!」


 ナハーティーといえば、俺の腹心の部下であるバーイーの出身地だ。

 バーイーはかつては魔王の息子である俺を毛嫌いしていたが、ある事件を機に俺に心を開いてくれて、部下にもなってくれたのだったな。


 ナハーティーに行くのが俄然楽しみになってきた。

 

 俺の住んでいた町から少し歩くと、街道が見えてくる。

 砂漠に敷かれた石畳は帝国の先帝が綺麗に整備したのだ。

 ………あいつは有能だったなぁ。


 街道を道なりに歩いていけばナハーティーが見えてくるというが………


「おお………!」


 懐かしい景色が目に飛び込んでくる。

 砂漠の中に巨大な城壁がそそり立ち、その城壁を越えるほどの高さの建物がいくつも建っている。

 さすがナハーティー。そんじゃそこらの街とは規模が違うな。


 なにせナハーティーは帝国の6大都市のうちのひとつだ。

 もちろん1位は帝都なのだが。


「ギャァァァアィィィィィイ!」

「………ん?」


 俺の感動を邪魔するような姦しい鳴き声が、俺の背後から聞こえてきた。

 あの鳴き声はたしか………

 そう、魔獣ヤザークだ。


「なんだってこんなところにヤザークが?」


 ヤザークといえば魔獣戦線で食い止められているはずだ。

 どうも1匹のようだし、偶然迷いこんだのかも知れないな。

 まあ取るに足らない雑魚だし、ちょっかいをかけてくるようなら軽く滅ぼすか。

 わざわざ振り返って、ヤザークで目を汚すのもなんだしな。


 それより今はナハーティーの街の感動に浸らせてくれ。


「きゃあ!」

「………様! お下がりください!」


 だが現実はどうにも俺を許してはくれないようだ。

 ふと振り返ってみれば、馬車が横倒しになっている。

 その馬車のそばには、お嬢様っぽい女性が震えており、それを守る少女騎士が剣を構えていた。

 おお、勇敢勇敢。


「………様のことは、この私が命に変えてもお守りします!」


 結構なことを言って騎士は剣をヤザークに向ける。


 そういえばヤザークって実際どれほどの強さなのだろうか?

 俺にとっては等しく雑魚だが、一般の人間の基準に照らしてみたらどうなのだろう?


 とりあえず様子見するか。死にそうになったら助けるし、勝てなさそうでも助けるからな。


「はぁっ!」


 騎士はヤザークに剣を振り下ろす。


「おっそ……」


 なんだあの剣の速度は。

 あの剣が振り下ろされるのを待っている間に、俺なら一品くらい料理を作れるぞ。


 そして、その一撃をくらうヤザークもヤザークだ。

 もちろん効いてないっぽいが。


「ギャァァァアィィィィィァァァァア!」


 ああうるさい! このイとアが混じった鳴き声がこのヤザークの特徴だが、何よりもうるさいのだ。

 鳴き声を聞くだけで魔獣を殺すことに積極的になれるのだから恐ろしい。


「くそっ! 効いていないのか!? この私の剣が!?」


 あの剣が効く魔獣なんぞいるか。

 ああ、でもガナーシーの幼獣ならギリギリ殺せるかも知れないな。

 まあそのあと成獣のガナーシーが出てきてボコボコにされるだろうが。


「ギャァァァアィィィィィィイ!」


 ヤザークが騎士に襲い掛かろうとする。


「………様! どうかお逃げください!」


 それにしたって見上げた忠誠心だ。

 死の間際にも自分の主のことを心配するというのだからな。


 よし、気に入った! もとより助けるつもりであったが、助けてやろう!


「噛みちぎれ〈螺旋の大蛇クンダリニー〉」


 炎がとぐろを巻いた蛇のような姿になる。

 そしてその蛇は大口を開けて、ヤザークを喰らった。


 うーん、他愛無いな。

 これがガルーダであればもっと楽しめただろうに。

 まあガルーダが街の付近に出没したら、それこそ終わりというモノだがな。


「さて、大丈夫だったか?」

「な、何者だ貴様っ!」


 助けてやったのに貴様とは、なかなか無礼なやつだな。

 しかしまあ、お嬢様にせよ少女騎士にせよ美しい。


 少女騎士の方は茶髪青目で、まだ初々しい感じを残している。

 お嬢様の方は薄い赤髪、赤目の儚げな雰囲気がなんとも守ってやりたいと思わせる。


「こら、ダミニ。助けていただいた方に貴様はないでしょう!」

「ですがこの男! 私たちのことを舐め回すような目で見ていましたよ!」


 舐め回すとは失敬な。

 ただ見ていただけだ。


「もう! うちのダミニが失礼を。彼女、少し男の人が苦手で……。それより、先程は助けていただいてありがとうございました」

「いや、困っていたようだったからな」


 丁寧な物腰で頭を下げるお嬢様。

 町を出て初の会話が「何者だ貴様」だったせいもあって、少し戸惑う。


 まあこれが普通だろう。

 それに男が苦手と言っていたしな。

 俺は器がデカいからその程度のことをいちいち気にはしないが。


「ふんっ! 口では誠実そうなことを言っても、男なんてだいたい体目当てに決まってますっ!」


 そう言うダミニの体を見ると、なるほど確かに男なら過ちを犯したくなるような体つきをしている。

 華奢な体つきの割に胸は大きく、尻も結構大きい。


「ほらっ! こいつやっぱり私の胸を!」


 鬼の首を獲ったかのように、高らかにそう言うダミニ。

 

 ………俺も器がデカいから、別にこれくらいのことでは腹を立てたりしない。

 ………俺も器がデカいから、別にこれくらいのことでは腹を立てたりしない。


 何故だか2回繰り返してしまった。


「それよりヤザークを一撃で倒すなんてお強いのですね! さっきの魔法も見たことがありませんでしたし……!」


 それに引き換え、このお嬢様はどうだろうか。しっかりお礼も言えて、さらに褒めてくれる。


「いや、大したことはない。俺の名前はラーマだ。あなたの名前は?」

「えっ!?」


 すると、そのお嬢様は手で口を覆って驚いていた。

 何を驚くことがあるんだろうか?


「わ、私の名前は………」


 どうしたんだ、急に?

 チラッと見ると、ものすごい形相でダミニが俺のことを睨んでいた。


「シータ………です」


 なるほどな。

 よりにもよって神話における『ラーマ』の妻、と言うわけか。

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