魔王は討伐されました!〜転生したら人間だった!?〜

馬場淳太

第一話 転生

「観念しろ、魔王アグニ! もう貴様は終わりだ」


 玉座の間、勇者は剣を突きつけてくる。

 どこまでも漆黒の空間に、勇者が見に纏う白い光がひときわ輝いていた。

 勇者の後ろには勇者の仲間たちが立っている。そしてその後ろには俺の部下たちの屍。


「悪虐非道の限りを尽くし、人々を苦しめてきたその報い、受けてもらう!」


 ええ………。

 全く身に覚えがない。

 なんなら勇者の手が回らないところの魔獣討伐とか手伝ってたんだけどなぁ……。


「いや俺、悪虐非道もなにも、悪いことしてないよ?」


 強いて言うなら、昨日の夜歯磨きをしませんでした! すいません!


「しらばっくれても無駄だ! 貴様がどれだけひどいことをしてきたのか、俺は王から聞いたぞ!」


 はいでました、一方の話だけを聞いて信じちゃうやつ。

 こいつ為政者向きじゃねえや。

 これはもう操り人形直行ルートですね。


 ………まあ一応、俺を殺すということへの覚悟ってやつを聞いてやろうか。


「それで? 俺をここで殺して、それからどうするんだ?」


 一瞬、勇者はキョトンとした顔をする。


 なに言ってんだこいつ? ……って思ってる顔だぁ!


「はぁ? そんなの王国に平和が訪れて、俺は王女と結婚するんだ」


 誰がお前の今後を言えと。

 ダメだこいつ、早くなんとかしないと。


 ………俺を殺した後に、魔族の子らが路頭に迷っても困る。


「おい勇者よ、よく聞け! 貴様にいいことを教えてやろう!」

「黙れ! どう足掻こうと無駄だ! 貴様の力は各地の宝玉を使って封じさせてもらったからな!」


 少しくらい話聞けよ……。

 というか、宝玉ね。ひどい話だと思わねえか?  俺の強大な力を恐れすぎて、俺の親父が各地に俺の力を減衰させる宝玉を配置したんだぜ?

 誰がテメェの父親に牙剥くってんだよ!

 

 おかげさまで今、全く能力使えません!


「だがまあ、死ぬ前に一言くらい聞いてやろうじゃないか」


 お、ラッキー。

 これでどうにか俺が死んだ後の政治について伝えられるぜ。

 安心して死ねるってもんだ。


「一言だけだぞ」


 勇者が釘を刺す。

 分かってるって。任せろ。


「勇者よ、俺が死んだら俺の机の後ろにあるファイルの上から下まで全部読んで魔界の政治について学んだ後俺の事業を継いで魔族たちが職にあぶれるってことがないようにして、そのあと俺の側近のウィジャスに話を聞いて魔獣防衛戦線についての話をきいてその防備を固めるのを忘れずに、あと魔獣たちについてウィジャスから学んで実地に赴いて兵士たちの士気を上げることも怠らないで、さらに隣の国のバラマス王国からの侵略に対してのカウンターとして今金融混乱を引き起こしてるからそれに対抗して打ってくるであろう政策を見越して新たなもう一手を打つためにどうにか頭を捻って考えるのと、われらが帝国に入ってくる諜報部員たちが多数いるから国境を見張ってその選別を行い帝国の情報が漏れるのを防いで………」


 あと、アレとコレとソレと………。


「分かった分かった! 貴様の考えてることは全て引き継いでやるからもう死ね!」


 ブシュッ!


 あ……まだ全然言ってないけど………。

 まあでも俺が考えてることは全て引き継いでくれるって言ってたし、考えを見抜くスキルでも持ってんだろ。

 じゃあ安心だな。


 俺は意識を手放した。



–––––––––––––––



 なんだったんだ最後のは。

 クソ長い上に一言に纏めようとするから何にも聞き取れなかったぞ。

 まあ悪虐の限りを尽くしたらしい魔王だ、どうせロクなことは言ってないだろ。

 

「やった、やったぞ………!」


 魔王の首を飛ばした。

 俺は剣を掲げる。


「やりましたね! 勇者様!」

「勝ったんだな……オレッチたち」

「これで平和が訪れますわ!」


 パーティのみんなも喜んでくれている。

 さて、こんな薄暗いところはさっさとおさらばしよう。

 帝都に帰って王女に会いにいこっと。



––––––––––––––––



「–––––旦那様! お生まれになりました!」


 ん? 俺死んだはずなんだけど………?


「おお! よくやったエマ!」


 無骨な手で抱き上げられる。

 抱き上げられる? この俺が?


「名前は何にしようか?」


 待て待て、状況を説明してくれないか?

 そう言おうとして、何故か声が出ないのに気付いた。


「うーん、折角だしいい名前をつけてやりたいなぁ……」


 名前、だと……?

 俺は脳をフル回転させようとするが、あんまり思考も回らない。

 あっれ、おかしいなー。


「ん? なんだか外が騒がしいなぁ」


すると、バタンッ! と扉の開く音がして、人の駆け込んでくる音が聞こえてきた。


「おい! ついに今日、魔王が討伐されたらしいぞっ! ………って、子供? 生まれたのか!」

「おお! 魔王が討伐されたのか……!」


 うーん、やっぱり俺、死んだのは間違いないっぽいけど………。


「赤ちゃんも生まれて、魔王も討伐されるなんて! こんなめでたい日はないぜ!」


 話を聞くに、事情はわかった。


「ねえ、あなた? 神話で魔王を討伐したという英雄から名前を取ってもいいんじゃないかしら?」

「ああ! それはいいな!」


 どうやら俺は………


「お前の名前は、ラーマだ!」


 人間の子供に生まれ変わったらしい。



––––––––––––




 俺が生まれ変わってから1年が経った。


「ラーマ! 頑張れ頑張れ!」


 脳の発達に従って考えられることも増えてきた。

 勇者の持っていた剣、聖剣かと思って見ていたがアレはパチモンだ。

 正体は分からないが、変な呪いが付いていた。

 〈魂を斬らず、入れ物だけを斬る〉というシロモノだった。

 誰が何の意図でそんな無意味な呪いを付けたのかは知らない。

 だがそれのせいで肉体が死んでも魂が残って死ぬ予定だった幼子に憑依したというわけだ。


「ラーマはできる子、元気な子!」


 さて、そろそろエマの期待にも答えてやらねばならないようだ。

 まあ俺にとっては、こんなことお茶の子さいさい。

 それっ! バターン!


「ラーマ! 大丈夫? 痛くない?」


 フッ………まだ1人で立って歩く時期ではないようだな。


 ………い、痛くなんかないやい!




––––––––––––




 とまあ、こうしてなぜか転生するに至ったわけだが、勇者に引き継ぐことは引き継いできた。

 これで当面は平和だろうし、俺ももう働く理由がない。


 ………ちゅうわけでや、俺、解放されたんじゃね?


 あの重労働。

 魔界だけでなく帝国も守る生活、寝ずに王国への対抗策を考え、魔獣防衛戦線を駆け回ったあの仕事から。


 ならば。

 ならば、いいんじゃないか?


 前世でできなかったことを満喫しても、いいんじゃないか?


 これからは俺のやりたいことをやろう!


 俺はそう決意したのだった。




––––––––––––




 バラマス王国王宮は魔王討伐の報せに騒然としていた。


「魔王が倒されただと!? ………あいつらバカか!?」


 バラマス国の若き国王、エンメルは帝国のバカさ加減に驚いていた。

 だが、なにはともあれ、これで帝国がただの雑魚に成り下がったのは真実。


「よし、一気呵成に攻め込むぞ!」

「それが………」


 まだ混乱が収まっていないのと、共和国が攻めてきているという。

 しかもどこから情報が漏れたか、王国の防備の薄いところを奇襲してきたのだ。


「十中八九、あのクソ魔王だな………死んでも俺らの邪魔をするか!」


 エンメルは帝国を放置するのを決めた。


 ………あの魔王のことだ、あと10年は何もさせてはくれないだろう。

 エンメルはそれを知っていた。



–––––––––––



 魔獣の長、グロティウス。

 彼もまた魔王討伐の報せに驚いていた。


「おい、魔獣戦線を今なら抜けられるぞ!」


 グロティウスは全軍を率いて、魔獣戦線の第一線である「グラザの防壁」に攻め込もうとしたそのとき、


「なっ!?」


 魔獣の群れを大量の水が襲った。


「何が起こった!?」

「グラザの大河が氾濫しました!」


 まさか、あのクソ魔王……!


「おい、引くぞ」

「いいのですか?」

「あのクソのことだ、あと10年は容易に攻めさせてはくれまい。

 それより魔王がいない今、魔獣戦線以外のところはゴミみたいな防備な筈だ! そっち行くぞ!」


 グロティウスはあの魔王の狡猾さを知っている。

 おそらく、他のところもなんらかの策は打ってある筈だ。

 だがしかし。


「もうヤツは死んだのだ」


 それは誰にも変えられない事実だった。

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