第六話 友達でも何でもない

 「お兄ちゃん!」

 

「お前は、俺のようにはなるなよ」


 掛けていた毛布を蹴り上げて、私は跳び起きた。


 五年前に離れた兄の夢を見る。兄妹なのに、これからは別々に住むという感覚が

なかなか実感できなかったことを思い出す。


 結局、会えなかった。


 私の勇気のなさがそうさせてくれない。


 怖かった。


 何か、私を後押しする「きっかけ」のようなものが欲しかった。






 「なんでお前、週末にシフト入れないんだよ、特に日曜日」


 着替えを済ませて仕事場へ降りようとしたとき、三田村に後ろから肩を掴まれて

詰問された。関係ないだろ、と言えなかった。


 「それは…」


 俺が口を噤んでいると、彼は焦れたようにイラついた後、勝手な憶測で決着をつ

けた。


 「どうせ、怖くて働けないんだろ。分かるんだよ、お前みたいなノロマは」


 「はあ?」


 怒りが、自然と声に出てきた。


 「はあ? だと? なんだその目は?」


 三田村は、自分より弱い相手に大きい態度を取られて逆上した。


 胸倉を掴まれる。みぞおちに拳がぶつかって、痛かった。


 「謝れ」


 「…なんでだよ」


 俺は、怖かったけど、悔しかったので睨み続けた。


 「おいっ、どうしたんだ?」


 近くで見ていた先輩が、俺たちの様子を尋ねる。俺は、掴まれた胸倉をほどかれ

るが、まだ安堵はしていなかった。


 「山木が、俺のことを馬鹿にしてきたので、つい」


 案の定だった。三田村は、外面がいいから自分の都合のいい嘘を我が物顔で目上

の人に話す。


 先輩が、大きくため息を吐いた。


 明らかに、俺の方を見て。


 「お前ら、売り場でも喧嘩すんなよ」


 「はい。すいません」


 三田村は、ヘラヘラしながら頭を下げた。俺は、頭を下げながらも、納得いかなか

った。


 「仕事ができないお前なんかよりも、俺の方が信頼があるってことだよ」


 こいつはいつか、ぶっ殺してやる。




 

 俺たちの二学期は八月の中旬から始まる。


 偏差値も高くない自称進学校のせいで、余計に学校に行かなければならない。


 学校では、相変わらず俺のことに興味がない連中だらけだった。


 「山木君、久しぶり」


 クラスメートの斎藤がいつもの三倍は汗だくで話しかけてきた。


 「おう」


 ただ、クラスで一人だけ、話しかけてくる男子がいる。


 眼鏡をかけたデブで、休みの日はゲームばっかりしているオタク。お世辞にも勉強

ができるとは言えない。


 なんで俺がこんなデブと仲良くしなければいけないのか、と毎日思っているが、

教室移動や体育のペアで一人になるのが恥ずかしかったからボッチ回避のために付

き合ってやっているだけだ。


 「ところで山木君は、大学に行くの?」


 デブが尋ねる。


 「分かんねえ。お前は?」


 興味がないけど俺は尋ねる。どうせ大学行く脳もないくせに。


 「ぼ、僕は専門学校かな。いつかはゲームクリエイターになりたい」


 「へえ」


 俺は、なるべく空返事にならないように気持ちを込めて返事をする。


 近くにいる女子の塊が、俺たちを見世物のように笑う。


 もう慣れっこではあるが、俺がこんなデブとつるんでるって思われると、いつま

でたっても彼女出来ないじゃないか、クソッ!


 ボッチ回避以外は、こんなやつ、全く役に立たなかった。


 友達でも何でもない。


 日曜日。


 何度も、何度も、何度も、いつものように怪獣をいたぶってやった。




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