最終話 怪獣

 「えー。生徒会長が本日不在ということで、私が代わりに言うことになりましたが…」


 文化祭の閉会式。


 盛り上げムードをぶち壊しにしてくれた男のせいで、装飾がめちゃくちゃになっ

た体育館。


 舞台で闘っていたのに、急に誰もが初めて見るような光を纏って、二回にもつけて

いた花の装飾が床に散らばる始末となった。


 そんなお通夜状態のような閉会式を横流しで聞きながら、俺はヒデオの帰りを待

っていた。


 




 「黒音ちゃん!」


 閉会式中ボタンを破られた夏服を隠すように、衣替えの早いヒデオの学ランを羽

織りひそひそと周りから注目を浴びていた黒音ちゃんは、どうやら急いでいる様子

だった。


 閉会式が終わり、全校生徒が解散になると、彼女は早足でどこかへ行こうとしてい

た。


 「間中!」


 黒髪の彼女は居ても立っても居られないというように、どこかへ走っていく。


 「あんた大丈夫なの!?」


 「俺は、ちょっときついけど平気!!」


 「無理しないでいいから、ついてきて!」


 「何か分かったの!?」


 「たぶん!」


 それっきり、動揺しきった俺の質問には応えなかった。






 彼女に連れてこられたのは、中学校か何かの校舎の屋上。人の気配がないのは日

曜日だからという理由だけではないらしい。


 「黒音ちゃん?」


 空を仰ぎ、何かを待っている彼女に痺れを切らして声をかけるが、返事はなかっ

た。


 「いつも、ここに来るんだから」


 「そうなの?」


 主語は、言われなくても分かっているが、いつもここに飛ばされているとは知ら

なかった。転送されるとは聞かされているのに。


 「脈ありだな…」


 「え?」


 「いや、何でもないよ」


 多分、邪魔されたくはなかったんだろう。二人だけの場所が、ヒデオには欲しか

ったんだな、きっと。


 その時だった。


 人間の身長くらいの白い光の柱が現れたのは。


 そして…。


 「あれ、ここは…。あっ!?」


 急に現れた男は、学ランと思しき黒いズボンに、さっきと同じ薄いロングシャツ

を着ていた。


 「お前らがいるってことは…、え!? ちょっ…がはぁ!?」


 彼に素早く走り寄り、二人して飛びついた。すると、くっついた三人はいとも簡

単にバランスを崩して、そのまま地面に倒れた。


 「うぉぉぉぉ! ヒデオぉぉぉぉ!!!」


 俺は泣き出してしまった。


 「あんたも無茶ばっかしやがって! バカ!!」


 隣に飛びついた黒音ちゃんも、顔を赤くして泣きじゃくった。


 「あっはははは」


 ヒデオは、腹を抱えて笑い始めた。


 「何笑ってんだよ!? こっちは心配してたんだぞ!」


 「い、いや、ごめんごめん」


 彼は、俺たちの身体を自分の元に引き寄せて。


 「俺にも、こんなに本気で心配してくれる仲間ができたんだなって、嬉しくなった

だけだよ」


 「お前さあ!」


 「あんたねえ!!」


 ヒデオは、こんな時でも相変わらず自己中だった。


 だから俺たちは、そんな身勝手なヒデオが、大好きだ。






 「おい」


 「あいつ、噂になった例のアレだろ?」


 一月。


 俺は、センター試験の会場で、『怪獣』の姿で試験をすることになった。


 日曜日という曜日が大っ嫌いだ。心の底から恨ませてもらおう。


 間中も黒音も推薦入試が終わって楽しそうに遊びやがって。嫌味かよ。こちとら四

方から飛ぶ興味の眼差しに悶え苦しんでるっていうのに。


 私立の大学に行った間中は「旅行行こうぜ」とか無神経に誘ってくるし、音楽の

専門学校に行った黒音は「付き合って二か月の彼女をほったらかしにして寂しくない

わけ!?」とか勉強中の俺に怒鳴り込んでくるし。ほんと、呑気な奴らだな、と羨

ましく思う。


 まあでも。


 「気の狂った『ヒーロー』を食い止めたって噂のだろ?」


 「あそこの生徒の投稿、バズってたよね」


 あの日の事件を機に、俺は『本物のヒーロー』とネットで称されるようになっ

た。受験生ということでテレビの収録はほとんどなかったものの、雑誌やら昼のワ

イドショーで取材を受けることが多かった。


 忙しいとか、恥ずかしいとか、いろいろ思ったが、一番は、がんばって良かった

なという気持ちが大きかった。


やはり、しぶとく努力して良い評価をもらえたら嬉しいもんだな。


 「めっちゃかっこよかったー。しかも正体って生徒会長だよね」


 「テレビにも出てて、チョーイケメンだったし。日曜はキモいけど」


 「クイズ番組も正解連発だったよな。日曜はキモいけど」


 正体は、もうほとんどの国民からばれている。「日曜はキモい」やめろ。つーか

お前ら受験生なら参考書開いて確認しろっつの。興味に負けんな。


 「あんな上辺だけの『偽ヒーロー』を俺たちは応援してたなんて残念だな」


 「確かに、あいつは毎日キモいわ。きゃはははは」


 一方で、『ヒーロー』はあれから顔を出さなくなった。あいつは確かに嫌いだっ

たけど、せめて自分の目標みたいなものを見つけて頑張ってくれたらいいな、と思

う。


 「そろそろ試験が始まるので席についてください」


 厳格そうな壮年が分厚い紙の束をもって教壇に立つ。参考書やノートを開いてい

た真面目な受験生たちは、それらを閉じて渋々というようにカバンにしまう。


 俺もそれに倣った。


 参考書をしまってから、学ランの襟元を探り、金属の小さな塊を見つける。


 それは、昔、佳也子からもらったものではなく。


 それに手を当てると、二人の声が聞こえるような気がした。




 「ヒデオなら大丈夫。だって俺らのヒーローで生徒会長だからな」


 「ムカつくエリート人間なんだから、せいぜい首席で合格しなさいよね」




 「うるせえよ…」


 クスッと笑いながら、ペンケースを取り出してシャーペンの芯の状態を確認し始

めた。


 「言われなくてもやるっつの」


 『怪獣』になってから何が幸せかって?


 本当の努力と、本当の仲間を手に入れたことだ。





 『終末の週末―THE WEEKEND OF THE END―』

                      

                         完

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