第12話 照れ隠し

 マオミは、東間凪子の寝顔を眺めながら柔らかく笑う。


「凪ちゃん、センセイ呼んだって知ったら、絶対キレるよね」

「キレるっしょー」


 ギロンボも、同意するようにうなづく。


「東間、センセイの前ではかっこつけてるって、よく言ってるしな」


 それは初耳だ。私が驚いているのに、マオミは気付いたらしい。


「ギロさん、ダメですよ。センセイ、配信見てないんだから」

「ああ、そうかそうか」


 “東間凪子”は、彼らにとって生意気な妹分のようだ。彼女を見守る目は優しく、彼女の話をする言葉は暖かい。


「“凪子ちゃん”が、配信楽しいって言ってたの、何かわかる気がします」


 変な人たちなのかもしれないけれど、優しい仲間がそばにいて、一緒に時間を作り上げていくこと。それは、私には出来ないことだ。同じVtuber仲間だから出来る、ほんの少しの時間かもしれない、きらきら輝く大事なものだ。

 私が言えば、三人は次々に驚きの声を上げる。


「うそ、凪ちゃんそんなこと言ってたの?!」

「信じらんねー! あいつ、オレらにデレるとかあるの」

「まあ、東間は俺たちにはなついてる方だと思うけどな」


 ああ、そういうことか。

 私が知らない“東間凪子”がいるように、彼らが知らない東間凪子も存在する。それは同じ人のようでいて少しずつ異なる“誰か”で、決して交わることがない。

 だから、今私がここにいるのは、やっぱり変なことなんだ。


 すると、マオミがくるりとこちらを向いて笑った。


「でも、凪ちゃんはセンセイのことが一番好きだよね。昨日も、変な人に絡まれた時、助けたんでしょ?」

「助けたって言うか、単に割って入っただけで……。そもそも、私、あまり話したことないんですよ」

「えっ」


 マオミが驚いたように目を丸くするが、驚きたいのは私の方だ。


「“東間凪子”ちゃん、普段は結構無口な子で……。昨日、プレゼントを一緒に買いに行くまでは、私、一緒に遊んだこともなかったくらいで」

「うそ! いつもあんなにセンセイのこと話してるのに!」

「そうなんですか?」


 すると、リョウタが隣からスマートフォンを見せてくる。


“【切り抜き】東間凪子のセンセイ惚気デッキ その1”


「なんですか? これ」

「あいつが、配信でセンセイのことなんて言ってたかまとめたやつ」

「まとめたやつ……」


 恐る恐る再生する。画面に“東間凪子”の顔が現れた。色んなゲームをしながら、雑談をしながら、彼女は語る。


『センセイと一緒にいる時は話さなくても居心地いいですね。信じられます? 私が一時間のうちにほとんど話さないとか』

『センセイはみなさんと違ってちゃんと褒めてくれるんですよ』

『わからないことは教えてくれるし、いらない事は言わない。センセイを見習ってもらえます?』

『みなさんにはセンセイみたいな知り合いがいないんですか? 可哀想ですね』


 そこまで聞いて、私は急いでスマートフォンをリョウタに返した。動画は残り四分もある。私を見る三人の表情は、暖かいのかいたずらっ子なのか、よくわからない。


「センセイ、何も知らないならアーカイブとか見ない方がいいかも。凪ちゃん、恥ずかしすぎてキレ散らかすと思うから」


 予想は当たった。

 うっすら目を開けた東間凪子は、この世のすべてを飲み込まんとする勢いで息を吸い、大声に変えた。


「なんでセンセイがここにいるの?!」

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