第二楽章 お人形の眠り

 私は可もなく不可もなく、人生をそれなりに楽しんでいる少女だ。


 遠野まわた。十八歳。都内の全日制私立高校に通う生徒だ。挨拶をするだけの、LINEともだちは、たくさん。親友と呼べる人は、いない。


 成績もスタイルも平均点。褒められることもけなされることもない、ぬるま湯に浸かったような学園生活を送っている。


 役所勤めのパパと、専業主婦のママのあいだに生まれた、ひとり娘。幼いころは好奇心旺盛で、様々な習いごとに手を付けた。だけど、熱心ではなかった。バレエ、習字、体操、ピアノ。ピアノ以外は三ヶ月で飽きた。


 真綿で首を絞める、という言葉がある。最初、現代国語で、この言葉に出会ったとき、自分で自分の首を絞めるのかと思った。私の名前は、まわた。


 まわたのように、ふんわり柔らかい優しい子になってほしいと、両親が願って付けた名前だ。もしかして、キラキラネーム? 

 だけど私は名前の件で、いじられたことはない。軽く笑う人はいたかもしれないけれど、私は、まわた。だから怒らないだけ。


 鈍感ではなくて、衝撃を緩和して吸収する性格だ。ドライと言えば、しっくりくるのかな。何事にも熱くなれない。


 穏やか極まりない私の心を、少しだけ熱くしてくれるものが、あるのだとしたら、八歳から習っているピアノだ。恋愛じゃなくて残念。


「ぼくと話すときより、ピアノを弾いているときのほうが楽しそうだね」


 恋愛ごっこをしていた男の子に、そう突っ込まれた。図星だった。数日後には、お別れしていた。自分のドライな性格が怖い。


 八歳から十八歳まで、十年も習っていた割に、私のピアノのレベルは中途半端だった。

 中学生で、ブルグミュラー二十五の練習曲を終了。高校三年の今、やっとソナチネレベルに達して、ベートーヴェンの『悲愴ソナタ第三楽章』に手古摺てこずっているなんて、本気でピアノの道を歩む人には笑われると思う。


 私のピアノの先生は勿論もちろん、音大出身だけれど、口癖は

「音大時代は毎日、泣いていたわ」と

「本当に好きなことは、本業にしないほうが幸せよ」の、ふたつ。


 暗に、音大受験には実力不足と、遠回しに言われているようなものだ。蛇の生殺し。真綿に首を絞められる。


 ♪♪♪


 私の取り柄って何だろう。

 私は、どうやって生きていけば、いいのだろう。


 紅葉散る季節になっても、高校卒業後の進路を決められないでいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る