量産魔剣

 魔剣というのはおとぎ話に存在する神々の遺物だ。軽く凪げば周囲を埋め尽くす炎を生じたり、神すら殺し得る力を持つと言う。なるほど実に情緒あふれる物だろう。

 しかし、持ち手によってその力の発露が左右されるという問題点も抱えている。俺にとってはそれこそが非常に腹立たしかった。赤子であれど使えるならばそれが良い、本来ならば道具とはそういう物だ。


 とはいえ、戦う覚悟を持つ者が持てるようにすべきだろうと開発俺は剣の形に拘った。それこそ別に指輪の形やペンダントには出来る。


 その後すぐに剣の形に飽き、急に真逆の手軽さを求め、一つの到達点として生まれたのが、魔術紙と呼ばれる破れば放てる紙だ。自分でも急に真反対の事するじゃんと思わなくはないが、探究者として出来るからやってみようとなるのは最早仕方ないと思ってほしい。


 魔術紙は既に放つ分の魔力を紙に込めている為に枚数分連射出来る。物によっては俺の虚幻書庫を改造して魔力さえ込めれば、魔術の込められたページが無限に補充される"幻影魔本"も作成可能だ。


 どうにも皆『魔術を使う為の魔術』という分野を発展させる発想が無いらしく、新しい攻撃魔術だの、新しい障壁魔術だの、別に既存の物の改良で良くない?という魔術ばかり開発しているというのが俺から見た印象である。

 魔術はそもそもの使用難易度が高いのだから、発動を補助して魔術で戦える兵を大量に作った方が効率的に殺せる。魔術師の立場は相対的に下がるだろうが、それがどうしたという話だ。

 大陸の統一を成せば今度はより生活を便利にする為の研究にのめり込めるのだ。魔術師の需要は尽きる事無く、より安全な場所で研究できる。今までの危険行為を他の凡百が請け負ってくれるのだ、それこそ良い事だろう。


 もっとも、戦場という危険地帯に突っ込む事を是とし、王道の道中で躓いた俺の言えた事ではないのだが。


◇◇


 中庭について軽い剣の説明を行った後、伯爵の前で、人をかたどった土の的を魔術で作り、並べ的当てを開始する。


「まずは氷の魔剣モドキです」


 刀身に意識を集中し、剣を突き出し魔力を込めると刀身の周囲から氷の刃が出現し5つの的を貫通した後停止した。


「素晴らしい!」


 既に感極まった伯爵が手を叩いているが、まだまだこれからだ。


「多少訓練は必要ですが、こういう事も出来ます」


 今度は魔力を刃に込めた状態で刀身を伸ばすイメージを行うと、刃が薄氷に覆われ、そこから氷の刀身を伸ばし遠方から5つの的の首を両断した。


「なんと……!」


「重心が変わるのと極端に切断能力が上がるので、雑に振り回す雑兵に持たせるのはオススメしません、また刃を立てた後に角度がズレると本体の刀身がへし折れたりもします。あくまでも慣れぬ内は、魔術を放つに留めるのが良いでしょう」


 そう言った後、炎以外の残り3本を使用すると伯爵は実に喜んでいた。特に身体強化の剣には非常に関心を持っていたようで、これをペンダントの形に出来ないかと聞かれたので、それは追々と答えておいた。じらす事も大切だ。


 それにしても良い目の付け所だろう、派手な魔剣の方に目を奪われがちの筈が、一番軍に安全かつ簡単に転用できる身体強化の魔剣に強い興味を示しているのは実に良い。


「正直、属性魔剣の方は秘匿があまりにも難しい、王を警戒させてしまう可能性すらある」


「でしょうね、やはり貴方は大いなる慧眼と器をお持ちのようだ」


「ハハハ、褒め上手ですな」


「王道を歩みたい時は手助け程度ならば行うつもりです。さて……ここからは私のお願いになるのですが……」


 伯爵への手土産を渡し終わった後はお願いだ。一先ず小間使いが欲しいという事と、程度を落とした魔剣や身体強化の小物を販売して良いかという事。魔術を込めた高級なスクロールを販売して良いか等を聞いてみた。


「流石に魔剣をいきなり……というのは困りますな」


「でしょうね、なので身体強化の小物、此方も程度を落とした物を考えています」


「ふーむ……それぐらいならば」


「小間使いに関しては別に特別な事をさせる気はありません。今日のように本来なら伺いを立てる所を、直接来るといった無礼を無くしたり物持ちに使ったりですね……後は馬車もあった方が良いかもしれません」


「ええ、そちらに関しては先ほどのメイド、リアを付けたいと考えています。馬車に関してもすぐに用意致しましょう」


「ありがとうございます。しかし、リアと言うメイド……眉目麗麗しく見たところ腕も立つ、重要な人材でありましょう、宜しいので?」


「必要ないとは存じておりますが、やはり護衛も必要かと思いまして、それも兼ねてという事です」


「お気遣い痛み入ります」


「なんの、本当なら軍を常につけて歩いて欲しい程なのですよ?」


「ハハハ、まるで箱入り息子になった気分ですね」


「フフフ、相変わらずお上手だ」


 お互いに笑い合いながら納得し、そっと手を刺し伸ばすと手を取り強く握る伯爵。きっと彼には今だ見果てぬ世界が見えている筈だ、あるいは俺が見た情景の続きが見えているのかもしれない。

 だが、俺はそれを見る事はもう無いだろう。俺が誠の忠誠を誓ったのはかの王のみ。彼に対しては雇い主として、そして手を伸ばしてもらった情のみしか沸かない。だが、裏切る事は無いだろう。

 最後まで王を裏切らなかったように、少なくとも先んじて伯爵を裏切る事は無い。


 それは俺の心に反する行為だからだ。


◇◇◇


 その後軽く、この先の商売のお話を相談した後、身体強化の魔術を込めた小物を形問わず10程作成して欲しいと頼まれた。同時に金貨を更に渡されそうになったが、流石に貰い過ぎなので足りなくなったらリアを送ると言っておいた。軽々しく金貨を渡してくるが彼にも財布事情があるだろう。


 それに、あまり無心し過ぎるのも良心が咎めるという物だ。


 あと、伯爵に一人冒険者を専属で雇いたいという許可も取っておいた。こういうのは報告連絡相談が大切なのだ、伯爵に裏心ありと見なされるぐらいなら胸襟を開いた方が良い。


 夕食のお誘いを受け美食に舌鼓を打ち、日が落ちきる前に帰宅する。扉を開けばあまり生活感の無い工房、少し寂しいがこの寂しさはきっと良い寂しさなのだろう。どうせ後で荷物が足の踏み場もない程に広がる。


 で、直近の問題は此処だろう。


「本日付けでルベド様付きのメイドとなりました、リアでございます。どうぞお見知りおきを」


 ランプの明かりを挟み、お互いに向かい合って軽く面談を行う。伯爵が選んだ人材であるから問題は無いだろうが、お互いの事を知っておいた方が良いと考えた訳だ。


「手間をかけるな、ルベドだ、不服もあるだろうがよろしく頼む」


「いえ、伯爵からは身をもって守れと言いつけられております、無論夜伽の方も」


「堅苦しいのは良い、普通にしてくれ……それで、リアは何処の貴族だ?」


 メイドと言っても、それなり以上の教養を要求される事は多い。その為、幾つかの場合は何処かの貴族のご令嬢が嫁入り前の修行で入る事もあるのだ。なのでこのあたり確認せずに無体な事をしてしまうと伯爵に迷惑が掛かるのである。


「騎士の家系ですが、女騎士として認められるには目を見張る功績が必要です。母は私が生まれた後しばらくして死に、父は再婚をするつもりは無く私を騎士として育てました……将来的には騎士になる心づもりではありますが」


「女だてらに……とは言えんな、だがまぁ俺につけられたという事は出世は思いのままだと思ってくれ、俺に出世欲は無いから部下になった者達に適当に功績は振り分けるつもりだ」


「聞いていた通りの方ですね。つかみ所無く、欲も無く、ただ漠然として其処にある。時に竜のように自由で、時に道化のようで、時にどの王よりも恐ろしいと」


「あるがまま、それだけだ……それで少し聞きたいのだが、伯爵はリアに手を出しておいた方が安心すると思うか?正直一々痛くない腹を探られるのも面倒だし、貴重なパトロンで恩義もある。なるべく安心させておいた方が良いと考えているのだが、かといって一門になると不都合の方が多いので良い感じにとりなしてもらえないだろうか?」


 かなり真剣に語ると、ニッコリと笑い答えるリア。


「あまり深刻に考えなくても、伯爵は貴方の味方ですよ」


「そうか、ならば今日は自由にしててくれ。そうだな……明日の予定として、此方側は適当に冒険者を見繕って雇うつもりだが其方は日常品を買い入れたりしてもらえると助かる」


「承知いたしました、離れて行動になるならば変わりの護衛を――」


「いや、魔術を使って出歩いて本体、ええと、俺の体は此方で作業を行うつもりなので家から出ない。伯爵から頼まれていたペンダントを早々に完成させておきたいからな。如何せん、どうにも時間の無駄が許せない性格らしく働き過ぎとよく弟子に殴られて強制的にベッドに放り込まれた物だ」


「では、私も期をみてそうした方が良いかもしれませんね」


「ちなみに弟子は剣術および格闘術は俺を寝かしつける為だけに複数の皆伝を取っていた。並大抵で眠らせれると努々思わないでくれ、あと剣術では明確にリアより俺の方が上だ」


「それは……今度是非お手合わせを願いたいです」


 心底楽しそうに笑う彼女、どうやら戦闘狂の片鱗があるらしい。それはメイドとしてどうなのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る