数打ちを改造

 先程購入した剣5本を自らの工房に持ち込むと、早速剣の改修に入る。とはいえ、ほぼ魔術で行う改修の為に左程苦労もしないのだが。


「さて、腕が鈍ってなきゃ良いんだが」


 剣を一本鞘より抜くと、魔術を行使し剣の表面に鉱石魔術を掛けてレリーフを掘って行く。というよりはレリーフの形に鉄同士の結合を緩めて外していくと言った方が正しいだろう。


「よしよし、問題ないな」


 道具袋から小槌を取り出し、カンカンと軽く剣を叩くと結合が緩んだ部分の鉄がボロボロと崩れていくのでキレイに筆で掃いてゴミが噛まないようにする。さて、次が本題だ。


 先程鍛冶屋に渡した鉱石の小ぶりの物を手に握り込み、レリーフに沿ってその鉱石を流し込んでいく。魔力伝達効率を重視している為に特定の魔術をかければこのように流体へと変化するのがこの鉱石の良い所だ。

 今回、何故鍛冶屋にこの鉱石で剣の生成を頼んだのかと言うと、レリーフを掘り流し込む加工法では、込める事の出来る魔術の天井が低く自分の求める性能が発揮できないと考えた為である。なので、完全に刀身をこの鉱石で作って欲しかった。


 とはいえ、この剣への加工方法でも良い物が出来る事は理解しているのだが……求める理想が高すぎるか?


「うーん、我ながらレリーフのセンスが古い、次のは羽根とか鷹にすべきか?」


 そんな事を一人ごちながらテキパキと作業を行い、最後に地面に魔術陣を描いてそれの上に5本を並べ魔術を行使する。これで完成だ。


「やはり魔力光を持つとそれなりには見えるな、センスの古いレリーフもこうなれば神秘的にも……一応見えなくもないな」


 今行ったのは剣に対する魔術式付与だ。普通の剣を、疑似魔剣とも言うべき量産兵器へと変貌させる為の技術とでも言おうか。

 この疑似魔剣は、本人の魔術及び属性適正に関係なく魔力を刀身に通せば誰でも一定の魔術を行使できるという物だ。


 今作成したのは炎・氷・雷・土・身体強化の5属性。炎の剣に魔力を込めれば剣より火球が生まれ、氷ならば氷の槍を飛ばし、雷ならば剣より雷の矢が飛び、土ならかなりの速度で周囲から岩の槍を生成して飛ばす。身体強化は言わずもがななのだが……身体強化とこの付与は全体的に相性が悪いのだ。具体的に言うと、強化がかかり過ぎて相手を切った時に剣をへし折ってしまう可能性がある。


「んー……見本だし別に良いか、もうちょっと考えて作るべきだったかもしれないが大丈夫だろ多分」


 後は伯爵にこれを店で売って良いか聞いてついでにお礼言いに行くのと、伯爵の所で数揃えて兵士に運用させるか聞いておきたい所である。


「何か持って行った方が良いかな、うーん……久々に何か菓子でも作るか?」


 伯爵からは急ぎの要件が無い限りは此方を優先すると言われているので、適当に会いに行っても大丈夫だろう。それに、最悪向こうに暇が出来るまで待てば良い。とはいえ……手土産の一つぐらいは持っていくのも礼儀だろうか。

 

「ううん、失礼は無いように一応伯爵の予定だけ先に確認……ああ、やっぱり小間使い必要だなこれ……いや、其処を踏まえても一度伯爵の屋敷行くか」


 今の俺は貴族では無いにしろ、伯爵に対しては可能な限りの礼儀は尽くすべきだと考えている。他の貴族は知らないが、伯爵があまり不利にならない立ち回りは最低限意識すべきだ。


「今回に至ってはギリギリ準備が無かった言い訳が通じるか、それに伯爵にとっても実利になるならば多少は無礼も許されるだろ多分?どう思———いや、誰も居ないんだよ」


 知らない間に弟子や王に相談するクセがついていたようだ。政治的な所はあの二人に結構任せてたからなぁ。


 少し気恥ずかしくなり頭を掻く、やれやれという奴だな。今回はリソースが余っているのでやれやれしても良いと見た。そういう余裕的リソースがあるのも、大切な事だ。


◇◇◇


 ひとまず、スクロールに剣5本を入れて歩き出す。やはり荷物持ち含めて従者は必要だ。ホムンクルスを使うのも現状ではあまりよろしくないし、荷物持ちゴーレムも白昼堂々使うとそれなりの騒ぎになるだろうしなぁ……実際、前に馬ゴーレムを売ってほしいとせがまれた時は本気で面倒だった。


「ホムンクルスを作るにしても設備次第か」


 通称、薬屋通りと呼ばれている錬金術師達の店を横切り領主の館まで徒歩で来た。うーん、馬車も用意しといた方が良いか?


 館の門番の所まで行くと、此方の顔を覚えていたらしく驚く様子も無く丁寧に要件を聞かれた。内容を伝え伯爵家の印を見せると小さく頷き一礼の後に開門してくれる。


 いやはや、本当に躾が行き届いている。同時に出迎えのメイドが一人此方に緩やかに歩み寄ってくると、笑顔で一礼を行った。


「お疲れ様ですルベド様。伯爵はただいま接客中でございますが、急ぎの要件でしょうか?」


「伯爵へ手土産が出来たから一連の配慮への返礼をと思ってな、急ぎではないし歩き疲れたから伯爵には優先しなくて良いと伝えてくれ」


 こう言っておけば伯爵もあまり気を使わなくて良いだろう。


「承知致しました、部屋にご案内致します」


 そう言って先導するメイドについていく。ふむ、中々溌剌とした良いメイドだ、此方も教育が行き届いていると見える。腰まで伸びたポニーテールに異国情緒のある黒髪。

 恐らく武術も少し嗜んでいるのだろうか、他者との間合いの取り方が上手いというか……ふむ。


「足運びが良いな、剣術……皆伝近い相応の技量か」


 わりと適当言ったが、多分大体は当たっている気がする。


「流石の審美眼でございます。メイドの立場では嗜む程度でありますが、我が領内で上位10人に入ると師範からは」


「なるほど、良い腕だ」


 応接間に付くと、扉を開き此方を招き入れる。部屋には……伯爵と……誰だろうか。やや恰幅の良い男性が脂汗をかきながら此方を見ている。


「伯爵様、ルベド様をお連れ致しました」


 いきなり直接伯爵の元に案内されてしまった、という事はアレか、目の前の小太りさんがちょっと邪魔だったりする訳か。


「気を使わなくて良いと伝えたのですが、数日ぶりです伯爵殿」


「ルベド殿か、何、私がそちらを優先するように伝えていただけだ。お気になさらず」


「しかし、先客がおられるようですが」


「いや、既に話はまとまっている。ガヴ殿、お帰りを」


「し、しかし……!」


「リア、ガヴ殿はお帰りになるようだ、丁寧にお送りしろ」


「承知致しました」


 何やら面倒事か?俺の隣を通り過ぎる時に、文句の一つでも言いたげな目をしていたが、同時にそこまでの胆力も無いとも見えた。小物にすらなり切れない凡百、それが彼から感じた印象だ。

 メイドのリアが彼を部屋から追い出し歩き出していくのを見送った後、椅子に座る。

 

「面倒事ですか」


「ゴーレム分野の錬金術師だったのだがな、ロクな結果が残せずいい加減に切りたかったのだ。無駄に資金を使うぐらいならばルベド殿に投資した方が良い」


「ふむ、次第によっては彼を引き入れても良いでしょう。私も技術的に行き詰まりを感じている、彼の凡百の目線は新しい地平を捉える可能性もあります」


「本気かい?」


「少し置いて腐るようならばその価値はありません、しかし、尚熱意を持ち目指すのであれば大いに」


「フフフ、相変わらず面白い方だ」


 そう言い終わるあたりで紅茶と菓子が運ばれてくる。いやはや、本当に教育が行き届いている。


「して、此度は?」


「ゴーレムのマスターピースだけでは少々手土産に不足かと思いましてね、試供品を兼ねて少し面白い物をお持ちしました。が……テーブルが手狭ですね、しかし入れてもらった物に手を付けないのも……」


「ハハハ、ゆっくりしてもらって結構ですよ」


「そんな事を言いながら、既に気になってらっしゃるようだ……そうですね、少しだけ頂きます」


「おやおや、気遣わせてしまいましたな」


「お互い様という奴ですな」


 そう言って5分程茶と菓子を楽しむ。途中、鍛冶屋を紹介してもらった事に礼を述べつつ丁度紅茶を飲み干した当たりでメイドに向かい目くばせすると、静かに頷いて茶器や菓子を下げさせた。


「手土産といっても、今回は以前の物に比べれば些細な物なのですがね」

 

 そう言いながらスクロールをテーブルに広げ魔力を込めると5本の剣が出現した。


「剣、ですか、それにこのスクロール……」


「ええ、紹介して頂いた鍛冶屋で購入した物に少し手を入れた物です。スクロールに関しては秘伝となっておりますので今しばらくはご容赦を」


「————でしょうな、これでは暗殺でもなんでもありだ」


 こうやって手札をチラ見せしていく事で彼に対しての価値を高めていくのも、一つの駆け引きと言えるだろう。


「限定的であれば行軍にも使えますが、流石にまだ広めるに早いと存じますので」


「なるほど……それで、この剣は一体?」


「量産魔剣です、伝説に伝え聞いた魔剣の再現を行えないかと片手間に考えた物ですが……魔力さえあれば魔術を使える使えないの有無に関わらず一定の魔術を使えます」


「なんと!?」


「現状込めた魔術はどれも下位から中位の間程度の魔術ですが、軍ではこれを部隊全員に持たせ一斉射した後突撃したり、騎馬兵に対してこれを行い出鼻を挫く運用を行っていました」


 伯爵は手を口に当て黙する。どうやら運用に関して色々と考えているようだ。


「戦が……変わります。それこそ兵同士が当たる前に全てが決着してしまうやもしれない」


「伯爵が想像しているより多くが死にますでしょう、なにせこれさえあれば女子供であっても持つだけで魔術を放てる。これは数打ちですが、しっかりとした物も一つ作成中なのでそれは後日お渡しできるかと」


「劇薬だ」


「でしょうね」


「これを、軽い手土産という貴方を恐ろしく感じます」


「良い兆候です。恐れを知らぬ者や物を正しく理解できない者にこのような力を預けようとは思いませんので」


「……今現状はこの5本のみですか?」


「作ろうと思えば500程ならば左程手間を掛けず揃えられます。加工前の母体となる剣が必要ではあるので、完成済みの数打ちは必要ですが」


「実際に使っている所を見たいのですが、問題無いでしょうか?」


「炎の魔術を込めた物でなければ問題は無いでしょう、どれも貫通力を高めてあるので私が守護用の結界を張ります」


「それは、至れり尽くせりですな、中庭に案内致します」


 そう言って伯爵が席を立ったので、その背中を追いかけていく。どうやら伯爵もお気に召してくれたらしい。

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