2パック 愛に迷えるホルスタイン

朝。


霧の立ち込める牧場。


早くも牛の世話に励む牧場主と、従業員。



そして、家の中でまだ眠る哀れな童貞少年の悲鳴が、やがて、響き渡る。




「な、何じゃこりゃー!」





自分の部屋の布団の中、自分の隣りで、ぷりぷりの肌をした巨乳の女の子が裸で横たわっている!




しかも潤んだ瞳の童顔の乙女だ!





…一昨日まで牛だったけど。




「ジローくん…おはよう…」




大きな声で眠りから覚めたみるくは、ゆっくり上体を起こした。



昨日あったことは夢ではなかったのだとジローは愕然とした。



「それにしても、なんでここにいるんだよ!」



ジローはみるくに向かって枕を投げつけた。



「イタッ。

だって、だってね、ジローくんと一緒に居たかったんだ…」



「うぜーよ。ていうか、何で裸なんだよ」



「服って、何かガサガサして気持ち悪いんだもん」



「でも着とけ!服は絶対着とけ!」

ジローは部屋に無造作に散らばるきらびやかな女物の服の数々を眺めた。


「まともな服が一つもねぇ」



ジローは昨日の出来事も含めて、もう勘弁してくれと言うようにため息を吐いた。



昨日、2階の部屋に閉じこもってからみるくが自分のドレス姿を見せびらかしに来て、それを冷たく突き放したところ、

みるくはドレスが気に入らなかったと思ったのか、服を取っ替え引っ替えしてなんとか褒めてもらおうと布団に潜り込んだジローを引っ張りだしたのだ。



今朝は、その取っ替え引っ替えした服が溜まって残っていた。



ジローがうーんと唸って、


「何を着たい?」


と、聞いて、みるくが指差したのは、

やっぱり最初に着た白いスパンコールのイブニングドレスだった。


ジローは苦い顔をした。


「それはダメ」


「どうしてなの?嫌いなの?」



「うん。大嫌いなの」



「そっかぁ」


みるくは残念そうな顔をして渋々と布団から立ち上がり、セーラー服を手に取ると、コレを着ると言った。

ジローが服を着せようとすると、


「ちょっと待って」


と、みるくが上着を頭から被ったところでジローの手を止めた。



「あのね。何か、気持ち悪いの」



「しょうがねぇだろ。裸でいられると困るんだ」



「そうじゃなくて、お乳が…」



「乳?」



首元で降ろされずに止まっている服の布は、一番隠したいふくよかな胸を隠せずにいる。

ジローが胸を隠すように服を下げようとすると、


「あ、ダメ」



みるくがもの欲しそうな瞳で見つめてくる。


「何?」


ジローは窮地にたたされていた。理性がなくなってしまいそうだ。男がヤバイ!



「お乳が腫れて…気持ち悪い…」



みるくは、ジローの手を取り、その手を乳房に押し付けた。



「昔みたいに吸っていいんだよ」



「えぇ!?」

「昔みたいに、みるくのお乳を飲んで」



まさか、出るわけでもあるまいし。


ジローは手に触れる柔らかな膨らみを揉んだ。


すると、揉んだ乳房の乳首から白い液体が飛び出したのだ。



「あん…」


みるくが吐息を漏らす。

「ウソだろ!?」

いや、それを言ったらコイツの存在自体が…。



「ジローくん、お願い。みるくのお乳吸い出して…いっぱいで苦しいの」



「い、いや、でも…」



「ジローくん。みるくを助けて…」



たじろぐジローにかまうことなく、腫れた痛みで苦しいみるくは、ジローの口元に乳首を運んだ。



唇に乳の先が付いてしまう。


ジローは顔をそらした。


「こ、こういう事には、順番ってものがあるだろう」


真っ赤な顔でそう言い放つと、ジローはみるくを避けるように部屋から走り去った。

「ナンちゃーん!助けてくれー!」


ジローは家を飛び出し、牛の世話をしているナンちゃんの元へ走った。


「そんなに慌ててどうしたのよ」



まるで茹でダコのように真っ赤な顔のジローに、ナンちゃんは驚いた。



「あのさ、あのさ、ヤバイんだよ」



息を切らしながら血走った目で話すジローに、



「どうしたのよ。あんた、怒ってんの?」



「いや、別に怒ってないけど」



「じゃあ何で、そんな赤い顔してんのよ」



「とにかく、ヤバイんだよ。みるくがさぁ」



「みるくが?」



「何か訳わかんねぇんだ。乳がさ、乳が、パンパンでボーンとなって、ピュッて出たんだよ。乳が牛乳だったんだ」



「あんたが訳わかんないわよ」



「とにかく、来てくれ。あいつ、苦しそうなんだよ」

二人がジローの部屋にたどり着くと、そこには辛そうなみるくが布団の上に横たわっていた。


ナンちゃんは驚いて駆け寄った。


「みるく、どうしたのよ」



「お乳が…痛いよぅ…」


みるくは胸を庇うように倒れていた。


ナンちゃんがみるくの胸を触った。

「大変!熱があるじゃないの」



ジローはオロオロしながら、聞いた。


「どうすりゃいいんだよ」



ナンちゃんは少しの間考え込むと、次にみるくの体を抱え込んで部屋を後にした。



ナンちゃんは何を思ったか乳牛の小屋に行き、乳搾り機をみるくの前に出した。


「まさか…」

ジローが息を飲んだ。


「ちょっと手荒だけど、腫れて熱を持っちゃってるから早く出さなきゃね」


ナンちゃんはそう言うと、みるくのパンパンに腫れたむき出しの乳房に乳搾り機を付けた。


「あ…あん…」

みるくの乳はみるみる搾り出され、やがて腫れも退いていった。



「ふぅ。楽になった」


機械を乳房から外すと、みるくは安堵のため息を吐いた。



「もう痛くないのか?」

ジローがそう聞くと、みるくはコクンッと頷いた。



「よかったわ」


ナンちゃんはほっとした顔でみるくの頭を撫でた。


「でも、どうしたらいいかしらコレ」



ナンちゃんの手にはみるくから瓶に入った搾りとった乳が握られていた。

「せっかくこんなにあるのに棄てるのはもったいないし」



「の…飲むの?」


ジローはなぜか手に汗をにぎった。


「そうね。体によさそうだし、あたしが飲んでみるわ」



と、瓶に口を付けようとしたナンちゃんをジローは止めた。



「ちょっと待てよ。何でナンちゃんが飲むんだよ」



「何?ジローったらお乳飲みたいの?赤ちゃん返りかしら」


ナンちゃんはぷっと笑った。

すると、ジローの顔はたちまち赤くなり。


「違うわ!この変態オカマ!お前こそ、飲もうとするなんて脳味噌どうかしてっぞ!」



「な!変態オカマですって!?あたしはねぇ、誰も飲まないと思ったから飲んであげようとしただけよ。それを変態オカマだなんて。オカマは、まぁいいとしても、変態って何よ!?変態じゃないわよ」


「どこがだよ。筋肉もりもりでオネェ言葉なんて、ミスマッチにも程があるわ。この変態!ド変態!」



「きぃっ。なんて憎らしいガキなの!こんなに大きくなるまで育ててやった恩も忘れて!」





 そんなふうに、ジローとナンちゃんの怒鳴り合いが続く中、静かに乱入してくる者がいた。




「いやぁ、この牛乳は格別な味ですねぇ」



いやらしい声でそう言い放ったのは、

昨日、水晶玉を使ったとかで訳のわからない法外な額を請求してきた細い目をしたあの坊主だった。



坊主の手には、いつの間にかみるくの乳の入った瓶が握られていた。


「あ!」


「生臭坊主!どこから湧いて出たのよ」



「っていうか、飲んでんじゃねぇよ!」


口々に驚きの声をあげる二人だったが、



「まぁまぁ、お二人さん。そう熱くならずに。今日は約束の料金をもらいに来たのですよ」



「料金?昨日言ってた百万だったら払わないわよ。そんな訳のわからない金、出せるわけないじゃない」



「それは困りますねぇ。そこにいらっしゃるみるくさんが確かに私の売り物を買っているんですから、金を払っていただかないと」



「だから、それがどういうことか解らないっていうのよ!ねぇ、ジロー」



と、ナンちゃんがジローの方を見ると、ジローはうつむきかげんで、みるくから搾り採った牛乳の入っていた瓶の底を見ていた。



「何で全部飲みほしたんだよ!何にも残ってねぇじゃん!」


ジローは悔しそうに怒鳴った。



ナンちゃんは面喰らって、


「あんた、まさかホントに飲みたかったの?」


そんなナンちゃんに、ジローは慌てて、

「そ、そうじゃないけど、この坊主ヒドイじゃんか。」


「欲しかったんならあげるよ。まだちょっと出るから、直接どうぞ。」



と、みるくはジローに胸を差し出したが、ジローは、



「え゛?いや、だから、別に欲しくないし」



「でも、でも、いいんだよ。我慢しないで、吸って」


みるくはジローを気遣っているつもりだったが、ジローは少しキレてしまった。


「マジでいらん!ってか、ちゃんと服着ろよ。人が見てんぞ」




「そぅ…」


みるくは渋々むき出しの胸を服の中へしまった。


坊主が咳払いした。


「お金の方は払っていただけるんでしょうか?」


ナンちゃんはすかさず、

「無理に決まってんでしょうが」



「ですが、こっちとしても、ケジメをつけていただかないとなりませんので」



「ケジメって何よ。だいたいねぇ、お金はあたしとジローだけじゃ判断できないわ。親父さんがいないと」



「親父さん?」



「親父さんが一家の大黒柱だもの」



坊主は視線をナンちゃんから逸らし、指を指して言った。


「…そこにいてますけど」



坊主が指差す先に、ジローの隣りで、セーラー服姿のみるくを褒めまくり舐めるような視線で見ている親父の姿があった。


そして、坊主はまた古びた鞄から請求書作成用紙を取り出し、親父に渡した。

「親父さん。こちら請求書になります。早急にお支払いください」

親父は、請求書を見てうーむと唸って、


「この金はいったい何の金で?」


「そちらのみるくさんが使用された輪廻の瑞玉の値段でございます」



「輪廻の瑞玉…」


考え込む親父に、ジローが口を挟んだ。


「親父、こいつの言うこと信じられねぇし、相手にすることねぇよ」



親父はますます深く考え込んだ。

そして、ふと顔をあげると、


「で?輪廻の瑞玉って何なの?」


と、あっけらかんとして聞いてきた。

周囲の四人はずっこけた。



そうだった。親父はナンちゃんから大まかな話を聞いているだけで、輪廻の瑞玉だの昨日の坊主のことは知らなかったのだ。



坊主はこれこれしかじかを説明した。


「なるほど、みるくちゃんは牛から人間になる時にその、輪廻の瑞玉とやらを使ったんだと言うんだね」



「はい。ですからその使用料金がそちらの請求額になります」



「ふぅん。

 みるくちゃん。この坊さんの言ってることは本当なのかい?」



親父はみるくを真剣な目でみつめた。


「皆。みるくちゃん本人を忘れちゃいかんよ。こういうことは、本人に聞かなきゃ本当のことは判らないんだから」



みるくは、坊主をじっと見て、坊主の前に出るとペコッと頭を下げて言った。



「ありがとうございました。本当に人間になれた。あなたのお陰です」



周りがシン…と静まった。そして、静かに親父が口を開いた。


「本当なんだね」

みるくはうなずくと、申し訳なさそうな顔をした。



「ごめんなさい。お金っていう物がいることだって知らなかったの」



そう言うみるくの肩をナンちゃんは優しく撫でた。

ジローは坊主に聞く。


「でも、納得いかないことがあるんだ。みるくは元牛なのに、どうして人間の言葉がすぐ話せるんだよ」



「それは輪廻の瑞玉の中にある輪廻の門をくぐるとき、代価を払い、あなたと同じ年齢で普通の人間の女の子として生まれ変わるように契約されたんです。だから、最低限必要な言葉は話せるんですよ。それに、みるくさんは必要なら高校に行けるくらいの学力も持ち合わせています」



「都合いいんだな」



「ですが、代わりに元は牛だった名残りとして、牛乳が出てしまう体を持っています」


ジローはハッとした。

「それでか。乳が腫れたのは」




すると、ナンちゃんが口を挟んだ。


「じゃあ、その、代価とやらは、胸が腫れて牛乳が出ちゃうってことだけなの?」



「いいえ。みるくさんが人間になるということは、相当なこの世の摂理を曲げていますから、代わりに背負う業は、きっとそれだけじゃあないでしょう」


「何なの!?他の業って」


「さぁ、契約されたのはみるくさん自身ですから、私は知りません」



「みるく、あんた何と引き換えに人間になったのよ」



そう聞かれたみるくは、とても言いにくそうだった。



「みるく…どうしても人間になりたかったんだ…」



みるくはそんなふうにつぶやくと、泣きそうに肩を震わせて、ジローに寄り添いジローの胸に顔を埋めた。



「どうした?」


ジローはみるくの頭を撫でた。



「みるくね。人間になる代わりに、千年の永い時間暗闇の何もない無の世界に閉じ込められるんだって…」





「無の世界?」





ジローはこの時はまだ知らなかった。

みるくが大変な重荷を背負っていることを。


「では、事の次第が明らかになったことですし、代金の支払いをお願いします」



坊主が少しイライラしながら言った。



「家はこんな大金払えないし、困ったもんだ」

親父は腕を組んで唸った。


すると、

「っていうか、何で親父さんがお金を払わなきゃならないの?」


 ナンちゃんが突拍子もないことを言い出した。

それに対して親父は反論する。


「そりゃ、みるくちゃんは家の一員だから、大黒柱のわしがそれを払うに決まっとるだろ」



「何でよ、親父さん。昨日いきなり裸で現れた得体の知れない娘のために、なんで家が払わなきゃならないのよ」



「みるくちゃんは元々家の牛だったんじゃん。それならわしが払うのに道理があるだろう」



「そんな!!

だいたいこの坊主の話しもみるくって名乗るこの娘も信用できたもんじゃないわ。二人でグルになって家から金を騙し盗ろうとしてるのかもしれないのよ」



親父はナンちゃんの瞳を見透かすように見つめた。

「ナンちゃん…昨日はみるくちゃんに服着せて、綺麗だって一緒なって喜んでたじゃないか」

ナンちゃんはみるくに申し訳なさそうに目配せしたが、次にはさらに声を張り上げて言ったのだ。



「それとこれとは別よ!だって、親父さん、家にそんな大金出せる余裕があると思ってるの?牧場を維持するのだって莫大な費用がかかるって言うのに、そんな得体の知れないことに大金出す余裕なんかないわ!判ってるでしょう?」




「…ああ」




親父は言い返せずに口をつぐんだ。



坊主はため息を吐いて、

「じゃあいったい誰が払ってくれるんで?」



ナンちゃんは何の躊躇いもなく答えた。

「あの娘自身に払ってもらうしかないわ」




みるくはおどおどして、すがるようにジローの腕にしがみついた。




すると坊主は、

「まぁ、私は金さえ頂ければどうでもいいんですけど」


そう言い放つとおもむろにみるくの眼前に請求書を差し出した。


「さぁ、みるくさん。その無力な身の上で百万という大金をどう支払ってくれるんです?」



坊主の口元がニヤニヤしていた。みるくが追い詰められて苦しむ様を愉しんでいるのだ。


みるくは冷たい汗が額から流れ落ちるのを感じた。


みるくはすがる瞳で愛する人の名前を呼んだ。


「ジローくん」


みるくの小さな肩が小刻みに震えている。



だが、ジローはみるくを助けることはなかった。


「わりぃけど、お前一人でなんとかしろよ」



ジローはしがみつくみるくの腕をほどいた。



みるくは体の支えがなくなり、無気力に崩れ堕ち、地面に膝をついた。


ドクドク鳴る心臓の奥で、冷たい暗闇がざわめきだす。




…みるくは、ジローくんの彼女になるために人間になったのに。




ジローくんなら、みるくを助けてくれるって思ってた…





あまりのことで涙も出ない。




ジローはみるくに背を向けて言った。



「お前が選んだんなら、お前が自分一人で背負え」


…そういえば、

あの時、

後悔なんかしないって誓ったんだっけ…



全ての世界が停止してしまいそうな気分。

暗闇が体全部を包んで、冷たさが心臓から浸蝕していく。



誓ったことを取り消したい。



もう動けない。



辛い。



疲れた。



「ジローくん。牛に戻れたなら、また、みるくの面倒見てくれる?みるくと一緒に、二人でいてくれる?」




親父とナンちゃんが仕事場に戻り、ジローもみるくに背を向けて去って行き、


坊主の側に独り取り残されて、みるくはようやく涙が出てきた。



「涙…ジローくんが小さい頃、よく涙を流してたな。独りっ子で寂しいって言って泣いてた」




独り言が虚しく響く。




坊主は鞄からハンカチを取り出し、無表情でみるくに差し出した。




「泣かないで下さい。泣きすぎて目を腫らされたら困りますよ。今から行く所は顔がくずれてたら雇ってくれない所なんですから」


みるくは坊主のその言葉に首を傾げた。




「世間にも家族にも、愛する人にさえ見放された人間が行き着く所といえば、夜でも眩しく輝くネオンの彩りの世界くらいですよ」




坊主は微笑を浮かべて言った。



そして、すっかり抜け殻のようになったみるくの手を引き、牧場の出入り口に向かった。



「こんなこともあろうかと、今日はコレに乗ってきたんですよ」




スクーターがあった。


坊主はこころなく陽気に口笛を吹き、みるくをスクーターに乗せて牧場を出た。



「しっかり捕まっていてくださいね。ここら辺、坂やら曲がりくねった道やら沢山あって危ないですから」




坊主の背中で、

みるくはその空虚な瞳に、どんどん小さくなっていく牧場の姿を映していた。

牛のみるくがいつもジローの帰りを待っていた放牧も、ジローに餌をもらった牛小屋も、ジローの家も、やがて森に隠れて見えなくなった。




不安が心に拡がっていった。




牧場にもらわれてきて以来、この周辺の地域から出たことは一度もなかった。




いったいどこに行くんだろう。


ジローとの思い出の見晴らしの丘も通り過ぎ、

坊主のスクーターは山の上の牧場から坂を下り、街の中へと走っていく。



向かい風が手を冷たくする。



牧場にいた時は下に望んでいた街の風景も、山を下りれば同じ目線に広がっていた。




ここはどこなんだろう?



人の臭いが充満している。

耳が痛くなりそうな雑踏に、威圧するように立ち並ぶ建築物。



山の空気の清んだ穏やかな場所で生きてきたみるくにとって、街の世界は怖い所だった。


ジローと眺めていた時は、すごく綺麗な風景だって思ってたのに。




スクーターはいくつもの交差点を渡り、迷路のような街を深くに進んでいった。




牧場ではあんなに大きくて広かった青空が、

今はもう、

脅すように上から見下ろす建築物の間から、尖った鋭い青い色がのぞいているだけだった。




恐いよ…



皮膚に淀んだ泥がまとわり付いてきて、身動きができなくなりそう。


やがてスクーターは寂れた商店街を抜けて、派手な看板が立ち並ぶ裏通りへと出た。



坊主は、その中でも一際目に毒なきついショッキングピンクの看板の店の前でスクーターを停めた。



「さぁ、着きましたよ。ここであなたは金を稼ぐのです」



みるくはスクーターから降りると請うる気持ちで坊主の服の裾を掴んだ。



「やっぱり牧場に帰る。みるく、また牛に戻りたいよ。それで、ジローくんの側にいたい」




坊主はため息を吐いた。

「今更何言ってんだこのアマ。牧場に帰るだ?寝言は寝て言え!」


みるくは突然態度の変わった坊主に驚いて、言葉を失った。



みるくの瞳にたちまち涙が溢れてきた。



「みるくは帰るんだもん。絶対帰る!」



ほっぺたをぷぅっと膨らませて、目に涙をいっぱい溜めながら怒った。



「あー、うぜぇ」


坊主は唸りながら、みるくの手を引っ張った。



「イヤ。帰る!帰るの!」


みるくは自分の手を掴む坊主の腕を力いっぱい叩いたが、男の坊主に敵うことはなかった。



それでも必死で叩き続けるみるくに坊主は呆れて言った。


「みるくさん。往生際が悪いですよ。コレはあなたのケジメなのですから」


みるくは何も言えなくなり、うつむいた。


…ジローくん…




二人がその店に入ると、昼間だというのに薄暗い怪しげな部屋に通された。



やがて、顔に吹き出物の痕がある小太りの小柄な四十過ぎくらいの男が出てきて、みるくの向かいのソファーに座った。



「ご苦労さんです。ヤマギシさんにはいっつもいい娘を紹介してもらって助かってますよ」




ヤマギシと呼ばれた坊主は、静かに出されたコーヒーを口に運んでから小さく頷いた。



「ところで今回はどんな悪どいことをしたのか…いや、人聞きの悪い話しですが。ずいぶん可愛いお嬢ちゃんですなぁ」



男はいやらしい助平な目線で、みるくの体を舐めるように見つめた。




「ゼゲンのヤマギシってここら辺じゃアンタも有名になったもんだで。その若さでどんだけ女を、人を、喰い物にしてきたことか…考えただけでゾッとします」



男は言いながらおぞましい笑い声をあげた。

坊主も同調して笑みを浮かべた。


「ゼゲンと言うならあなたの方ですよ。どれだけの女があなたに泣かされてきたことか…」



たちまち部屋の中は不気味な二つの笑い声に包まれた。


「お互い、ワルですなぁ」



坊主はハハハッと乾いた声で笑い。


「因果な商売です」




みるくはとてつもなく嫌な予感がしていた。肩の震えが止まらず、堪えるように拳をにぎった。




「それで、紹介料なんですが、よろしくお願いしますよ」




「えぇ。判っとります。こんだけの上玉ですし」




坊主はみるくの顔を見て言った。


「言わなくても判ってると思うけど、紹介料とあなたの払わなきゃならない百万は別物ですからね。まぁ、あなたなら一日もあれば稼げるかもしれませんけど。せいぜい頑張ってください」



坊主はそう言うと無表情で部屋を去って行った。




みるくは男と部屋で二人きりにさせられ。


「さて、それじゃあこの仕事について説明しなきゃねぇ。でも、口でどうこう言うより実際にやってみたほうが解りがいいだろう。」



男は鼻息荒くみるくに詰め寄ると、みるくのセーラー服のスカートをめくった。



「イヤー!」


すると、男は脂ぎった汗をハンカチで拭い、ゴクリッと唾を飲んだ。



「ウブな顔して随分淫らじゃないか。パンツを履いてないじゃないか。こりゃあいかんなぁ」


男は何も履いてないスカートの中に口からふぅっと風を送った。



「ヤダッ」



みるくは、スカートを掴む男の手を振り払った。


「ノーパンなんて、けしからんなぁ。そんな淫乱な娘には、おじちゃんのぶっとい注射をお見舞いしてやらんといけん」



男はズボンのファスナーに手をかけた。




いったい何をされるの!?



みるくは恐くて、部屋から逃げ出した。


「出口はどこ!?」



みるくは必死で走り回った。

横にずらりと並ぶドアを全部片っ端から開けてみたが、

どの部屋も同じ、

大きなベットとガラス張りの風呂場があるだけ。


怖いよ。

怖い。

どのドアを開けても同じ部屋が待ってる。


ソープの甘ったるい臭いが鼻につく。


まるで知らない世界に迷い込んでしまったみたい。


「ジローくん!助けて!」




泣き叫んで最後に開けた小さなドアは、やっと外に繋がっていた。



大きなビルとビルの間の薄暗い狭い道。



後ろから餓えた男が追ってくる。


「お前は逃げられはしないんだよ。金を払わなきゃならないんだろう?お前はここで働くしかないのさ」




怖い。

でも、いったいどこに逃げ込める所があるの?


帰る所なんてないのに。


昼間だというのに薄暗い路地裏は、ごみ箱やらはみ出た残飯やら鼠の死骸などが転がっていた。



そんな不気味な狭い道を走り続け、それは果てしない時間な気がした。



息も切れ切れに、幾重の角を曲がり、



後ろから追い掛けてくる男に気を取られて、前に人がいるのに気付かずに、おもいっきりぶつかってしまった。

「何!?」



コケたみるくは慌てて起き上がり、後ろを見た。



「捕まえた」


男はみるくに覆いかぶさってきた。



「イヤー!放して!放してよ!」



すると、みるくがぶつかった人は嫌がるみるくをがっちり掴んだ男を見るなり、パンパンに膨れたごみ袋を投げつけた。



「何やってやがる!この痴漢!」



男は驚いて倒れ込んだ。


「ジローくん?」



みるくは助けてくれたその人をごみ袋の向こうにみつめた。


「大丈夫!?怪我はない?」



そう言った助けてくれた人は、

ジャージ姿の紅い色の長い髪の毛をした女の子だった。



みるくは心の中でため息を吐いて、


その言葉に小さく頷いた。




すると、男が反論した。


「ちょっと待ってくれよ。その娘はうちの店に新しく入ったコなんだよ」



「え?」



紅い髪の女の子は、みるくの姿を上から下にジーっと見て、



「このコ、どう見たって十代じゃん。制服着てるし。須田さん、あんたの所じゃ未成年は働かせられないんじゃないの?警察に言ったろか?」



女の子に須田と言われた男は、


「そのコは払わなきゃならない金があるんだよ。警察なんぞに言ったってそのコも困るんだぞ!」



「このコの金のことなんて知らないよ。でもさ、今女の子に抱き付いてたあんたは明らかに痴漢だよね。

あの店、ただでさえ脱法してんじゃないかって目をつけられてんのに、店長が痴漢したとあっちゃ、営業停止は必至じゃない?」



どうやら、親しい口調から、二人は知り合いらしいことがわかる。



男は口の達者な女の子に何も言い返せなくなった。


「確か、須田さん、お母ちゃんの店にツケがたまってたよね?」


女の子はニヤッと笑って男の目を見た。

男はギクッと身を震わせる。



「今ここでツケの代金十万払うんだったら、痴漢見逃してやってもいいよ。安いもんでしょ、営業停止に比べれば」



男は頭を掻きながらすぐにポケットの財布に手をかけた。





お札十枚を団扇のようにして仰ぐ女の子を背に、男は悔しそうに去っていった。



「どんなもんよ」



女の子は太陽のように燦々と笑った。


薄暗い路地裏に差し込んだ陽光に、

みるくは彼女につられてすっかり安心し、笑顔をみせた。


「助けてくれてありがとう」



「どういたしまして。お蔭で臨時収入もあったし、うちは万々歳」



女の子はみるくにピースマークをつくって見せた。

みるくはほっとしたのか涙が込み上げてきて、女の子の胸に飛び込んだ。


「怖かったよぉ」


「よしよし。怖かったね」



みるくより背の高い女の子は、まるで親のようにみるくを抱きしめた。



なんだかジロー君に似てるなぁ…



みるくは泣きながらそんなことを考えた。



「ても、あんたこれで良かったの?働けなくなっちゃったじゃん。お金稼がなきゃならないんじゃないの?」




みるくはハッとしたが、どうしたらいいのか判らず押し黙った。



女の子は少し困ったように言った。


「うん…まぁいいけどさ。うち、今、ごみ出しの途中なんだ。ちょっとここで待ってなよ。すぐ戻ってくるから」



女の子はそう言って男を殴ったパンパンのごみ袋を手にみるくに背を向けて歩きだした。


だが、すぐに何か思い立ったらしく、みるくに向き直り、

「うちの名前、ナツキっていうんだけど、あんたの名前は?」



「みるくだよ」



みるくは笑顔で言った。


彼女がごみ出しに向かい姿を消すと、

冷たいコンクリートの地面に座り込んだみるくの心に、安心した気持ちの隙から不意に寂しさが襲ってきた。



この場所はいったいどこなんだろう。


知らない人ばかり。


いったいこれからどうなるの?



ジローくんには、もう逢えないのかな…



ほっぺたに涙が零れ落ちていくのを感じた。



こんなに心細いと思ったのは生まれて初めてだ。



俯いて、膝に顔を埋めて自分の体を抱いた。



ナツキって言ってたあの人、いったいみるくをどうする気だろう?



綺麗な紅い色の髪の毛をしてた。



太陽と同じ色の髪の毛。


涙が止まらない。


泣いてもどうにもならないのに。




「何?みるく。また泣いてるの?」



ごみ出しから戻ってきたナツキは膝を抱えて震えているみるくに呆れた。



みるくは呆れられて恥ずかしかったらしく、ムキになって、

「どうしても止まらないんだもん。しょうがないの!」



と、涙いっぱいの目で怒った。



ナツキは目を丸くして、

「あんた面白いコだね。泣いたり怒ったり。そういうのって百面相っていうんじゃん」



笑顔でまた、みるくを抱きしめた。



「よしよし。家に来な。茶菓子でも出してやるから、少し、落ち着くことだ」



みるくはナツキに手を引かれて、路地の突き当たりにある《雪月花》という看板のスナックの中に入った。



「お母ちゃんただいま。ごみ出してきたで。おらんの?お母ちゃん?」



スナックの店内はシンと静まりかえっている。



「どうやら寝とるな。さっきまで起きてたんだけど。まぁ座りな。今、茶菓子用意するから」



みるくはカウンター席に座って、カウンター内でゴソゴソ物探しをするナツキを見ていた。


ナツキはみるくの視線に気付き、

「ごめんな。おっちゃんらの食べ物しかないわ。勘弁してね」


と、サラミと柿の種とチーカマを出した。


そして慣れた手つきで紅茶をいれると、得意げにみるくの前にだした。


「このアールグレイは絶品だよ」


出されたその紅茶に鼻を近づけると、何とも言えない絶妙な臭いがした。


みるくはそれが珍しくて、しばらくその臭いを嗅いでいた。


「これ、飲めるの?」



「紅茶飲んだことないの?美味しいよ。砂糖入れてあげようか」


ナツキはみるくの紅茶に角砂糖を入れてスプーンで溶かした。


紅茶を飲むと、その温かさが冷たい体を芯から温めていった。



みるくはすごくホッとしたのだった。



「家がスナックで驚いた?」



ナツキはみるくの顔を覗き込み、話し始めた。



「此処はうちのお母ちゃんが経営してんだ。物心ついたころからこの場所に住んでるから、大抵の人は知ってるよ。さっきの須田さんだって家の常連で、もう十年も前から知ってる。うち小学生だったのにあのおっちゃんに散々セクハラされたよ。

エロくてキモいけど、そんでもあんな生き方しかできない可哀相な人なんだ。怖かったろうけど、それだけは解ってやってな。それに夜の世界の仕事なだけに金稼いでるから十万ももらっちゃったし。許してやって」



ナツキは優しく笑いかけると紅茶を飲んだ。



みるくは静かに頷いた。


「それにしても、あんた、何であんな所に金稼ぎに行かなきゃならなかったの?」



ナツキは首を傾げた。



「見るからに高校生じゃん。よっぽどな事があったんじゃないの?彼氏がパチンコとかで金使い荒くて、その尻拭いさせられてるとか?」

みるくは困ったようにウーンっと唸って、考え込むように頬杖をつき、台の上に巨乳を乗せた。


すると、どう答えようか考え込むみるくを尻目に、ナツキは、台の上にドカンと乗った迫力のある巨乳に目がいった。

「うそ!?」

思わずナツキは声をあげた。



「あ、あんたもしかしてノーブラ!?」


ナツキの視線の先に、服の布からツンっと起った乳首があるのだった。


「のーぶら?」


みるくは何のことか判らなかった。


ナツキは素早くみるくの背後に回り込み、後ろからみるくの胸を鷲づかみにした。



「うそやん。ブラ着けてない!?」



ナツキは驚きながらも、その大きくて柔らかな膨らみの感触をしっかりと確かめた。



そしてその手で自分の胸を確かめると、ナツキの顔はたちまち哀しみの表情へと変わっていった。


「うちの胸…何にもない…」


ナツキはペッタンコの胸を押さえながら崩れ落ちた。


「ショック…」


みるくはそんなナツキをどうしたらいいのか解らなかった。


「? ごめんね」


と、とりあえず謝ってみた。ナツキは立ち上がり、


「違うよ。こればっかりはどうしようもない…

ってか、あんた下着着けてないの?」


と、ちらっとみるくのスカートをめくった。


「パンツも穿いてないじゃん!?」



みるくは恥ずかしそうにスカートを押さえながら恐る恐る聞いた。



「あのぅ、パンツって、何?」



「ぇえ!?パンツって、あのパンツじゃん。今まで生きてきて穿いたことあるでしょ?」



目を丸くするナツキに、みるくは困りながら首を横に振った。


「今まで穿いたことないよ」



「どんな人生!?パンツ穿いたことない人生って…」



ナツキは呆れて言葉を失ってしまった。


「うーん…」


ナツキは頭を抱えた。


パンツを穿いたことのない人生なんて…

想像できない…


この巨乳の女の子には色んな事情がありそうだ…


ナツキは前に向き直り、

「とりあえず、あれ、須田のおっちゃんからもらった十万で、下着とか買いに行こう」


まず、

ナツキはスナックの上にある二階の自分の部屋にみるくを連れて行き、

乳首が目立たないようにセーラー服の中に大きめのTシャツを着せた。




「パンツはとりあえず、うちのを穿いときな。新品出すから」




と、気になっていたパンツを実際に穿いたみるくは、やっぱり違和感があるらしく、


「パンツ脱いでもいい?」


と言ったが、


「ダメ!さっきみたいな痴漢にあうよ!」


と、ナツキはみるくの尻を叩いて、

「そのうち慣れる!」


と威勢よく言うと、

十万を入れた手提げバックを持ち、みるくの手を引いて、外に出た。


みるくはナツキに連れられるままに大型のデパートへ来た。

これまた人間が沢山で、忙しそうに歩き回っている。


みるくは初めてだらけで、頭がクラクラした。



エスカレーターで上っていった三階の下着売り場で、

ナツキは店員を呼んで、みるくの胸のサイズを測ってもらった。



「これは…」



みるくのバストトップとアンダーバストの差を測り終えた店員は、思わず言葉を失った。



「申し訳ありません。お客様のサイズのブラジャーは、当店では取り扱っておりません」



「ぇえ!?いったい何カップだったの?」



「Hカップです」



「H!!うっそー!?マジでそんなサイズのおっぱい実在するんだ!」



ナツキは驚愕した。

みるくは何のことか判らず、首をかしげ、ナツキに聞いた。


「Hカップって?」


「あんたそれも知らないの?おっぱいにはサイズがあって、そのサイズに合うブラジャーを身につけるんだよ」



「ふぅん。じゃあ、ナツキちゃんのは何カップ?」



ナツキはビクッとして言葉に詰まった。



「えーっと、び、Bカップかなぁ」


「へぇ。Bカップって、Hカップとどう違うの?」



ナツキはみるくの無邪気なその言葉に、多大なるショックを受けた。


ナツキは座り込み、俯きながら床にのを書きはじめた。



人差し指をクルクルさせながら、

虚ろな瞳でナツキは言った。



「大きさが違うんだよ…大きさがね…」


みるくはイケないことを言ってしまったと思った。

「ご、ごめんね。何か、傷つけちゃったみたいで、ごめん」



「いいんだよ謝らなくても。本当のことなんだから」



「でも…」



ナツキはそうとうダメージがあったらしい。


すると、デパートの店員が、

「Bカップのブラジャーでしたら沢山在庫がございますよ」

と、トドメを刺したのだ。



ナツキは膝に顔を埋めた。

「いいです。今日はうちの下着買いに来たわけじゃないんで」




みるくはナツキの丸まった背中を撫でた。



すると、ナツキは力無く笑いかけてきて、

「電車乗って隣り町の駅ビル行こう。ファッション雑誌に載ってたランジェリーショップがあるんだ。そこならアメリカサイズだし、きっとあんたが着れるブラジャーがあるよ」


そうしてデパートを後にした二人は、街中を駅へと歩いた。


ナツキは俯きかげんで、さっきまでの威勢の良さが嘘のように静まり返っていた。


「ごめんね」


みるくが言った。


「いいよ。暇だし。とことん付き合ってあげる。」


ナツキはそう言って笑いかけたが、やがてその瞳に涙が浮かんできた。



「ごめんね」


また、みるくが言った。ナツキは少し考えて、

「ううん。おっぱいの大きさの違いは、こればっかりはどうしようもないことだから」


と、ナツキは涙を拭いた。


「ホントは、Aカップなんだよ。昔、ある男子に、貧乳だってバカにされて、それから何か、トラウマになっちゃったみたい。気にしないでよ。うちは全然平気だから」



と、無理矢理笑ってピースマークを出した。



みるくはそんなナツキの背中をそっと撫でながら困ったような顔をした。

いったいどんな慰め方をしたらいいんだろう?


初めて乗る電車の窓から見る景色は、

見晴らしの丘から見た馴染んだ街の姿をあっという間に遠い景色にしていった。

電車のスピードがあんまり速くて、もう、あの街が見えない。


不安ばかり募る。




「また、泣いてる?」



隣りでナツキが見ていた。



「どこに行くのかなぁ」




「大丈夫だよ」



今度はナツキがみるくの背中を撫でた。




電車に乗って十五分。

二人は、周りに高層ビルが立ち並ぶ賑やかな駅で電車を降りた。


みるくはまたナツキに手を引かれて、駅ビルの流行りのランジェリーショップへ入っていった。



すると、ナツキの目付きが変わった。


さっきまでの憂鬱な表情はどこへやら、

キラキラした瞳で、

お洒落な下着の中へ駆け寄って行った。



「憧れてたんだ!ずっと来たいなって思ってたんだけど、一人じゃ勇気なくて来れなかったんだよ。それに、カワイイ下着ってうちの柄じゃないなって思ってたし」



ナツキは照れながらも、嬉しそうにブラジャーを見て回った。



「あ、ほら、みるくに合うサイズあったよ。カワイイやつばっかじゃん。どれがいい?」



ナツキは満面の笑みで、ヒョウ柄やショッキングピンクに黒のレースが付いたデザインの物など、自分の好みなのか派手な下着を選んではみるくの胸にあててみた。



「ん?おかしいな。どれもカワイイやつなのに、なーんか違和感が…?どうして?」



ナツキは自分の選んだ下着を見つめて首を傾げた。



みるくはナツキのなすがままに、これまた派手な緑色のブラジャーを胸にあてたまま首を傾げ無言で立っていた。



すると、ギャル系の店員が見兼ねて、


「お客様、こちらのデザインもご試着されてはいかがですか?」


と、フリルの付いたパステルピンクのブラジャーを差し出した。


「あ、そういうやつがいいかも。」


ナツキは店員の薦めたブラジャーを手に、みるくと試着室に入った。



「何するの?」



「実際に着てみてよ」


ナツキはみるくの上着を脱がせた。

すると、みるくの豊満な胸はナツキの前にあらわになった。


「ホントにでかいおっぱいだね」


ナツキはマジマジと見つめた。

「えーい!抱き付いちゃえ!」


ナツキはみるくの胸に顔からおもいっきり飛び込んだ。


「柔らかぁい。喰ったら旨そうだぁ」



と、夢心地で柔らかい感触を確かめた。



「何か…恥ずかしいよ…」



みるくが呟くと、ナツキは嬉々として言った。


「あのね。うち、こうして女の子と一緒に買い物するの夢だったんだ。こんなことのできる女友達いないからさ。スッゴい嬉しい!」

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